第161話 母は強し(物理)~後編〜


 ちょっとだけゴタゴタがあったものの、公爵邸を出た地上部隊は大通りを進軍し王城を目指す。


 道行く貴族家の関係者たちはこれまで聞いたことがない――魔獣の唸り声じみたエンジン音に怯えてしまい、屋敷へ一目散に逃げ帰るか道の端へと避けて部隊の“侵攻”を震えながら凝視していた。

 ここが異世界だとかは関係ない。地球人であっても道の向こうから戦車部隊がやって来たらそうするはずだ。戦おうなど考えることさえあるまい。


『拍子抜けするくらい平和ですね』


 乗員の誰かがぼそっと漏らした。実際誰も――街を守るはずの衛兵すら攻撃を仕掛けて来る気配がなかった。


「もしかして本当にただ逃げ帰っただけ? 矢の出迎えすらないじゃないの」


 心底がっかりしたとばかりにオーフェリアがつぶやいた。


 彼らの中には弓兵だっているはずなのだが……とオーフェリアは考え、すぐに結論に思い至る。

 結局はどこまでも保身だった。王都の、しかも貴族街で流れ矢でもやろうものなら後々大問題になりかねない。そうなるくらいならと城壁に囲まれた王城に篭もることを選択したのだろう。


「連中、掃除夫にでもなった方がいいわね。いや、生き延びたらそうさせてやろうかしら……」


 一方、彼女のセリフを聞いていた兵士たちは「いやいやいや」と内心で突っ込んだ。早くも戦車兵たちは戦争狂ウォー・モンガーの気配漂う奥様についていけなくなりかけている。


 機械の類を気味悪がったりするのが普通じゃないのか? 今さらだがドン引きしていた。

 彼らが見てきた映画などの知識でそう思い込んでいたのもある。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだが同乗させてしまったからにはもう遅い。


『あー、王城に着けばさすがに何らかの抵抗あるかと。無血開城となればそれに越したことはないのですが』


 不満そうなオーフェリアに言葉をかけられるのはトーマスしかいなかった。

 旦那クラウス責任者アベルもみんなヘリで先に城へ向かってしまったからだ。思いっきり貧乏くじである。


 しかし、軍隊とはそういうものだった。彼は持てる知識を総動員してオーフェリアを宥めようとする。たとえ無駄だとわかっていても。


「大尉、もう着くわよ。決断の時間ね」


 なんとも短い進軍だった。相も変わらずオーフェリアはつまらなさそうな声のままだ。


 もしも将来的にこの世界の戦争に参加することになっても、彼女を戦車に同乗させるのはやめた方がいいと後で意見具申しておこう。トーマスは密かにそう決意した。


 そんな時――—―


「敵襲!」


 戦車長用キューポラから上半身を乗り出していたオーフェリアが短く叫びながら剣を抜き、飛来する矢を斬り払った。


『奥様、内部へ退避を!』


 トーマスは叫んだ。

 パフォーマンスなら最初のだけで十分だ。これ以上は軍事的に意味がないし、なによりこちらが動けなくなる。


「ああもう! 仕方ないわね!」


 小さく舌打ちしたオーフェリアは渋々といった様子で車内に入って来た。


「連中やる気ですね。どうされます?」


「どうもこうもないわ。門を開けさせないと。手段は問わないわ。あ、だからって城に当てちゃだめよ。後で問題になるから」


 なるべく王城は無傷で手に入れたい。

 そもそも、城壁は分厚く作られていても城そのものにどれだけの耐久性があるか甚だ未知数――厳密に言えば誰にもわからない。

 投石器のような攻城兵器や攻城火炎弾魔法を相手にするならまだしも、120mm榴弾の直撃に耐えられる設計になっているはずもなく、下手な場所に当たれば崩落する可能性もゼロではなかった。


 かと言って、この状況で試すわけにもいかなかった。あそこにはアリシアがいるのだ。


「無難なのは門の破壊ですかね。それで戦意をくじきましょう」


「了解、許可します」


『――—―城門の兵たちに警告する! 今すぐ武装解除して投降しろ! 」


 拡声器を通したトーマスの声が王城へと続く橋から内部へと向けて放たれた。


「ふざけるな! 第1王子を僭称する反逆者どもが! 撃て! 撃て!」


 残念ながらエンジンの音でほとんど聞こえなかったため、城門からの返事は矢の雨にしか聞こえなかった。ある意味では効果覿面だった。


「なんとも文明的ではない回答だわ」


 上面装甲にコツンコツンと当たる矢の音を聞きながらオーフェリアは嘆息した。

 見た目で思い切り威嚇しておいてよく言うものだ。さすがの戦車兵たちもそこは自覚があった。


「いきなり主砲ぶち込むのはマズいよなぁ。機銃で威嚇射撃を行うぞ!」


「イエッサー!」


 文明人を自称する海兵隊員は警告射撃でなんとかしようと試みる。


 トーマスはコントローラーを操作し、M153 CROWS II 遠隔操作式銃塔RWSに取り付けられたM2重機関銃を発射。城壁を砂糖菓子のように破壊する12.7×99mm BMG弾の破壊力に、門の上から懸命に矢を射掛けていた兵士たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 矢とて跳ね返すはずの城壁がボロボロと崩れ落ち、それでも止まらず空を切り裂く音を立てて突き抜けてきたのだ。まともに喰らえばいったいどうなるか本能で理解したのだろう。

 これでどうにかなるか。そう思った。


「小癪な真似を! これでも喰らえ!」


 そんな期待は儚く砕け散った。

 兵士たちが逃げ惑う中、怯まなかった魔法使いと思われるローブを纏った兵士が、高速詠唱により生み出した火の玉をぶつけてきたのだ。


「おいおい、マジでファンタジーかよ……」


 驚く戦車兵たちがモニター越しに眺める中、鉄の獣エイブラムスに火炎弾が直撃した。


「「「やった!」」」


 敵が炎に包まれる光景を目撃した兵士たちが歓声を上げた。

 炎に包まれれば、たとえ肉体に致命傷を与えられなくとも肺が焼け爛れ無力化される。戦場で炎を操る魔法使いが恐れられる理由のひとつだった。


 しかし――――彼らの喜びも長続きはしなかった。


「うわぁ、連中MFDMarked For Deathを立てやがったぞ……」


 横で見ていた2号車の車長がそっとつぶやいた。

 どうやら異世界でも死亡フラグMFDは通用するらしい。


 魔法使いからすれば渾身の策だとしても、所詮は成形炸薬HEAT弾でもなく人間ひとりを飲み込むのがやっとの単なる炎の塊に過ぎない。希望の一撃はエイブラムスの正面装甲に衝突すると、車体に引火させることもできずそのまま消えていった。


 尚、まったくの偶然かもしれないが、掲げたマクシミリアンの旗は無事だった。


「炎は消えたぞ! 被害報告しろ、異常はあるか!?」

「異常ありません! センサー類が高温を警告しているくらいですがじきに黙るかと!」

「さすがエイブラムス、なんともないぜ!」

「潰したかったらナパーム弾でも投下するんだな!」


 車内の戦車兵たちは口々に快哉を叫んでいた。もちろん、相手には聞こえないと知りつつ。


「ば、ばかな……。こんなことありえない……」


 一方、必殺を期待した“奥の手まほう”が通じなかったショックで、魔法使いは呆然と立ちつくしていた。


「……言っておくけど大尉、このまま付き合ってても埒が明かないわよ。牙をへし折るにはそれなりの力を誇示しなければならないわ」


 必要以上に口を出さないと決めていたオーフェリアだが、狭い車内で我慢できなくなったかトーマスに攻勢を促した。


「おっしゃるとおりで。……全車、主砲発射用意! 弾種、多目的榴弾HEAT-MP!」


 短く息を吐き、トーマスは号令を下した。


『『『イエッサー!!』』』


 返信を受けながら機甲部隊の指揮官は腕を組んだ。

 まことに残念ではあるが、彼らにこちらの“善意”は通じなかったようだ。となれば後は実力を以って敵を排除するのみだ。


「多目的榴弾用意! 装填急げ!」


 砲手からの指示を受け、装填手が後部の弾薬庫から砲弾を取り出して砲内へ押し込んでいく。

 幾度となく訓練で行った動作に澱みはない。閉鎖器が閉められ発射準備が整った。


「装填よし!」


 遠巻きであっても各国の間諜もこの“戦い”を見張っているに違いない。

 そういった意味では、この世界に現代兵器の恐ろしさを刻み付ける初めての瞬間となるかもしれない。


「ちょっと大人気ないかもしれんが悪く思うなよ。これも仕事でね」


 トーマスは小声でつぶやいた。

 正直、地球でゲリラを相手にしていた時よりも気が進まない。彼らは対戦車兵器――RPGすら持っていないのだ。


 だが、否応などあるはずもなかった。

 自分たちはすでに地球では死んでいるかもしれない身だ。なぜか落とされた第二の人生を歩もうとするなら今は戦うしかなかった。いや、すべては言い訳だ。


「ねぇ、ハッチ開けて間近で発射シーンを見ちゃいけな――」


『『『「「「ダメ絶対ッ!!』』』」」」


 おもむろに動き出そうとしたオーフェリアを即座に機甲部隊全員が止めた。

 すっかり溶け込んでいるが彼女は素人にしてVIPなのだ。危険な目に遭わすわけにはいかない。


 ……これは助けられたな。


 トーマスは小さく笑った。

 オーフェリアは戦車兵たちの逡巡を理解した上でわざとあんな行動に出てみせたのだ。召喚されてからこの方、現実感も湧かないまま流されるようにここまできたが、ようやく吹っ切れたと言ってもい。


『耳の穴をかっぽじってしっかり聞け、ボケナスども! もう一度警告してやる!』


 トーマスはマイクに向かって怒鳴りつけた。

 ヒュゥと誰かが回線越しに口笛を吹く。


『貴様らは正当な命令によらずして王城を占拠している! 逆賊は貴様らだ! 十数えてから城門を破壊する! 巻き込まれてひき肉になりたくなかったらさっさと道を空けろ!!』


 いくら一発目がダメだったからとはいえ、威嚇というか挑発し過ぎである。

 あまり丁重にやると舐められるからダメだと聞いていたが、異世界的なニュアンスと海兵隊の認識の間には大きなギャップがあった。


 目標が真正面にあったため砲塔が旋回することはなかったが、ここはあえて“的”の中心を狙うべくわずかに仰角をとる。


 依然として敵の魔法使いは城壁の上に立ちつくしたまま我を失っていた。

 雰囲気で危機を察した兵たちは早くも逃げ出しつつあるが、彼だけは周りからの「逃げろ! 早くしろ!」という声にも応じる気配はない。あれは放っておこうと戦車部隊の誰もが思った。


「まぁ、向こうも殺す気で魔法使ってきたんですからイーブンイーブン。ハッチが開いてたら我々も焼け焦げてたかもですし」


 砲手が笑いかけた。みんなわかっているのだった。


「それもそうか」


「そうよ。大尉、やっちゃいなさい」


「……よし、発射ァッ!!」


 操縦手の言葉に開き直り、オーフェリアに背中を押されたトーマスが発射を指示。空気を文字通り震撼させる砲声と共に砲口から炎が迸った。


 一瞬の後、城門は文字通りの木端微塵となった。

 強固に作られていたとはいえ、やはり120mm砲に耐えられるように設計されてはいなかった。


 そこでオーフェリアが拡声器を手にハッチを開けた。今度は誰も止めなかった。


『守備兵に告げる! こちらはアルスメラルダ公爵家オーフェリア・テスラ・アルスメラルダ! 掲げられた旗を見ての通り、第1王子のマクシミリアン殿下がご帰還なされた! おとなしく城門を開いて我々を中へ通せ! 今の貴殿らが行っている戦闘行為はれっきとした叛逆罪にあたる!』


 拡声器を通して発せられたオーフェリアの声は機械で増幅された音量の大きさもあったが、元々の声もあってしっかりと王城内部にまで響き渡った。


 今度は矢も飛んでは来ず、妙な沈黙が辺りに流れる。


「なんだ、一発撃っただけで終わりそうじゃん」


「バカ、俺たちの任務は城を廃墟にすることじゃない。連中をビビらせて歩兵を突入できるようにするんだぞ」


「でも、エイブラムスでこの橋を渡れると思います?」


「絶対に無理だな」


 考えるまでもなかった。


「60t超えてますしね? 堀に落ちちゃいますよ」


「じゃあ、俺たちはこの場を確保だ。ここからはLAVに任せよう」


「よろしいので?」


「俺は大尉だ、それくらい決めてもいいだろ。それにこれだけやったんだ、たぶん降伏すると思う。ダメでもあいつLAV1輌あれば城は落とせる――少なくとも負けないさ」


「あ、旗が」


 トーマスの予想した通り、城門の上に降伏を示す旗が掲げられるまでそう時間は要らなかった。

 すでに城は落としたようなものだ。あとは内部がどうなっているかだけだった。


「だいたい、本当におっかねぇ殴り込み部隊は空からとっくの昔に突っ込んでいるんだ。これで勝てなきゃ嘘だぜ」


 フォースリーコンを中心としたメンバーが向かったのだ。心配する必要はないと思うが、それでも不安をゼロにするのは難しい。

 自然と胸中に湧き上がる余計なものを振り払うように、トーマスの口から言葉が流れ出ていく。


「それにしても奥方はどうしてそれだけ落ち着いていられるのです? お嬢様に期待されているからですか?」


 落ち着いていられる秘訣があるなら教えてほしい。そう思った彼はオーフェリアに問いかけた。


「あの子に期待? いいえ違うわ」


 城を見上げたオーフェリアは迷うことなく答え、そして小さく笑いながら続けた。


「確信しているのよ」


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