第171話 生足魅惑の
科学文明に汚染されておらず、また人の手でこまめに管理された砂浜は今や人で溢れ返り、騒がしいまでのざわめきが木霊していた。
白い砂浜からは陽炎が立ち上り、海の向こう側へ目を凝らせば薄らと南の大陸が見える。周囲にはいくつか無人島も散らばっているようで、青い空との境界に小さな点をいくつか生み出していた。
そして手前の海辺では、バカンスモードに突入した海兵隊員たちが各々に戯れている。
「「「ワーハッハッハッ!!」」」
ガチャンと硬質の音を立て、氷水でキンキンに冷やされたビールジョッキの群れが人の輪の中央でぶつかり合った。
恭しく儀式を済ませた神官を思わせる動きと見せかけ、弾かれたように一斉に各自の口元へ運ばれると
「「「
まさしく一瞬の出来事だった。
日々の訓練で鍛え上げられた屈強な肉体を持つ男たちが、枷が壊れたかのように全力でビールを胃の中へ次々に流し込んでいる。
発電機を持ち込むとうるさいので業務用の氷冷式ビールサーバーが並べられ、全開で稼働しているが消費に追いつくか怪しくなってきそうだ。
そうかと思えば別の場所では、やたら布面積の少ないビキニパンツ姿の連中が蠢いていた。テカテカに塗ったオイルで陽光を反射しつつ、己の鍛え上げた肉体美を誰にでもなく披露しながら腕立て伏せ大会に興じている。もちろん、誰も
「准尉、みんなちょっと飲みすぎなのでは……?」
ジェフリー
ジェフリーは支援小隊の統括責任者として振る舞っているだけのことはあり、張ったテントの下で汗だくになりながら部下と一緒に仕込んでいた肉や野菜や魚を焼いている。
尚、酒を“消滅”させている連中には触れているが、肉体美を披露しているビキニパンツのバカどもには一切触れない。異世界に連れて来られて混乱しているのだろう。そっとしておいてやるのがせめてもの情けだった。
「知るか、今はオフだ。常に飲める口実を探している酔っ払い連中は放っておけ。――それより焼けてるヤツあるじゃないか、取ってくれよ」
「はぁ……。遊撃兵団を離れると准尉はこれなんだから……」
汗と一緒に溜め息がジェフリーの口から漏れ出るが、肉の焼ける音に掻き消されていった。
「そうは言うがな? 街の衛兵に「筋肉モリモリマッチョマンの変態がいる」って通報してみるか? 俺はいやだぞ」
そう答えてメイナードは肉を頬張った。
まったくやる気なしの准尉殿をはじめとして、周囲では「酒よりも食欲!」な連中が焼けたそばから一心不乱に肉へ齧りついていた。
調理全般にこだわりを持つジェフリーとしてはもっと野菜を食えと言いたくなる。
「いくわよー」
「お手柔らかに大尉」
「ねー、わたしもビール飲みたいんですけどー」
「あの野郎どもの中に混じりたいとか正気ですか、キャリー中尉?」
「お腹すいてきました」
そんな雄臭さで阿鼻叫喚となった光景を尻目に、女性陣は離れた場所で誰が持ち込んだのかビーチボールでなんちゃってバレーを繰り広げていた。
全員が胸と腰を申し訳程度に隠した見事なまでに露出度の高い水着を身にまとっている。男性陣とは別の方向で鍛え上げられた美しい身体が煽情的――ぶっちゃけ目に毒であった。ジャンプに合わせて何とは言わないが揺れるし、すらりと伸びた足がやはり艶めかしい。
余計なトラブルとならないよう、男たちは近付かないようにしていた。数多の戦場を潜り抜けてきた海兵隊員は勇気と蛮勇の違いも熟知していた。
尚、ネットの管理はなぜかマクシミリアンとギルベルトが駆り出されており、彼らは目のやり場に困っていた。……海兵隊は男女関係なく本当に遠慮がなかった。
「殿下、本当によろしいので……? こんな役目を……」
「いいさ。これも思い出になる。ただ視線をどこに向けていいか少々困ってしまうが……」
困惑気味に答えるマクシミリアンだが、実のところ平和な場所にちゃっかり落ち着いていた。
ビールの飲み比べ大会という名の戦争に参加したらおそらく殺されてしまう。肉体美を披露している連中にはムサ苦し過ぎて近づきたくない。肉は食べたいが、もうちょっとすれば自然とそちらにシフトできるだろう。なので無理をしないことが肝要なのだ。
「だが、ギルベルトが素敵な女性と結ばれて嬉しいとは思っているよ。まさかグラスムーン大尉とは思わなかったがね……」
「ええまぁ。おかげさまでと申しますか……。たしかに目のやり場に困ります」
「ちょっとギル? 殿下と話し込んだり、わたしはいくら
横合いからレジーナの声が飛んだ。言葉のチョイスもだが笑顔が怖い。
何気に彼女はこの場の女性陣の中で一番スタイルがいいのだが、同時に凝縮された筋肉まで浮かび上がっているので妙な凄みがある。
というよりも「思いっきり尻に敷かれているじゃないか……」とマクシミリアンは何とも言えない気分になった。
「しませんよ、レジーナさん……。俺は……ええと……その……」
「ヘタレ」
言葉へ詰まったギルベルトにジーナの呆れたような視線が注がれた。もっとも微妙にそれを楽しんでいる気配があり甘ったるくてかなわない。
「はぁ……。新大隊長、きみは軍人以外の修業がもうちょっと必要なようだな」
苦い笑みを浮かべたマクシミリアンは、砂が入ったでもないのに口の中がじゃりじゃりするような感覚を覚えていた。
【業務連絡】
流れぶった切り&文字少なめで本当に申し訳ございません。
当方をフォローされておられず作品のみブクマされておられる方メインの告知です。
この度、電撃の新文芸2周年記念コンテスト ――編集者からの4つの挑戦状――の「スカッと爽快、勧善懲悪!」部門にて本作まりんこ!が大賞を受賞いたしました。
今後どうなるかなどはまだ決まっておりませんが、世の中に送り出せるよう頑張っていきたいと思います。
尚、Web版のまりんこはおそらくあと数話で完結する予定です。
今しばらくアリシアたちの戦いの余韻をお楽しみください。
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