第159話 我が身はすでに覚悟完了
「あの子は知らんはずだ。気付いていたかもしれんが、私からはっきりと告げてはいない。半分はエグバートの、残り半分も私の仕込みだったからな。そんなところまで背負わせるものではないだろう」
クラウスはすこしだけ伏し目がちに答えた。
歴史の表舞台に立たせることになった娘への、せめてもの
「知らずともアリシア殿はああして……。であれば、やはり動かずにいられません。彼女のような得難い人材、いえ、この国の未来を担うであろう存在を第2王子たちの私欲のために失うわけには……」
「言っておくが、娘はやらんぞ?」
冗談めかした口調ながら、クラウスの目は一切笑っていなかった。
「とんでもない、そのようなことを申すつもりはありません。野暮なことをして馬に蹴られたく……いえ、
相好を崩してそう言ったマクシミリアンは、部下に指示を飛ばしているアベルを一瞥してそっと笑みを浮かべた。
――それに、彼女にはもう“相応しい相手”がいるみたいだからな。
内心でそう呟いたマクシミリアンはその場を離れ、王城の方へと視線を向けるのだった。
「状況が良いとは言えませんが、それでも最善に近いところに落ち着いたのは幸いでしたな」
王子と公爵の会話がひと段落ついたところでリチャードがクラウスに語りかけた。
「幸い? 計算ずくだろう? 要所要所で上手く助けてくれた中将のおかげだよ」
クラウスは小さく笑いながら答えた。
リチャードの介入があったことはとっくの昔からわかっている。アベルだけでも心強い味方だったが、より経験があり老練なリチャードに勝るものではない。それを理解しているからこそアベルも彼を召喚したのだ。
「どうでしょう。……などと、とぼけるつもりもありませんが、私は若者たちにきっかけを与えただけに過ぎません」
今さら主役を気取りたい年齢でもない。だったら後進のために一肌脱ぐだけだ。
「十分だよ。十分すぎると言ってもいい」
クラウスは小さく両手を掲げた。
「アリシアが動かなければ、最終的に私が事を起こすつもりだった」
「でしょうね。私でもそうします」
「お見通しだったか……。たしかにあれは強くなった。しかし、それは大人としての責任を放棄していいことではない。もっともその必要もなかったようだが……」
クラウスの口調は寂しげだった。
もっと頼られてもいいと思ってさえいた。気に入らない家があるなら権力を駆使して潰しても良かった。
案外、一番親離れ子離れできていないのは彼なのかもしれない。
「子どもはいつの間にか大きくなっているものです。親は必要な時に出ていって助けてやればいい。できることなんてそうたいしてないものですよ」
「そういうものなのかね。中将ほど達観はできないそうにはないよ」
クラウスから返って来たのは言葉と深いため息だった。
「経験の差でしょう。私は娘が結婚して孫までいましたから。そこにしたってショットガンを持って婿になる男に責任を取れと迫ることもなかった」
「どんなシーンだね、それは……」
“ショットガン・マリッジ”の話を聞いて、さすがのクラウスも怪訝な表情を浮かべてしまった。
「娘に手を出したクソ野郎に責任を取らせるべく親父が銃口を突きつける祖国アメリカの風習です」
「とんでもない文化があるのだな……」
そんな習慣が主流であるはずがない。
しかし、時空を超えてアメリカに行けるわけではないクラウスはそれを信じてしまう。彼が真実を知る日は永遠に来ないだろう。
「さぁ、ついに我々も旗印を得ることができた。カタをつけよう。いいかげんアリシアが待ちくたびれているようだしな。アベル、準備はいいか?」
耳にはめておいたインカムから聞こえてくる王城の会話では、いよいよウィリアムが本性を露わにしていた。
たとえ孤立無援であろうと、アリシアはきっと真正面からあの者たちに立ち向かうだろう。ここまで必死で駆け抜けてきた彼女はけっして敵になど屈しないからだ。
「もちろんです。……作業しながら聞け! これからアリシア代行殿を救出するついでに、我らを舐め腐った逆賊ウィリアム率いる王室派を殴りに行く! と言っても簡単だ、逆らうバカがいなくなるまで殴ればこちらの勝ちだ!」
そこかしこから笑い声が上がった。
次いで新たなエイブラムスが2輌、奥からアベルたちのところへ近付いてきた。それら脇を計4輌のLAV25A3が固めている。
ちょっとした機甲部隊の誕生である。もちろん、大軍を相手にする訳でもなく、ここから城まで進んでいくだけだ。邪魔者はすり潰すかもしれないが、やりすぎなのは言うまでもない。
だが、これも勝つためには必要な“パフォーマンス”だった。
圧倒的な武力で騎士たちを蹴散らす姿を王都の者たちに見せ付け、マクシミリアンの帰還を知らしめなければならないのだ。
「アベル! 1台くらいわたしが乗ってても構わないわよね!?」
すでにオーフェリアはエイブラムスに乗り込んで砲塔後部にマクシミリアンの旗を掲げていた。隣では車長が困ったような顔でこちらを見ていた。
これはもうダメだ。目がマジである。完全に仕上がっていた。
「あー、止めたらお聞きいただけますか?」
「無理ね! こんな素敵な“馬”を見たら乗らずにはいられないわ!」
オーフェリアはすっかり戦車の虜となっていた。
アリシアのことはいいのかと思わなくもないが、要は“心配しているが心配していない”のだろう。あらゆる意味で当人と周りを信じているからこそできる行動だった。
「なら地上部隊はおまえに任せていいか!」
アベルの代わりに、半分諦めた様子でクラウスが答えた。こうなってしまったらテコでも動かないだろう。
ただ自身のわがままで言っているわけではないのもわかった。自分自身が旗印となって王城まで攻め入ろうというのだ。
彼女は元々王都ではクラウス同様に有名人だ。顔も知られていないマクシミリアンを先頭に進むよりもずっと効果があるかもしれない。
「ええ、旦那様! 露払いはお任せを!」
すっかり気分を高揚させた様子でオーフェリアが返事を寄越した。
「流れ矢に気を付けるんだぞ?」
「ご心配なく。斬り飛ばしますので」
本当にやってのけるからこの妻は始末に負えないのだ。
「では我々はひと足先に王城へ向かいましょう」
アベルが答えたタイミングで汎用ヘリ――UH-1Yヴァイパーが同じく屋敷の裏庭からローター音のみならずT700-GE401Cターボシャフトエンジン2基の咆吼を重ねてこちらへ移動してくる。
すでにレジーナとエイドリアン、そしてラウラがキャビンへ乗り込んでいた。アリシア奪還部隊である。
「中佐ぁ、
M40A7狙撃銃を抱えたエイドリアンが語りかけてきた。
隣ではラウラが呆れたような視線を向けている。単語の意味はわからなくても、この男の性格からして絶対にロクなこと言っていないとわかったのだ。
「お前なぁ……。人間の
わざとおどけているのはわかった上でそう返した。おそらくこれが直近では最後の戦いになる。
命の危険に対する不安ではない。いよいよ異世界の歴史を、部外者である海兵隊が変えてしまう――地球人では未体験の領域に踏み込むことに対する緊張感のような感情を誰もが抱いているのだ。
「私も行こう。そして殿下、あなたにも来てもらわなければならない。でなければ歴史は歩むべき方向に切り替わらない」
クラウスはマクシミリアンに視線を向けた。問いかけるような、あるいは挑むような響きはない。
それでいた有無を言わさない。シンプルでいいな。マクシミリアンはそう思った。
「ええ。私が直接ウィリアムに引導を渡さねばならないでしょうから。それが王族としての責務です」
答えに澱みはなかった。ここまで来たらただ走り抜けるだけだ。もしかすると開き直っているのかもしれない。
「最後にひとつ聞かせてください。中佐、あなたがたはいったい何者なのですか?」
このような力、古くから語られてきた伝説でも聞いたことがない。彼らは明らかに異質な武器・技術・知識を持っている。
アベルの固有魔法だと説明するには無理がありすぎた。世界そのものに影響を与えかねない存在の召喚魔法など寡聞にして聞いたことがない。
もっとも、これは遊撃兵団に入隊した時から疑問に思っていたものだ。
当時は質問など許されなかったし、しようとも思わなかったが、今となっては王族として理解しておく必要があると思う。
「そうですね……」
アベルは逡巡するが、正直なところ未だに皆目検討がつかないでいた。PDAの中身が更新されるだけで、教えてくれる親切な存在もついに現れなかった。
だから――素直にわかる部分だけを答えることにした。
「なんで呼ばれたか未だに皆目見当もついちゃいないですが、異なる世界からやって来た最強の殴り込み部隊――――」
不敵な笑みを浮かべたアベルが歩きながら答えていく。
ヘリに近づいたことで、ローターのダウンウォッシュで舞い上がった草などが飛んで来る。
どこまでも非現実的な――――神話の光景を見ているようだった。
「
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