第178話 Wish Upon A Star


 新天地で活動をするにあたり、まずアリシアたちは徹底的な“掃除”を行うことにした。

 タイミング的に今しかないと思ったのもあるが、とにかく周辺海域をウロチョロしている連中が邪魔だった。


 そうして選ばれたのは月のない夜。

 夜行性の魔物を除く、ほとんどの生命体がまともに活動をしなくなるのだが、現代兵器の恩恵で最強無敵の海兵隊にそんなものは関係ない。


「ターゲット・ロック」


 どこまでも淡々とした声が闇の中に小さく浮かび上がった。


「――いいわ、やっちゃって」


「発射ッ!!」


 アリシアからの指示を受け、夜間暗視装置ノクトビジョン越しに照準を終えたBGM-71 TOW対戦車ミサイルが火を噴いた。

 夜の闇の中を飛翔したミサイルは、停泊中の海賊船の吃水線へと吸い込まれるように命中。外板をぶち破る成形炸薬弾頭HEATに次いで派手な爆発を引き起こし、この国の軍のみならず傭兵たちまで手こずらせた海賊たちを逃げる暇さえ与えず波間へと沈めていった。


「撃沈しました!」


よくやったGood Kill。あっという間に撃沈王だな、三等軍曹サージェント


簡単ですEasy。気の毒なくらいトロくて申し訳ない気分になってきます」


 戦果を確認したアベルが射手に声をかけると、バーナード三等軍曹が小さく肩を竦めて答えた。第三世代主力戦車MBTに撃ち込むものを、大型とはいえ木造船に使っているのだからつまらないらしい。


 ここ数日の間、アリシアたちによって周辺海域を跋扈する海賊船の徹底的な狩りが行われている。

 今度は拿捕目的ではなく、できる限り海の藻屑かサメなり魔物なりのエサとなってもらう。貧困から野盗に身を落としたアトラス国民ではないれっきとした侵略者なので遠慮する必要もない。


「俺だって楽しくてやってるわけじゃないんだがね」


「ははは。世界は変われど宮仕えの辛さは同じみたいですよ、中佐」


 わざとらしく溜め息を吐いたアベルを部下たちが笑う。これも精神の安定を保つための儀式だった。


「アメリカっていうか地球そのものがどっかいっちまったんじゃ仕方ないよな」


「なーに言ってんだ、故郷が俺たちから孤立しているんだよ」


 異世界に呼び出された海兵隊員たちは静かに笑い合う。

 時間の経過と共に、少しずつだが今の環境を仕方ないと受け入れ始めている。

 実際、現地で結婚しようとしている人間もいるようだ。兵卒はともかく下士官から上はオーフェリアの人脈などを利用しようとしているらしい。もっとも南大陸への派兵により思い通りに進んではいないが。


「まるで傭兵ですね」


「いやいや。実際傭兵やってんだよ」


「そうだった。忘れてた」


 ミサイル発射器の撤収作業に入った兵士たちが笑い合うように、現在のアリシアたちの“表向きの身分”は傭兵だ。

 デビューで強いインパクトを与えるために海賊船を拿捕してみせたが、そう立て続けに何度も目立つ戦果を上げては要らぬ注目を浴びてしまう。

 かといって出し惜しみをしてアトラスの国力そのものが低下しては目も当てられないため、こうして密かに問題を“処理”しているのだった。


「タイミングがいいのか悪いのか……。まるで別ゲームの世界に放り込まれた気分だな」


 アベルが溜め息を吐いた。

 乙女ゲームの設定資料集では国外のことは一切触れられていなかった。そもそもエンディング後に早晩国ごと滅んでいた可能性もあるのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが……。


「戦略ゲームとかそのへんでしょうか、ジャンル違いですね……」


「地球で近いところを探すなら、大航海時代のちょっと手前って感じですね。海賊たちに沿岸地域で暴れさせて実験させるとはリッチなものです」


 双眼鏡で様子を見ていたメイナードとレジーナが声を上げた。今回は現代兵器での秘密作戦なので、遊撃兵団からは大体指揮官となったギルベルトくるいしか連れて来ていない。


「大陸内の陣取り合戦が膠着状態になれば今度は外に出ていくしかないからな。それと大尉、あいつらは海賊パイレーツじゃないぞ、探検家エクスプローラーだ」


「いやいや中佐。この時代の探検家なんて一攫千金目当ての山師――いや、海賊と変わらないと思いますよ?」


 アベルの返答にM82A3対物狙撃銃アンチマテリアルライフルを担いだエイドリアンが苦笑を浮かべた。


「そりゃ新大陸フロンティアを見つけた有名人やその仲間・同類たちが、はるばる海を渡った向こうで何をやらかしたか、俺らは知っているからな」


 現代人たちは小さく苦い笑みを浮かべた。

 本当の意味での博愛を実践できる文明が何かの間違いで爆誕しないかぎり、どこの世界でも歴史は似たような方向に向かうらしい。あるいは知的生命体の持つ業なのだろうか。


「そんな連中が尖兵になって本国に価値の有無を届けるわけよね。あると認められれば意気揚々と大軍を送り込むのかしら」


 アリシアは嘆息する。

 事前にHUMINTヒューミントで周辺に人員を送り込んでみれば、イザリア半島周辺はすでに大国の草刈り場になりかけていた。


「彼らにも思惑があります。まずは正面からの殴り合いを一旦でも止めたいのでしょうね。陸上で大国同士が万単位でぶつかり合う戦いはかなりの損害を生み出しますから」


 南半球に位置するこの大陸では南へ進めば進むほど寒冷化するため、生存圏を広げるべく北部へ進出しようとしているようだった。

 南海国とメンゲルベルク帝国は、その前段階として大陸内での覇権を東西で争っており、これまで幾度となく大きな戦が発生してきたらしい。


「それがイヤになって今度は弱い者いじめ?」


「ははは、端的に言えばそうですね。攻め込む前段階として海賊もどきの連中が地味なゲリラ活動イヤガラセを行っているわけです」


 地理的に北端――大軍を差し向けにくい半島に位置するアトラス国は、これまでいい具合に無視されてきた。

 ところが、南大陸人にとっての“新大陸”へ打って出るにあたり、海を渡るための中継地が欲しくなった。そのせいで現在イザリア半島へ大陸東側にある南海が軍を進めようと蠢動しているらしい。


「小賢しいわね。下手に動けばもう片方に側面から思い切り殴られかねないから?」


「まさしく。南海とメンゲルベルクは一時的な講和を画策しているようです。これ次第で動きが大きく変わりますね」


「厄介だわ。成立すれば双方の持て余した力が今度こそ外部へ向く」


 彼らの矛先がヴィクラントを含む北方大陸になることだけはなんとしても阻止したい。そうなれば一旦落ち着いているヴィクラント周辺がまた騒がしくなってしまう。

 エスペラントはまだしも、ランダルキアなどは外部勢力と結託してでも雪辱を晴らしに動くだろう。


「では、講和会場を突き止めてミサイルでも撃ち込んでやりましょうか?」


 さらりと口にするアベル。どこまで本気かわからないのもそうだが、それをやれるだけの力が海兵隊にはあるから怖い。


「気持ちはわかるけど……」


「冗談です。浅慮で情勢を泥沼化させ混乱を生み出すのは本意ではありません」


 司令官として自分で考えろということらしい。


「これから何をするか、はっきり決めてはいないけれど……。ここアトラスを取られるのだけは食い止めないといけないわ。そのために海を渡ったと思うしかないわね」


 天頂に輝く眩い星がひとつ。アリシアは見上げた先にそっと願いをかけるのだった。










※22年1月17日発売予定、本作の書影が電撃の新文芸さんのサイトで公開されております。ロゴとかはまだで順次情報はアップされると思いますので、当方の近況ノートなどもチェックいただけると幸いです。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る