第180話 Time to Attack!!
ほどなくして、傭兵ギルドを通してアトラス国から召集がかけられた。
もっともそれは情報収集も兼ねてポートルガに間借りしていた連絡事務所を経由してとなった。
本番までなるべく同業他社に火器類を見られたくないため、取次先を町中にしておいたのは正解だったと言える。
探りを入れられるにしても対象者は少ない方がよい。できるだけボロが出ないよう、ヴィクラント出身の遊撃兵団員を多く配置している。
これに加えて、暫定拠点とした廃村も
『命令書を持って来た役人はあちこちドサ回りなのか
「それは他の傭兵たちの話だろ? 俺たちには当てはまらない。だが……ノンビリはしていられないな。早々に大隊を動かすぞ」
無線機のマイクに向けてアベルは口唇を歪めた。
いよいよ本当のデビュー戦だ。そう考えるだけで不敵な笑みが浮かび上がってくる。
『では我々も半日以内に合流します』
「押収されても文字を読めはしないだろうが、それでも機密書類はひとつも残すな。手間だが無線機も持ち出しておけよ」
『
通信を終えたアベルは基地となった廃村周辺で訓練中の本隊を招集する。
こうして遠隔地と連絡がとれるだけでどれほどの時間を稼ぎ出していることか。おそらくはこの世界最高クラスの即応力だろう。ただ武器・兵器を持っているだけではなく、これこそが真の意味で戦うための力を引き上げてくれるのだ。
「敵の兵站への嫌がらせは順調か?」
「はい。
軽快な指さばきで野戦用の端末を操作しながらレジーナが答えた。
「もっとも本当の効果を発揮するのはもっと後ですが」
彼女が言うように、
戦いの推移次第ではあるものの、仮に戦線を押し上げられなければ南海軍は現地調達もままならず戦闘を継続しなければいけなくなる。
あとは積極攻勢に出る必要などない。じわじわと干上がるのを待ってもいい。そのためには緒戦での大打撃が前提となるが。
「上出来だ。仕込みは済んだ。簡単に勝てると思っている連中を“教育”してやろう」
「はぁ……。本命ではなく我々のようなゲストにやられるだなんて、段々敵が気の毒になってきます」
キーを叩く手を止め、レジーナが何とも言えない表情で溜め息を吐いた。
「ここを足場にしようとしたからには何もせずとも巻き込まれる。資材の完全撤収は不可能だし爆破するのも勿体ない。ならば介入するしかないだろう?」
「理屈は通っています。ですが、事前の偵察でこうなるとわかっていたのでは?」
訊ねるレジーナの表情もどこかいたずらめいたものになっていた。
とっくにわかっているのだ。それなりに長い付き合いの上官が何を考えているのかなど。
「そうだな……。運が悪かったのさ」
「運で片づけますか。たしかに隕石が降ってきたようなものですけど」
そこで部屋の隅で居眠りしていたエイドリアンが声を上げた。
「勝負は時の運だ。それ以上でもなければそれ以下でもない」
自分たちが南大陸に来る前に状況が片付いていなかった。すべてはそれだけで、どこの世界でもよくある話だ。
地球で海の外に打って出たのが、鄭和を輩出したアジアからではなくはるかに遅れをとったはずのヨーロッパとなってしまったように。
「この大陸に楔を打ち込むなら最高のタイミングだ。本当に容赦がない。これだから中佐はおっかないんです」
椅子からゆっくりと立ち上がったエイドリアンは小さく伸びをした。言動がまるで一致していないし、何よりも隠す気もないほど楽しげにしている。
「影響力を持っておきたいのは否定しない。だが、何かの間違いで一大勢力となって海を越えて攻めて来られたらこっちがジリ貧だ。それこそ
取り出したPDA内部にある戦略軍の項目、そこにはひとつだけこれ見よがしに解禁されている項目――B83の文字があった。
航空機搭載の自由落下爆弾として運用されるため、公爵領の奥地に配備されているB-2戦略爆撃機に搭載すれば南大陸の広範囲すら核攻撃することも可能だった。
「それだけは避けたい事態です。わたしたちがこの世界に来る直前のあれがそうでなければ、“攻撃目標03”になってしまいますから……」
いつになくレジーナの声は硬かった。
いかに冷戦期の
「そうだ。だからこそ、おまえたちも知っての通り存在すら一部の人間にしか知らせていない」
最初期メンバーでもあるレジーナとエイドリアン、そして信頼できる上官たるリチャードだけだ。
余計な情報となるためアリシアをはじめとしたアルスメラルダ公爵家の人間にも存在は明かしていない。
「なら――余計に勝たなきゃですね」
暗い空気を吹き飛ばすようにレジーナは声を上げてみせた。
それでも、せっかく悲劇の運命を切り拓いて出て来た先で、陰鬱な空気を漂わせているのはいやだった。
もちろんアベルとて同じ気持ちだ。
「俺たちがこの世界に来た理由を求めるわけじゃないが――」
「すくなくともこんなものを使ってまでどうにかするものじゃない、ですよね?」
「ああ。単なる
「はは、中佐はそこで踏み止まろうとするから信頼できます」
エイドリアンが笑う。まさしく信頼がなければできない表情でもあった。
どこまでも身勝手だし詭弁でしかないが、生き抜くために殺さなければならない以上、せめて戦い方くらいはできるだけ納得のいく形を選びたいのだ。
「抜かせ。どこぞの超大国との総力戦ならまだしも、俺たち海兵隊は天下の殴り込み部隊だぞ? 異世界だろうがどこだろうが味方にら勝利をもたらさなきゃならん。俺たちの手でな」
自然に話は変えられたと思う。実際、目下気にするべきは直近に控えた戦いの行方だ。
今のところ自分たちは名もない傭兵団。この戦いで“間借り先”のアトラスに自分たちの価値を見せつけなければならない。そうすればこの前の役人貴族ではないもっと“大物”が釣れてくるはずだ。
虐殺者は御免だが、大義も何もない侵略者とも呼ばれないための準備も必要だった。
「今戻ったわ、アベル。召集があったんですって?」
軋む音とともに扉が開き、野戦服姿のアリシアが姿を現した。午後の訓練を切り上げて戻ったのだ。
「お帰りなさいませ。いよいよ始まるようです」
アベルは表情を従者のものに変え、主人にして恋人を穏やかに出迎える。
「こんな暑いのによくやるわ。走っているだけでも汗がひどいのに」
アリシアは辟易とした声で答えた。
赤道直下に等しい夏の炎天下だ。上着を脱いだ下のシャツにはじっとりと汗が滲んでおり、身体にべったりと張り付いていた。
日々の訓練で鍛え上げてもなお美しさを欠片も失わない肉体がこれみよがしの優美な曲線を描いている。
「着替えられてはいかがでしょう」
さすがに失礼なのでそっと視線を外すと、アリシアも気づいたらしくいそいそと上着を羽織った。
「ちょっと汗を流し過ぎちゃったかしらね。シャワーを浴びる時間くらいはもらえるの?」
「もちろん。準備時間は存分にご用意できますよ。なにしろ――これから戦争ですので」
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