第173話 南風にのって


 海兵隊員たちが生存者の捜索に出ていった頃、浜辺からやや離れた場所に置かれテントにはクラウスとオーフェリア、それにハインツの姿があった。


「なんとも見事なもの――というより恐ろしいくらいだね。私はあの時王都にいなかったけど、目撃した者から聞いた以上だ」


 沖合に現れた南大陸のものと思われる海賊船を、海兵隊は瞬く間に文字通り吹き飛ばしてのけた。

 一部始終を腰を浮かせながら見ていたハインツは椅子に戻り、カクテルに手を伸ばして感嘆の声を漏らす。

 もちろん、海兵隊があの程度の連中でどうにかなるとは微塵も思っていなかったので、オーフェリア共々椅子に座ったまま微動だにしていない。


「さっさと帰ってしまわなければ見られたのにな」


 クラウスがちらりとからかうような視線を向けた。


「あのまま残っていたらうちにも騎士団が来たかもしれないだろ? それを跳ね除けて王城まで殴り込みに行くような従兄弟殿たちと一緒にしないでほしいね」


 そういうところだけは本当に鼻が利く男だ。だからこそ王国南部を取り仕切り表向きは悠々自適な生活を送れているのだろう。


「……なるほど。妙に聞き分けよく歓待してくれると思ったら


 ハインツの見せた反応から、クラウスは彼の“狙い”に気が付いた。


「いきなり何を言い出すんだね、従兄弟殿は」


 視線を動かしたハインツは怪訝な表情を浮かべた。しかし、同時にどこか楽しんでいるような気配もある。


「薄ら馬鹿のフリをするのはやめろ。たしかに我々が押しかけたのはいきなりだ。だが、そこからすぐに動けばあの襲撃を“演出”することも不可能じゃない」


 ともすれば言いがかりとも受け取られない発言をクラウスは躊躇しなかった。

 実際、そうでなければ彼がわざわざクラウスたちに付き合ってまでこの場にいる理由がない。歓待にしても夜が本番で、当主はそこに出れば十分なのだ。


「なんのことやら。そういえば我が国の政変を嗅ぎ取ったのか、南大陸の連中の動きが活発化しているって報告を受けていたね」


 今思い出したとばかりにハインツはしれっと答えた。どちらも役者である。


「こちらの大陸に橋頭堡きょうとうほ――というには大袈裟だが、およそ国交と呼べるものがないから間諜どもが紛れ込んでいるんだろうな。可能性からいけば魔信持ちだろう。南大陸は魔法技術が発達しているとの噂はあながち間違いでもないらしいな」


 それですら王都方面から流れてくる噂を送るしかないため、海兵隊の圧倒的な制圧速度のおかげで賞味期限切れの情報しか渡らなかったようだが。


「水上戦力同士なら我々の私掠船部隊でどうにかもできたんだけどね。いずれにせよ従兄弟殿たちは来るのが早すぎたんだ」


「そうだろうな。失敗したよ」


 面倒くさくなったのか、どちらも測ったように演技を止めた。

 短い時間で上手く考えたものだとクラウスは感心してしまう。王国最強どころかこの世界でも扱いの難しい海兵隊を巻き込もうとしたのだ。


 しかし――。

 クラウスは訝しむ。ハインツは何の理由もなしにこのような真似をする男ではない。


「でも、ただ利用しようとしたわけではないのでしょう? あなたそのへんは慎重だものね。盤面をひっくり返した彼らの力を見たかったってところかしら」


 オーフェリアが先に疑問と予測を口にした。考えていたところは夫と同じだったらしい。


「夫婦そろって次から次に正解に辿り着かれると面白くないな。でもそうだね。彼らに新たな活躍の場を用意した方が良いと思っているのはあるかな」


 観念したようにハインツは答えた。嘘を言っているような気配はない。


「彼らを国内に置いておくべきではないと?」


 そう答えつつもクラウスは誤解していなかった。常人の思考では「邪魔となった存在を処分しろ」と言われているように感じるはずだ。だがハインツがそんな単純な思考をしないことはとっくの昔に理解している。


「まさに。さっき屋敷でも触れたけど、今回の一件で騎士団は解体されるだろうね」


 きちんと噛み合っていると理解したところでハインツは話を先に進めていく。


「打撃力と展開の速さを売りにする次世代の軍を目指すなら、彼らのような勢力は新しく生まれ変わるための障害となるわね」


 アンゴールとの戦いを経験し、王都では王城への地上進攻部隊にも参加したオーフェリアが納得したように言った。


 重たい鎧に身を包んで騎馬突撃を繰り返していては勝てる戦も勝てない。いや、勝つためには相手の土俵に立つ必要がないと言うべきだ。それはランダルキア戦役でヴィクラント自身が証明している。

 騎兵の突破力が依然として有効なのは間違いない。しかしそれは銃兵を含む各兵科がバランス良く揃った上での話だ。旧来の軍の動かし方では銃兵の打撃力が活かせない。騎士の戦い方しか知らないに等しい彼らが独立した兵力を持ったままでは変革は訪れない。


「だろ? 彼らを直ぐにどうにかできるわけじゃない。騎士の名誉がどうのと騒ぐ貴族たちの抵抗もあるだろう。国軍を作るのはいいよ? だけどそこに従兄弟殿たちの兵士を大々的に使うのはどうかと思ってね」


 ハインツの表情には明らかな懸念の色があった。


「――貴族ではないからか」


 クラウスの眉がわずかに寄る。彼も薄々は理解していたのだろう。


「くだらないと思うけど、それに固執する人間が多いのもまた事実なんだよ」


「そう思えるのも我々が高位貴族だからと言われかねんな」


 ふたりの表情に自嘲するような苦い笑みが浮かんだ。

 どれだけ強くとも海兵隊は平民扱いだ。厳密にはこの世界の人間ではないのだが、国政に参加できる“身分”を持っていないことにかわりはない。


 王制が大半を占めるこの世界の政治は結局のところ血統主義である。

 優秀かどうかはさほど関係なく、連綿と受け継がれた者が高位貴族の地位を独占し、下位貴族はそう簡単に這い上がれない。

 果たしてこの構造に新たな人間を迎え入れる余地など存在するだろうか? あっても騎士爵などで大した魅力もない土地を開拓しろと“本当の意味での辺境”に放り込まれるだけだ。


 そんな場所に海兵隊を追いやるわけにはいかない。


「そこを言い出したらキリがないよ。何をしたって反発するやつはいる。でも無視するわけにもいかない。だったら他に“有効活用”できないかなって思ったのさ」


 あくまでもハインツは合理的な視点から考えていた。自分の部下でもなんでもない海兵隊に愛着がないからだが、逆に言えばそこさえしっかりしていれば同じように他の貴族たちを納得させやすくなる。


「自分の利益を確保するついでに南大陸への足掛かりを作りたいのだな」


「そこは否定しないよ。だけど、この国の軍と彼らではあまりにも色が違いすぎる」


 ただでさえ貴族派と王室派を交えてこれからのことを考えていかねばならないのに、新たな勢力が現れては余計な不和の種となりかねない。


「だったら、海の向こうに戦いの場を用意すればいい。それなら騒ぐ連中に彼らと同じことをして見ろと言って黙らせられる」


 公爵が勝手に判断していい話ではなかった。下手をすれば独立され、その後の関係次第では攻め入られる可能性すらある。

 もちろんそれはハインツとて理解しているだろう。だからクラウスは先に別の問題から解決させにいく。


「色々企むのは結構だが国内はどうする。せっかくの優位性を自ら手放すのか?」


「旧王室派との融和も必要だし、すでに彼らの武器を扱い始めているリーフェンシュタール辺境伯にひと肌脱いでもらうのはどうかな?」


 最適解をピンポイントで突いてきた。こいつこそ宰相にでもなって国政に参加すべきじゃないだろうか。


「国内の方は彼らを筆頭にして試験運用的に始めればいい。いずれマクシミリアン殿下が王位に着くとしても、あまりに急進的な改革は反発が起きる。旧王室派の献身と貴族派の歩み寄りから始めれば美談にもなるだろう?」


 アルスメラルダ公爵家とリーフェンシュタール辺境伯家との間に繋がりがあると知ってか知らずか言っている。いや、ハインツのことだ、わかっているのだろう。


「悪くない。それで、国内が落ち着くまで国外で暴れてもらおうってことか?」


「アンゴールやエスペラント相手の牽制に使うよりはずっと良くない? 彼らならそれくらいはできると思ってるけど」


「陸続きではない利点でもあるか……。どう思う?」


 今の時点では特段反論する内容もなかったらしく、小さく頷いたクラウスは控えていたリチャードへ問い掛けた。


「いずれにせよ判断材料が必要です。まずは情報収集からでしょう。偵察のやり方は色々ありますが、実際に要員を送り込むに勝るものはないかと。あとはお嬢様がなんと答えるかですね」


 給仕役に徹していたリチャードはグラスを磨く手を止めて澱みなく答えた。


「あの子ならきっと否とは言わないだろうね」


 答えたのはクラウスではなくハインツだった。


「せっかく跡を継ぐ気になっているというのに……」


 同じことを言うわけにもいかないのでクラウスはあえて不満そうにしてみせた。


「彼女が爵位を継ぐのはいいよ? けど、それはまだずっと先の話じゃないか。国内がこんな状況じゃ従兄弟殿に隠居なんてさせてくれないよ」


「バカンスに来ているのに嫌な話をするなよ」


 クラウスは本気で嫌そうな顔を浮かべた。

 今降りようとしたら敵前逃亡と見なされかねないのもあるが、自分には従兄弟のように自侭に振る舞うことはできなかった。こればかりは性分としかいいようがない。

 そして、だからこそアリシアのことも真剣に考えてしまうのだ。

 

「将来のためにも、ここは彼女自身が新たな実績を作るべきだと思うね」


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