第157話 未来への咆吼


「マ、マクシミリアン、で、殿下……?」


 最前列にいた騎士は辛うじて絞り出せただけだった。

 もし抵抗するようなら多少は斬り捨ててもいいと、王城を出る際に内務卿からは命じられていた。誰もが流されるままで深く考えていなかったが、それがどれだけアホな命令だったか今ならよくわかる。


 しかもそれとて相手が貴族であればの話だ。今相対しているのは――――


「そうだ。長らく表舞台からは退いていたが、国の乱れを座視できず舞い戻った。それとも、弟ウィリアムとシュトックハウゼン侯爵の命を受けた卿らは「第1王子がこのような場所にいるはずがない。偽物だ」とでも断じて私を討ち取るか?」


 騎士たちの内心を見透かしたような言葉が、マックス――――マクシミリアンから発せられた。

 先手を取られ、ますます彼らは動けない。

 話が違うどころではない、予想外にもほどがあった。

 いったいどうしたらこうなるのか。出世させてやると言われて反逆者を拘束しに来たら、団長と副団長が討ち取られ、その上で、相手方からは行方がわからなくなっていた第1王子が出てくるのだ。


「無論、王国法は知っての上だと思っているが」


 この国の法、建国以来最上位のものとして残るそれには、長男が王位を継承すると定められている。

 いくらマクシミリアンが病を理由に表舞台から退いていたとしても、先王エグバートが彼を廃嫡しなかった以上、ウィリアムが立太子するまでは彼が後継者筆頭なのだ。

 過去の歴史を振り返ってみても例外なくそう進んでいた。


 もしも序列を無視して斬りかかろうものなら、叛徒に転落するのは他ならぬ彼らだ。

 彼が本物のマクシミリアンという証拠は現状どこにもない。それでも安易に動くのは危険すぎた。


「貴殿らは近衛でもない。一時の利に流されることもあろう。しかし、そのツケがどう降りかかるか、今一度考えてみてはどうだろうか」


 依然として緊張の渦中にありながら、マクシミリアンはどこまでも穏やかに語りかけた。


 足元を見られるため表情には出さないが、彼はできることなら同じ国の人間同士で殺し合うような事態は避けたいと思っている。

 甘いと言われようが、騎士ないしは兵士である以上、戦場ではなく権力争いに巻き込まれて死ぬに勝る無駄死にがあるだろうか? 彼自身が戦場を知るがゆえに、なんとか彼らの翻意ほんいを促そうとしているのだ。


 もっとも、マクシミリアンが煽らなくても騎士たちはこの上なく動揺していた。ウィリアムを頂点に戴き、掲げていたはずの“大義”が根元から崩れかかっているからだ。


「私からも説明しておこう。これは極秘事項であったが、当家は先王陛下よりマクシミリアン殿下をお守りするよう仰せつかっていた。これが陛下の遺言状だ。また王位継承の指輪についても私が預かっている」


 クラウスがリチャードから渡された羊皮紙を掲げてみせた。

 先ほどループレヒトがやったと同じ行為――――いや、だからこそ効果は絶大だった。


「先王陛下の遺言だと……」


 騎士たちはさらなる困惑の渦に叩き落とされた。


 偽物の可能性はまだ否定できない。それでもすでに誰もが理解し始めている。遺言状に押印された印章――――国璽こくじは本物であると。


 しかし、ここまでの政治工作がアルスメラルダ公爵にできるだろうか?

 エグバートが崩御するまでの一年で、貴族派が先王に接触できた回数などたかが知れている。というよりも聞いたことがない。

 ウィリアムとアリシアの婚約が破棄され、貴族派と王室派の関係性は最悪になった。わずかな期間で表舞台に現れなくなっていた王を抱き込むのは不可能なはずだ。

 そもそも、貴族派の自由を許していればコンラートはここまで権力を掌握できてなどいるはずもない。


 だから彼らはマクシミリアンの存在を完全に信じ切れなかった。

 まさかアンゴールに対する戦勝式典の際、晩餐会までのわずかな時間にエグバートとクラウスが直接接触してすべてを仕込んでいたなどと誰も思いつかなかったのだ。


「ど、どうされます……?」


 とっくの昔に許容量を超えてしまった若い騎士が最年長の、役職こそ存在しないが副々団長クラスの者へ助けを求めるように語りかけた。


「バ、バカを言うな、権限のない俺に決められるわけがないだろう……! だが、いつまでもこんな場所にはいられないぞ……!」


 実に情けない話だったが、同時にもっともな言い分でもあった。


 すくなくともこの場に留まっていては、自分たちが逆転する機会を得るどころか、命まで失ってしまう。

 引くに引けないと抵抗の意思を示すのは簡単だ。しかしそうなれば、どこから飛んでくるかわからない“魔法攻撃”により即座に団長と副団長が辿った運命――――殉職者の列に加われるのは明白だった。


 名誉の戦死? 教会が流布している“ありがたい教義”など頭から信じていない。そもそもせっかく騎士になれたのに、内乱鎮圧のような地味な任務で死んではどうにもならないではないか。


 もちろん、ブラフの可能性を捨てきれないのもあった。

 手札を切り終えて虚勢に頼るしかないから、マクシミリアンを名乗る者が出て来たのかもしれない。まんまと騙されて退いては内務卿に責任を取らされる。あれはそういう男だ。

 しかし、元から都合よく勝ち馬に乗ろうとした彼らがそんな賭けに出られるわけもない。ベットするは自分の命なのだ。


 ここで降るか、あるいは――――


「……諸君、お客はこんなに喜んでくれたぞ! 次は俺たちが“お返し”に出向く番だな! ケツを上げろ!」


 逡巡する騎士たちを前に、。彼らの最優先事項はアリシアの救出だ。バカどもを黙らせることではない。


「「「ヒィーヤァッ!!」」」


 取り出した無線機に向けて叩きつけられたアベルの声へ呼応するように、屋敷の向こう側からけたたましい音が上がった。


「なっ、なっ、ななななな……っ!!」


 声にならない声がそこかしこで上がる。


 聞く者の腹の底を揺さぶるような鋼鉄の咆哮――ハネウェルAGT1500 ガスタービンエンジン唸りを響かせ、無限軌道が地面を引き剥がしながら60tを超える巨体がゆっくりと前進してくる。

 M1A2D/SEPV4(System Enhancement Package Version4=システム拡張型)エイブラムス主力戦車MBTの姿だった。


「こ、公爵、これはいったい……」


 呆然とした表情でエイブラムスを見上げていたマクシミリアンが問いかけた。


「後で説明する。今はあなたが主役だ、無理にでも平静を装え」


 エンジン音で声を掻き消されそうになりながらも、クラウスは視線を動かすことなく小声で警告する。

 はっとしたように表情を締めるが、もはや誰もマクシミリアンを見てなどいなかった。彼よりも劇的な反応を示したのは騎士と衛兵たちだった。


「ば、バケモノだと……!」

「悪魔と契約でもしたってのか……!?」

「古の魔王が復活したんだ……!」


 未知への恐怖から騎士たちはじりじりと後退していく。


 人間が相手ならまだ彼らもなけなしの勇気を振り絞って戦えたかもしれない。だが、これは明らかにその領域を超えていた。

 どれだけ控えめに言っても人類の勢力圏から遥か向こうに存在するとされる魔物か、あるいは伝説でしか聞いたことのない魔獣の類が目の前に現れたのだ。

 比例して彼らの精神も限界を超えかけていた。


撃てFire


 アベルの命令を受け、まざまざと見せつけるように動力の音を上げて砲塔が旋回。鋼鉄の魔獣が咆吼を――――44口径120mm滑腔砲M256が最大仰角で火を噴いた。


 轟音。街中で実弾を適当にぶっ放すわけにもいかないため演習弾であるが、すこしだけ改造して砲声が本物に近いレベルで鳴るように細工が施されていた。

 すくなくとも海兵隊員を除く人間が、生まれて初めて耳にするほどの音だったことは間違いない。


 実際、騎士や衛兵の何人かが腰を抜かしてへたりこんでいた。


「ひ、退け! 王城へ戻り立て直す!」


 その言葉に突き動かされるように、騎士と衛兵たちは転がるように向きを変えると門へ向かって一斉に走り出した。


「どけっ! 邪魔だ!」

「騎士だからって偉そうにするんじゃねぇ!!」

「こんなところにいられるかっ!! 俺は城に帰るぞ!!」

「し、神罰だ……!!」


 怒鳴り散らす者やすっかり怯えた者、果ては腰が抜けて這いずるようにするしかない者まで様々だったが、残念ながら彼らはここまでの危機を経ても恭順を選べなかった。できたのは問題を先送りにしただけだ。

 上位者を失ったため仕方ないと言えば仕方ないが、致命的な選択ミスを犯したことに変わりはない。


「やり過ぎた感はあるにしても、なんとも締まらないな……」


 騎士にあるまじき醜態を眺めながら、クラウスが拍子抜けしたようにぼそりとつぶやいた。


「流されるままに生きていたらあんなものでしょう」


 オーフェリアがつまらなさそうに応じたが、彼女の目はすでに戦車の姿を捉えて離さない。


「そうかもしれんが……。敵を過大評価していたみたいでなぁ」


 クラウスはぼやく。

 今回の事態にしても、彼らは団長と副団長の野心に引きずられていただけだ。

 結局のところ、彼らが未来を掴めなかったのは、最後まで貫く何かしらの信条だとか強い意志を持っていなかったことに尽きる。


「そんなことよりも旦那様。すこしあちらに行ってきてもよろしいでしょうか?」


 たぶん乗ってみたいんだろうな。クラウスは妻の行動をそう理解し、またすこしだけイヤな予感に襲われるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る