第148話 ご覧、パレードが行くよ


 観兵式パレードの場には、王城へと続く大通りが選ばれた。

 帝国のように闘技場コロセウムがあるわけでもないためここしか選択肢がないと言えばそれまでだが、日頃の賑わいに輪をかけて王都に暮らす人々は準備に追われていた。

 過去にこのような式典を行ったことは少なくとも王国では経験がなく、手探りではあったが誰もが未知の行事にどこか浮ついていたと言える。


 道路を掃き清めるために前日から多くの衛兵が動員され、少なくとも目につく範囲においては過去最高の清潔さを作り出していた。


「なんで俺たちがこんなことを……。冒険者にでもやらせればいいだろうに」

「王都に冒険者がそんな数いるかよ。結局足りなくてお鉢が回って来るだけだ」


 王都の衛兵ともなればそれなりの立場だという自負がある。その自分たちが掃除夫のような真似をしなければならないことに少なからぬ不満を覚えてはいた。


「まぁ、雪の降る季節じゃなかっただけマシだな」

「年明けの時は除雪で死ぬかと思ったな……」


 大通りは貴族の馬車も行き交う場所だ。清掃だけならまだ良いが、念入りな除雪まで求められては堪らなかった。

「せめて季節が春だっただけでもよしとしよう」と諦念を含んだ態度で衛兵たちは作業を行っていった。

 さすがに出張って後方で作業を監督している第1騎士団の者たちに面と向かって文句を言うわけにもいかない。


「おい、無駄口叩くなって言って来たらどうだ」

「ただでさえ偉そうだって反感買ってるのにか? イヤだよ、俺は。月のない夜に出歩けなくなる」

「……作業しているだけマシか。俺は封鎖の様子を見てくる」


 騎士団は騎士団で衛兵たちに臍でも曲げられ、自分たちがやる羽目になるのはなんとしても避けたかった。冷静になって考えられれば、彼我の階級格差を考えればそんなことはありえないのだが、なにぶん式典までの時間がなく騎士たちもそこには思い至らなかった。

 日頃なら貴族の傲慢さから嫌味のひとつでも投げるところを珍しいほどの自制心で抑え込み、自分たちは大通りの封鎖と交通整理にあたっていたほどだ。

 偶然とはいえ衛兵と騎士の奇妙な連携がそこに生まれていた。



 そうして一部の者たちがてんやわんやしている内に、式典当日を迎えた。


 前日から続く青天は、透き通るように深い蒼穹そうきゅうを王都上空に生み出し、儀式としての意味合いを大きく高めてくれた。

 仕掛けた側としてはこの時点で万々歳の結果を収めたといえよう。


 軍の行進に合わせるべく主賓席近くに設けられた場所から楽団による演奏が奏でられた。

 それに伴い、街路の端に設けられた平民向けの場所へと詰めかけた観衆から漏れる声との不協和音が、この場にいる人間の気分を自然とひとつに、あるいは高めていく。

 戦場では部隊の移動にラッパが使われていたものの、きちんとした音楽――“軍楽”が演奏されるのはこの世界で初めてのことだった。

 しかし、会場を包みこむように上昇していく熱気を見れば効果のほどはよくわかる。場を盛り上げる役目を十二分に果たしていた。


「おお、あれが……」


 人々から感嘆のどよめきが上がった。

 王都で普通に暮らしていれば彼らが見かけるのは衛兵くらいだし、精々でも演習に出て行く騎士団が限界と言ってもいい。

 各地に封ぜられ、一端の軍事力を有する貴族の兵を見ることなど一生のうちでもないと言い切れる。そんな彼らにとってこの観兵式は、英雄譚の登場人物が現実に現れたようなものだった。すべては長きに渡って続いた平和ゆえだ。


 沿道を埋める人々の前を凱旋するように行進していく。高く掲げられた膝が振り降ろされるたび、軍靴が一斉に石畳を叩く重々しい音が上がる。


 彼らはつい先日実戦を潜り抜けてきたばかりだが、さすがに式典用に衣服は綺麗なものに改められており、武器や鎧についても念入りに磨き上げられ降り注ぐ陽光を反射していた。


「なんとも凛々しいお姿だ」

「後継ぎ様も泰然としていらっしゃる」


 先頭を馬に乗って進むのは今回の戦の立役者であるリーフェンシュタール辺境伯ユリウスで、そこすぐ後ろに嫡男であるヴィンフリートが、そこからすこし間を空けて家臣団の騎士たちが続いている。


「おい、ずいぶんと整っていないか?」

「本当だ……」


 騎兵たちから視線を動かした観衆から驚きの声が漏れた。

 あくまでも行進していく軍勢の大部分は騎兵の後を進む歩兵たちであり、この世界の常識では騎士以外にはまともな列をなしての行進などできないものとされていた。


 しかし、アルスメラルダ公爵家にて遊撃兵団の――言ってしまえば海兵隊式の――訓練を8週間に渡って受けた兵士たち200名が中心となっている以上、洗練された動きとして民衆の目に映った。

 海兵隊のメンバーが見れば、あるいは遊撃兵団の兵員たちからしてもまだまだな行進だったが、統率された兵士たちを見慣れない者からすれば石畳を叩く力強い足音は頼もしさを覚えるに足るものだったらしい。


 だから、誰も気づかない。これが政治的な欺瞞であること、祖国が運命の岐路に立たされていることに。


 いや、あるいは気付かないふりをしているのかもしれない。

 日々の生活に追われる平民には、王都に漂う空気こそが国の“健康状態”を現していることを感じ取る嗅覚がある。


 だからこそ、行進していく兵士たちを、東部で敵国相手に戦い勝利を掴んだ英雄たちを讃えようと声を張り上げる。湧き上がる歓声は人々の願いの声に等しかった。


「しかし……あの兵士たちが持っている武器はなんだ? 槍って感じじゃないが……」


 リーフェンシュタール辺境伯家の兵士たちが肩に担う、見慣れない武器に目が行った男が疑問の言葉を漏らした。


「“銃”とかいう武器だそうだ。なんでも弓矢よりも遠くの敵を打ち倒せると聞いたぞ」

「弓矢よりも? 魔法じゃないのか?」

「ああ、魔法の才は要らないそうだ。王国もとんでもないものを生み出したもんだ」

「王国? あの武器はアルスメラルダ公爵家が作り出したそうじゃないか」


 最後の声は人々の中へと瞬く間に広がっていった。

 リチャードとクリフォードが観衆に紛れ込ませていた公爵家の手の者のひとりだった。彼らはこういうところですら手を抜いていなかった。


「なんかよくわからない法が施行されていたな……」


 熱気に包まれる会場の中で、それはすぐに明確な形となる何かを生み出したわけではない。だが、間違いなく観衆の間に染み込んでいった。


 行進する兵たちがいよいよ観閲席に近付く。

 ユリウスが剣を抜き、胸の前へと持って行く。それを合図として兵たちが一斉に観閲席に立つ要人たちに向けられる。


 中央に立つ次期国王たるウィリアムに向けられていたと誰もが思ったそれは、実際のところは席の端に立つひとりの少女――アリシアに向けられていた。


 それらを正面から受け止めたアリシアは否が応でも思い知らされる。


 舞台が最終局面を迎えつつあることを。

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