第158話 ボクが覚悟を決めたワケ
「ふぅ……」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく騎士と衛兵たちを眺めながら、マクシミリアン大きく息を吐き出した。
いきなりの大舞台で張り詰めていた緊張の糸が緩んだのだろう。自分でもすぐそれに気付いたらしく、マクシミリアンはふたたび表情を引き締めた。
すくなくともこの場は片付いたが、まだ終わっていない。いや、始まったばかりだ。
湧き上がってくる様々な感情の奔流を覚えながら、マクシミリアンは傍らのクラウスに語りかける。
「戦いを避けた私が言うのもなんですが、あのまま彼らを帰してしまってよろしかったのですか?」
彼の口調はこれまでと同じ――クラウスを最上位者として扱うものだった。
事が落ち着くまで、関係者しかいない場では「マックスでいさせてほしい」と頼んでいたのだ。
遊撃兵団の一員としてあれこれ叩きこまれたため、ここに来ていきなり王子として振る舞おうとしてもやりにくくて仕方ないからだ。
「構わんよ。ここで始末するのは簡単だ。だが無様に逃げ帰れば、その姿を民にも見られる。王都を守護する第1騎士団があの体たらくではな。後々の“掃除”も楽になるだろうさ」
「まさしく。第1王子が立たれたというのに情勢も見極められない者など不要です。まぁ、城に篭って抵抗しようとしても倒せばいいだけ。どこに隠れていても息の根を止めて差し上げましょう」
クラウスは以前のままに、オーフェリアは元々の付き合いも少ないためいくらか砕けつつもそれぞれに答えた。
双方がそれっぽく喋るしかないが、これもまた手探り状態ゆえの暗黙の了解だった。
もっとも、そうだからといって物騒なことばかり並べないで欲しいとマクシミリアンは思う。遊撃兵団の思考にはかなり染められているが、どちらかと言えば小心者なのだ。
「さて、わたくしはあちらに控えておりますので」
どこかそわそわした様子でオーフェリアはM1戦車の方へ向かって行った。
控えておくとは言ったが、あれは自分の邪魔をするなって念押ししている感じだな……。
久し振りに見る妻の姿にクラウスは苦笑せずにはいられなかった。
ある時はオーフェリアだけでなくエグバートとも
この国が大きく変わる転機に臨み、気持ちが波立っているのだろうか。
「閣下はここまで見越しておられたのですか?」
マクシミリアンから話しかけられクラウスは現実に戻る。
周囲では次の準備に取り掛かるべく誰もが目まぐるしく動き回っている。しかし彼はすでに大隊長を暫定的にギルベルトへ引き継いでいるため彼の仕事は現状ないのだった。
「旗印なんだからどしっと構えていろ」と言われても困るだけだし、手持ち無沙汰でいるのはもっと居心地が悪い。仕方がないのでここに至るまで訊けずにいた核心へ触れることにした。
「まさか。さすがに殿下の行方については内々に調べていたのもあるが、なによりも先王陛下から押し付け……もとい頼まれていたのでね」
「その言いようですと、結構根に持ってらしたのですね……」
当然だろうな。マクシミリアンは思う。
自分だってクラウスの立場でそんな厄介なものを押し付けられたら穏やかではいられないだろう。
「おおいに。主君であり友人でもあったが、自分の息子の王位継承くらいはカタをつけてから逝ってほしかった。もっともこれは愚痴だがね」
迷惑だと口にしつつも、クラウスの表情に浮かぶ感情は拒絶のそれではなかった。
なんだかんだと最期に自分を頼ってくれたことを嬉しく思っているのかもしれない。先程も懐かしげな表情を浮かべていたことから父との関係は悪くなかったのだなとマクシミリアンは思う。
「しかし、アンゴールといいエスペラントといい、王族は商家の息子などと名乗りたがるな」
内心を読まれたくないのかクラウスは話を変えた。
「ええまぁ……私が選んだわけではないですが……」
雑談とはいえ突っ込んでくる場所が妙に意地悪だった。
以前出会ったアンゴールとエスペラントの王子たち同様に、身分を隠していたマクシミリアンは控えめながらも苦い笑みを浮かべるしかない。
「やっておられないのはランダルキアだけですな。そのうちひょっこり王族が現れるかもしれません」
P-90の弾倉を新しいものに入れ替えたリチャードが絶妙のタイミングで会話に参加した。クラウスの矛先を絶妙に逸らしておけるあたりが実に彼らしいアシストだった。
階級的に言えば最上級者にあたる彼も、やはり全体は
「そうだな。……だが、あの国にそこまで目端がきいて行動力もある王族はおらんよ。だったら事態がここまで悪化する前に手を打っている」
クラウスも素直にリチャードの思惑に乗った。あまりいじめるなと言っていることに気付いたのだ。
「器量ばかりはどうにもなりませんからね。幸いにして我が国はそうならずに済みそうですが。して、よく決断されましたな」
今度はマクシミリアンに問いかけた。
どんな答えが返って来るのか、リチャードほど頭が切れる人物ならすでにわかっているはずだ。
にもかかわらず、敢えてそれを口にさせようとしている。なかなかの役者だなとマクシミリアンは思った。
「私が覚悟を決められたのは、アリシア殿が叙爵を目指していると聞いたつい先ほどです」
「それまでは?」
「お恥ずかしい話ですが、最後まで静観すべき――王族として名乗らないでいようと思っていました。今さら私が表舞台へ出てどうなるものかと。ですがそれは大きな誤りだと気付いたのです」
答えるマックスの双眸に迷いの色は見られなかった。実際に言葉を吐き出すことで両肩が重くなったような気さえする。それでも続けなければならない。
「正直、私は正義を語る言葉など持ち合わせてはいません。彼女が当主を目指すと決意した中で、私が本来果たすべき役目を放棄するのは違うと思ったのです。いえ、耐えられなくなったと言ってもいい」
言葉にすればするほど、身を切るような痛みがマクシミリアンの胸に生まれてくる。“病”を契機に目を逸らしていた己の弱さを直視しなければいけないからだ。
よもやこれすらもリチャードの狙いなのだろうか。視線を送るが、彼はそれを受けても静かに佇むだけだった。
自分の言葉で勝負しろということか。
「……本来、もっと早く立つべきだったという後悔もあります。ベッドに縛りつけられたも同然の状態で、死を待っていた私を救ってくれたのは間違いなくアルスメラルダ家でした。しかし、そこからの一歩が踏み出せなかった。権謀術数渦巻く王宮に戻るのを恐れていたのでしょう」
よりにもよって同じ国の人間から病死に見せかける形で暗殺されかけたのだ。他人を信じられなくなってしまうのも無理はない話だった。
これでもし早い段階で廃嫡などされていれば、確実に姿を消して二度と表舞台に立とうとはしなかっただろう。
「あくまでも推測だが、お父上はそこまで見通しておられたのだろう」
「それは?」
マクシミリアンは首を傾げる。
身分を偽ってエスペラントへ遊学し、刺客による毒牙に倒れたせいで、父とはまともな会話をしないまま死に別れてしまった。
結局、継承権を放棄はさせなかったが、自分のことをどう思っていたのかはわからないままだ。
「先ほど騎士たちに見せつけた遺言状、あの場では必要なかったから開示していないが、あれはひとつだけではない。私個人に宛てたものもあってな。あとで渡すが、簡単に言えば「国と息子を頼む」と書いてあった」
それはどちらの息子をなのだろう。もしかしたら両方かもしれない。
「解釈に困る言葉だったが、それを受けて私はあなたを遊撃兵団に入隊させた。戦いの中で死ぬリスクはあったが、それはエグバートも通ってきた道だ。名乗りを上げない以上第1王子として扱うつもりはなかったし、すくなくとも公爵家が擁する最高戦力の場所であなたを守ることはできた。この時点で最低限の義理は果たしたつもりだ」
最初からクラウスはすべてを理解し、そして備えた上で動いていたのだ。しかし、同時に疑問が湧き上がる。
「それをアリシア殿は?」
訊かずにはいられなかった。
恋ではないと思う。抱いている感情はどう客観的に見ても、憧れというよりも崇拝に近かった。代行殿に恋をするなどとんでもない!
王族としては割とアウトな思考だが、染み付いた習慣とはまことに恐ろしいものであった。
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