第181話 大陸デビュー!


「案の定、敵本隊の予想進軍ルート上からは外されたわね。来るのは威力偵察か迂回部隊かしら」


 トーチカから外を眺めてアリシアは溜め息を吐いた。

 彼女は今、日頃の訓練の賜物で構築された簡易塹壕網ざんごうもうの奥に積み上げられた大量の土嚢に囲まれている。

 もっともやる気は削がれたが手だけは一切抜かない。すべては生き残るためだ。


「事実の再確認とはいえ、ここでもかと気が滅入りますね」


 主人の溜息にアベルは苦笑で同意を示した。


「あら、これでも悲観してるわけじゃないのよ? 海兵隊の装備を使うわたしが言っても説得力はないかもしれないけれど――多くの人は未知の存在を恐れるものだわ」


 不意にアリシアは小さく笑った。アベルは主人が何を続けるのだろうかと興味の視線を向ける。


「だったら、大陸は違っても根底は同じ人間だって確認できただけ成果があった。そう思えばいいじゃない。あとは“いつも通り”戦うだけよ」


 不敵に微笑むアリシアは事態をいささかも悲観していなかった。


 客観的に考えれば――見たこともない怪しげな槍に、わずかな手勢で海賊船を拿捕した実績。それでいて今度は仲間を数百人も連れてきたのだ。気味悪がられて遠ざけられたかはさておき、手柄を横取りされたくないのは確実だろう。


 だが――


「アリシアの言う通りですね。これでよかったと思います。何の実績もなくギルドに加入を申し出ていたら、冗談抜きで雑用役にされていたかもしれないですし」


 レジーナが「よくやったじゃない」とアリシアの肩を優しく叩いた。

 こういう時、彼女はすかさず姉貴分としてフォローに回ってくれるありがたい存在だった。こればかりは主従関係にない同性の友人だからこそできることだ。


「うんうん。このあたりが落としどころだったでしょうね~。あんまり無茶な要求をしてたらどうなっていたか」


 一番余計なことを言いそうな人間筆頭のエイドリアンが神妙な表情で頷いており、横では相棒のラウラが「おまえが言うな」とジト目を向けていた。


「代行殿のおっしゃる通り。敵の侵攻を食い止めるのですから第一次ランダルキア戦役とさほど変わりありません。我々ならできます」


 下士官からの叩き上げらしくメイナードが胸を張って答えた。准尉WO-1の横では今や大隊指揮官、そして遊撃兵団少尉となったギルベルトも静かに頷いている。


「さて。同じとは言ったけど、南大陸は魔法戦闘士が多いと聞くわ。被害範囲は小さいと言っても――えーっと? 教えてもらった擲弾兵?――のようなものだと認識しています。くれぐれもこんなところで死傷者を出さぬよう各指揮官には厳命しておいて」


 何度でも言い聞かせる。敵に対して油断はしない。極論、石を投げても人は殺せるのだ。


「ええ、ここは我らの死ぬべき戦場ではありません」


 敵のやって来るであろう方向を睨みながらメイナードは闘気を漲らせて笑う。

 本来、兵士の任務には死ぬことさえも含まれている。各指揮官も必要に応じて部下に「死ね」と命じなければならない。

 あくまでもそれは命を捨てなければいけない戦場の場合だ。

 未だ“正しい命の価値”をアトラスに示せていない以上、無駄な損害は厳に戒めるべきだった。


「ベタだけれどひと当てされた具合――王国主力や他の傭兵たちの損害具合を見て、援護か反攻に出るか決めましょう」


 どうかしら? 消極的かしらね? アベルを見ると副官はまんざらでもない表情で小さく頷いた。


「戦果を得ようと果断な選択をするばかりが指揮官の才ではありません。頭脳だからこそ慎重さが求められます。悪くありません、生き残れますよ」


 主人だから恋人だからとアベルは意味もない賛辞を送らない。

 戦いは水ものだ。刻一刻と状況は変化していくのだから、今の選択が常に最善とは限らない。常に考え続けなければならないのだ。


「やりましょうか、紳士淑女諸君レディース・アンド・ジェントルメン。この塹壕が無駄になると祈って」




 しばらくして敵の姿が遠くに見えはじめた。進軍速度からして騎兵の姿はなさそうだ。

 本体から左翼部分が分離して傭兵たちを釘付けにするための動きだった。

 おそらく右翼側でもそうしているのだろう。こちらに誘いをかけているようなものだ。


「ふーん? 騎馬突撃して来る気配はないのね」


 双眼鏡から目を離してアリシアは思考を巡らせる。

 突破を狙うなら脆弱な歩兵戦力、特に維持費のかかる騎馬をほとんど持たない傭兵から叩くべきだ。しかし、意外にも南海はそれを選ばなかった。


「王道ですがタイミングを見ての中央突破を狙っているようですね。傭兵たちを誘い出して各個撃破、そこから包囲を狭めて主力を蹴散らせば逃散ちょうさんすると思っているのでしょう」


 南海にしても巨大な中央集権国家なだけで社会階級が存在するだけと同じだ。“貴族にあらずば人間にあらず”な思考を持っているのだろう。


「相手を擁護するわけじゃないけど、それはこちら側も似たようなかしら」


「おそらく。使われる側からすれば堪ったものではありませんが、我々傭兵を前面に出しているからこそ温存した騎兵の機動力が活きます。しばらく戦争をしていない割にはなかなか悪くない指揮です」


 アトラスの動きは教科書マニュアル通りに近いが、基本を忠実に守ってこその応用がある。指揮官は騎兵を然るべきタイミングまで温存するつもりらしい。集まった傭兵を使い潰してでも。


「こんな布陣では他の傭兵たちは生き残れないのでは?」


 部下たちの不安を感じ取ったギルベルトが疑問を呈した。すでに彼も答えは予想しているらしくあまり顔色が良くない。


「ええ。普通に戦ったら大半は死ぬでしょうね」


 アリシアは小さく鼻を鳴らした。

 客観的に見てアトラスの選択は正しい。国家の興廃がかかっているのだから、「みんなで仲良く生き残ろうね」的な甘っちょろいことなど言ってはいられない。

 それに、すべてがそうなるとは限らないが傭兵は盗賊と表裏一体だ。戦いがなければ食っていくために悪事に手を出すことも有り得る。おそらく素行の悪い傭兵たちを潰すことも計画の中には含めているのだろう。


「少尉、役に徹しすぎて大事なことを忘れていない? 


 鋭い眼光でギルベルトを見つめるアリシア。彼女はつまらぬ戦いの犠牲になる気など毛頭なかった。

 それを見たギルベルトは思わずはっとする。気負い過ぎだと諭されたのだ。


我らは海兵隊We’re Marine。運命は自らの手で切り拓くもの。さぁ、お味方には手厚い援護が必要になるわ。迫撃砲モーター用意! 歩兵も準備を怠らないこと!」


「「「イエスマム!」」」


 一切の迷いを見せないアリシアの指示の下、銃兵はもちろんのこと司令部付き迫撃砲小隊もM252 81mm迫撃砲の準備に移る。


「急げ急げ! モタモタしてると歩兵の連中に出番を取られちまうぞ!」

「いよいよ実戦だ! よろこべ野郎ども!」

「ひゃっはー! 今日の天気は晴れ時々砲弾だぜっ!」


 各分隊長が檄を飛ばす。いささかテンションが上がり過ぎているヤツもいるようだった。


 このM252は、イギリスのL16 81mm 迫撃砲を原型に開発された物で、原型よりも重くなっている。

 とはいっても、アルミ合金のダイカストで作られた砲身は非常に軽量で、第二次世界大戦当時の80mmクラスの迫撃砲が60kg強だったのに対して40kgほどにまで抑えることができた。

 砲自身も、砲身が16kg、支持架が12kg、底板が13kg、照準器はオマケ程度だが1.1kgの四つに分解して運ぶことができるため展開性も優れている。

 砲身には冷却用のフィンが、また砲口にも爆風を抑え込む装置(Blast Attenuation Device(BAD))が取り付けられ、各種発射作業を行う兵士への砲煙と音の影響を減らしている。


「各分隊、距離を割り振れ。距離600~1000で敵を地面との合挽き肉ミンチになるまで耕してやれ!」


「「「イエッサー!!」」」


 迫撃砲小隊にとっては初めての実戦でもあるため、海兵隊から出向しているスコット・キース中尉が指示を出す。

 総指揮官であるアリシアは迫撃砲だけに構ってはいられないのだ。


「ライフルチーム、各自手持ち弾薬のチェック! 迫撃砲を抜けたらすぐよ!」


「イエスマァム!」


 本来は大量の分隊支援機関銃GPMGで弾幕を張った方が早い。

 だが、表だっての輸送手段が限られる中でGPMGは弾薬消費量があまりにも多いこと、また銃関係だけは技術移転のためにもこの世界で作れるレベルに留めようと制限をかけているためこのような編制となっているのだった。


「さぁ忙しくなるぞ! ハンバーガー・フィールドの開幕だ!」


 そこで砲の製造技術がある程度高度であっても理屈自体は同じである迫撃砲を鍛えることにした。


「各分隊長の指示で撃ち方はじめぇっ!!」


 金属同士が打ち付けられるような音とともに M821A1 81mm砲弾が射出される。

 これはひとつ前のM29 81mm迫撃砲でも使用可能なもので、「なんとか海兵隊がこの世界からいなくなる前にそこまで辿り着ければ……」とは密かに武器開発担当者たちの野望であった。


 それはさておき。


「ん? なんの音――」


 定期的なリズムで射出され放物線を描いた砲弾の群れは、アリシアたちを食い破ろうとする南海軍の兵士たちにとってまったく予想外の方向――真上からの突入し、炸裂と同時に彼らを地面と人肉の混合物へと一瞬にして変えていった。



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