第177話 急所で止まってすぐ浸透(物理)
「ねぇアベル。あの貴族役人のこと、どう思った?」
ゴトゴトとボロい馬車が車輪の音を立てて走る。
街を出てから30分もしないうちに、アリシアはげんなりしながら隣に座ったアベルに問いかけた。
先ほどあった役人――バルバストルを“法服貴族”なりで呼ばないあたり、どうも彼のこと胡散臭く感じたらしい。
「藪から棒ですね。何か気に入らないことでも?」
どこか不機嫌そうに見えるが、バルバストルに対する感情の表れではなさそうだ。
「正直お尻が壊れそうよ。L-ATVがほしいとは言わないけれど……」
なるほどな。アベルは笑う。
主人にして恋人が不機嫌なのは、“報奨金”で買った馬車のひどさのせいだった。傭兵ギルドの紹介だからと行ったら、まさかのとんでもない中古品を掴まされた。
車輪が微妙に歪んでいるせいで、定期的に石を踏んだりするとすごい振動が襲い掛かってくる。これを中古品で済ませる方もどうかと思うが。
「さすがに貴族崩れで傭兵になった者がL-MTVなんて持っていたら魔道具でも通じないでしょうから。それよりもバルバストル殿の件でしたか」
「ええ、タイミングが良すぎるわよね」
直感に引っかかりを覚えたのだろう。アリシアは小首を傾げた。
「腰の軽い役人は比較的有能だとは思いますが、それにしてもやって来るのが早すぎました」
基本的に文官として派遣されている者が職務に忠実でいる
この国もまた世界の潮流に漏れず貴族の血統主義を引きずっているため、純粋な頑張りが素直に評価されるとは限らないのだ。
となれば、慣例をひっくり返してまで備えなければいけない何かが迫っているか。
「去り際のセリフ、聞こえた?」
「あまり良い言葉には聞こえませんでしたね。いずれまた接触してくるかと。もっとも今日明日ではないでしょうが」
脳裏をよぎった内容は面に出さず、アベルは推測を口にする。
ギルド内でもそうだったが、街中では不自然なくらい多くの傭兵たちの姿を目にした。噂で流れていた戦争の気配。それが影響しているのかもしれない。
「あとはわたしたちの素性にどこまで気づいているかしら」
いくらなんでも額面通りに受け取ってはいないだろう。アリシアはなんとなくそう思っていた。
「どうでしょう。現状、国を追われた貴族程度には信じてくれているかと」
「ついあんな風に振る舞っちゃったけれど……」
間違えたとは思わない。
20歳にもならない女が貫禄ある振る舞いなどできるわけもないし、傭兵上がりのギルド支部長がいる前で荒くれものを気取ってもボロが出るだけだ。
「まず
もしも本当にアリシアたちを怪しんでいるなら、警戒はさせたくないはずだ。肩書を持った人間がああやってギルドを訪れるとは思えない。
やはりそれでも見極めたい何かしらの事情があるか――
「ちょっと楽観的じゃない?」
アリシアは苦笑気味に問いかけた。アベルも内心ではそう思っているが、推測に過ぎず口に出すのは
「実際、嘘は言っておりません。居場所をなくしたというのも事実です」
アベルは小さく笑みを浮かべた。
まさか政争に負けたどころか、勝った上に暴れ過ぎてほとぼりを冷ます必要になったとは誰も思うまい。よくよく考えるとひどい経歴だ。
「後悔はしていないけど、今になって思えばやり過ぎたかしらね……」
つぶやいたアリシアは遠い目をして窓の外――故郷の方を眺めた。
その気になればいつでも戻れる。ただそれはなんだか出戻りのようで格好が悪い気がするのだ。
――ホームシックかもしれないな。
主人の様子を眺めたアベルはそう思った。
「とりあえずですが、アリシア様の振る舞いから貴族と認識してくれているようですし様子見で構わないでしょう」
「どうかしら。詐欺師って思われてなければいいけれど」
「その心配はないかと。ただの詐欺師では海賊船へ乗り込んで拿捕なんて芸当はできませんよ」
「不思議ね。もっとタチが悪いって言われてる気がするわ」
実際相当タチは悪い。
「それにしても、事務所を設置する費用やら馬車を調達したやらで思いのほか出費が嵩んだわね」
あくまでも新参者――ギルドに顔がないせいか多少ぼったくられた気もするが、しばらくは世話になる身だ。必要経費と割り切って支払うことにした。
もちろん次も吹っかけてくるようなら容赦なく値切らせてもらうが。
「そろそろ着きまーす」
御者を務める遊撃兵団出身の
「ご苦労さま」と労いの言葉をかけ、止まった馬車からアリシアは差し出されたアベルの手を取って降りる。
「うーん、
鼻腔に漂ってくる潮の香り。アリシアが満足気に眺めた視線の先に広がっていたのは寂れた漁村だった。海賊に襲われ放棄したらしい。
「やはり“現地人”が兵だとやりやすいですね。仕事が早い」
またしてもタイミングを見計らったように海外展開ユニットが解放されたため、それらを使った上で木板を使って上手に覆い隠している。
「武器庫は?」
「はい、こちらに」
カモフラージュされたコンテナを開けてみれば、中にはM1903からM27 IARまでのライフルに、その他無反動砲など多種多様な火器がずらっと並んでいる。
小火器だけでもこの半島くらいはひっくり返せそうだが、真に恐ろしいところは機甲部隊まで召喚可能であることだろう。
コンテナがあればどこでも戦争ができる――
まさか異世界にまでコンテナを持ち込むことになるとは、設計者も思わなかったに違いない。
発電機やUAVコントロールユニットなど逆の意味でのハリボテと化している。
今は静かに時を待つ圧倒的な力の証を前に、アリシアは自然と口角が上がった。
「上出来ね、少尉。これでいつでも活動を開始できるわ」
施設の管理を行っている
家や倉庫に見える建物はすべて偽装だ。
無理に中まで入り込もうとするヤツはいないだろうが、その時には気の毒だが消えてもらうことになる。
我らは海兵隊。ただあるように戦うだけだ。
「北とはだいぶ気候が違うけれど、みんな慣れたかしら」
集めた兵たちを見据えてアリシアは語る。兵士たちは直立不動のままそれぞれに笑みを浮かべている。どいつもこいつもタフガイ揃いだ。
「あっちでは暴れ足りなかったと思ってるかもだけど――」
第1大隊として編制された遊撃兵団から、今回の派兵用にざっくり1個中隊を遠征部隊として南大陸に連れて来ている。
海を越える際の危険性は船舶を使えるから良いとして、他国に露見するリスクを考えれば、PDAの『統合支援機能』で新たな人員を召喚すれば済む話だった。
しかし、せっかく育て上げた遊撃兵団だ。彼らを次の段階――
「まずは周辺を荒らしているクソったれな海賊どもの掃討よ! 忙しくなるけどイケるかしら!? You Got It!?」
「「「Ma'am , Yes Ma'am!!」」」
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