第156話 どうだ思い知ったか 俺たちの底力


 いきなり当主クラウス本人が向かうわけにもいかないため使用人に門を開けに行かせ、クラウスたち――――本人とオーフェリア、リチャード、アベル、マックス、ギルベルトは屋敷の中庭で騎士たちを出迎えた。


 彼らの目的はとっくの昔にわかっているが、門の前で列をなしている所に先制で銃撃を浴びせるわけにもいかない。

 たとえこの後どうなるかわかっていても、用向きくらいは聞かねばならないのもまたまつりごとの面倒なところなのだ。


 もっとも、逆に言えば彼らも大義名分を得るために、自分たちから手を出すような真似はできないのだが。


「ひとつ訊きたいのだが……これは何の騒ぎだろうか? 次回の観兵式に備えて王都で演習でもするつもりかな、ヘンネフェルト伯爵」


 相手の責任者が誰かはすでにわかっている。クラウスは鎧の音を立てながら近づいてくる集団に問いかけた。


 放たれたのは痛烈な皮肉だった。もはや交渉でどうにかなるレベルではないと理解しているため、クラウスも最初から遠慮は投げ捨てている。


「アルスメラルダ公爵クラウス、その妻オーフェリア!」


 声を張り上げて騎士たちの中から進み出てきたのは、王都を守護する第1騎士団長にしてヘンネフェルト伯爵のループレヒトだった。

 隣にいるのは副団長だろう。これといった印象にないのでクラウスは名前を憶えていなかった。


「卿らには国家叛逆罪の疑いがかかっている! 一切の釈明は城で聞くと殿下が仰せだ! おとなしく身柄を拘束されてもらおうか! この通り令状も出ているぞ!」


 先日の会議でボロクソにやられた恨みが残っているのか、ループレヒトは隠しきれない喜悦の表情で副団長が広げた羊皮紙の内容を熱心に読み上げていた。


 もちろん、公爵家側の人間は誰ひとりとしてまともには聞いていない。

 自分たちに都合のいい解釈で作った令状など見せられても、これといった感情が生まれることはないのだから。


「はて、我が娘アリシアが王城へ出向いているのだが、そうであればこれはどうしたことだろうか?」


 こちらが歓迎の準備を終えていると気取られないよう、クラウスはあくまでも首を傾げてみせた。

 すこしくらいは現実を受け入れられない哀れな男に見えただろうか?

 そう思っていると、隣のオーフェリアが扇子の向こう側で小さく噴き出していた。夫が見せた稚気がおかしかったのだ。


「安心しろ、卿らだけでなくアリシア嬢にも令状は出ている。不幸な偶然か、時期が重なっただけであろう。まぁ、大人しく王城へ連行されれば会えるかもしれんなぁ?」


 騎士にあるまじき見せつけるような笑みだった。どうやらこの男、もう勝った気でいるらしい。


「……なるほどな、事情はよく理解できた。卿なら嬉々として乗り込んでくると思っていたよ、ヘンネフェルト伯爵。以前の会議で私を殺したくて仕方ない目をしていたからな」


「ほぅ、よもや覚悟していたとでも言うのか? 叛乱を企んでいた割りにはお粗末な対応だったな!」


 言質を取ったとばかりにループレヒトは声を張り上げた。

 ここにきて人生の絶頂期を迎えた彼には、クラウスからの皮肉は虚勢にしか感じられなかったようだ。


「言いがかりも大概にしておけ。お前たちの考えることが単純過ぎて読みやすかっただけだ。卿に付き合う部下も部下と思ったが、功を挙げたら近衛騎士にでも取り立てると言われたか? それなら納得できる話だ」


 クラウスの言葉に何人かの目が泳いだ。

 周りは報酬に釣られてやってきたというわけか。あるいはそうとでもせねば内通者の疑いをかけられ処断されていた可能性もある。


「私はこの国が内乱で荒廃することは望んでいない。それは今も同じだ」


「叛徒の分際でいっちょ前なことを言うものだ。ならば私もすこしくらい寛容さを示そうではないか。貴族の名誉を守るべく抵抗してもいいぞ」


 ループレヒトは剣の柄に手を置いたまま答えた。


「ずいぶんと余裕綽々よゆうしゃくしゃくだな。戦の経験もない第1騎士団が」


 ループレヒトの顔が怒りで赤くなるが、すぐに元の色に戻った。

 戦場でまみえたならいざ知らず、この場では自身の優位が揺らがないと思い出したからだ。


 鉄のクラウス? 鬼姫将軍? 知ったことか。今日その伝説は地に堕ちる。


「当然であろう? 少々戦に出たことがあるとして、この人数差をどうやって覆すというのだ。念のため忠告してやると、抵抗してもいいが楽に死ねないというだけの話だぞ」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべて、ループレヒトはクラウスたちに語りかけた。

 やはり先ほどの言葉もわずかな期待を持たせて突き放し、ちっぽけな優越感に浸りたいだけの行為だった。


「閣下? いかがされますか?」


 背後に控えていたリチャードがどこか面倒臭そうに問いかけてきた。


 いい加減耐え切れなくなったのだろう。

 こちらが何も備えていない、あるいはその程度は数で圧し潰せると考えているらしく、心底呆れているのが伝わってきた。

 クラウスとしても同じ思いだったし、


「そうだな……」


 クラウスは口元に手を運び、迷う素振りを見せた。

 自分でも底意地が悪いとは思ったが、どうせなら最後の最後までこの哀れな男が味わっている“束の間の幸福”を引っ張ってみようと思ったのだ。

 もっとも、それは数秒の差でしかなかったが。


「せっかく向こうが許可してくれたのだ、抵抗したまえ。……いや違うな。情け無用、


「御意」


 極めて短い返事と共に、リチャードは地面に置いた鞄を蹴りつけた。


 何事かと騎士たちの意識がそちらに向いたところで、鞄の取っ手が内側から弾けるように開く。まるでびっくり箱を見ているようだった。

 誰もが呆然としている中、差し伸ばされたリチャードの両手へ吸い込まれるように収まったのは、鞄の内部から飛び出してきた二挺のFN P-90 個人防衛火器PDWだった。


「んなっ――」


 この時ループレヒトが反射的に剣を抜き払えたのは、彼がまがりなりにも騎士として剣に打ち込んできた証だったかもしれない。


 しかし、そこまでだった。


 構えから斬撃に移行しようとするよりも速く、向けられた銃口が獲物を捉え――――猛然と火を噴いた。


「ババッ!? アババッババァッ!?」


 耳を劈くような射撃音を上げ、毎分900発の速度で二挺の銃口から放たれた5.7×28mm弾が、超音速の初速のまま騎士団長の鎧に叩きつけられた。

 9mmパラベラム弾を上回る貫通力の弾丸を至近距離――――ほんの10メートルから受ければ魔物とてひとたまりもない。

 フルプレートを容赦なく貫通して押し寄せる着弾の衝撃に、ループレヒトはダンスを踊るように身体を小刻みに跳ねさせながら血を噴き出して地面へ沈んでいった。


「まだやるかね? 言っておくが、君たちがここで死んでも遺族年金の保証はないぞ?」

「もちろん、わたくしどもは歓迎いたしますわ。抵抗したければご随意に」


 愛する者を守るために修羅になると覚悟したクラウスとオーフェリアから静かな、それでいて呼吸が途絶しそうなほどの圧力が残る騎士と衛兵たちに向けて放たれた。


 対峙する彼らは誰もふたりを正面から見られない。いや、正確には驚愕のあまり硬直してしまい動けないでいるのだ。

 行き場のなくなった視線をどうにかさまよわせるが、その先に転がっていたのは全身を穴だらけにされたループレヒトの無残な姿。

 誰もが思った。次にこうなるのは自分かもしれないと。


「お、怖気づくな! わ、我々は! 王家の命を受けてここまで来ているのだぞ!」


 気力を振り絞った副団長と思しき男が、引くに引けない状況からか上擦った声を張り上げた。

 たとえ誰かしらが圧倒的な力を有していようとも、当初の目的通り数の優位で圧し潰してしまえばいいと気付いたのだ。


「団長は名誉の戦死を遂げられた! だが、その程度で我々騎士団が止ま――――」


「撃て」


 クラウスが腕を掲げると、自分自身を鼓舞しながら味方をも巻き込んで突撃しようとした副団長の頭部がスイカのように弾け飛んだ。

 最初から狙いを定めていた長手の一撃、屋敷の屋根に陣取ったエイドリアンの放った7.62×51mmNATO弾が牙を剥いたのだ。


 幸か不幸か兜だけは無事だったらしく、支えをなくした頭部から転がるように地面へと落下。本来金属が石畳を叩く音となるはずだったが、それは血や脳漿といった内容物がぶちまけられる湿った音でかき消された。


「う、嘘、だろ……?」


 騎士のひとりが震える声で呻いた。それが精一杯だった。

 ここで潰走しなかったのは彼らなりに積み上げてきた訓練の成果だったかもしれないが、どちらかといえばあまりの非現実的な光景に誰ひとりとして動けなかったのが正しいと言えた。


「さて、このまま続けてもいいが……」


 クラウスが視線を横へ向けると、呼応したように進み出てくるひとりの男の姿があった。公爵領遊撃兵団大隊長、マックス・アルフォートだった。


「王都を守護する第1騎士団の騎士、そして衛兵たちよ。剣を引け」


 彼から発せられた声は穏やかでありながら、不気味なほど静まり返った空気の中を驚くほどの滑らかさで伝播でんぱしていった。


「私はマクシミリアン。マクシミリアン・アレイク・ヴィクラント。この国の第1王子にして、次期王の座に就く者だ」


 名乗りを上げた彼の背後で、第1王子の紋章が刻まれた旗が大きく掲げられた。



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