第139話 憂国狂騒曲~後編~
「……必要な情報は伝えてたと記憶しているが」
ついに来たか。クラウスはそう思うも表情には出さず、あえて理解しなかったフリをして見せた。
「戦い方の話ではない! 西方や東方で使われたと聞く“あやしげな武器”の話をしているのだ! それを王国に献上すればどうにかなろう!」
我慢できなくなったループレヒトが卓を叩いた。焦っているとはいえ、またしてもクラウスのペースに乗せられたのだった。
クラウスは呆れるしかない。“国難”に乗じ、ウィリアムを後ろ盾にして王室派として振る舞うというのは、そこまで強気に出られるものなのか。
「つまり、自分たちだけでは戦えないから、各地の貴族たちは金と技術と兵を出せと。誇り高き騎士があやしげな武器”とやらに頼る必要などないのではないか?」
「公爵! その発言はどういうことだ! 騎士を愚弄するおつもりか!」
一瞬で沸騰したループレヒトは無意識のうちに腰を浮かせていた。
しかし、この場にいる他の騎士団長たちは彼に同調する気配がないばかりか目を合わせようともしない。
第4騎士団長のエルハウゼン子爵はとうの昔からアルスメラルダ寄りと言えるし、第2騎士団長のバルシュミーデ子爵も以前の模擬戦で叩きのめされているため強気な態度に出られない。
他の騎士団も同じようなものである。領地を持たないため貴族派ではないものの、下手に王室派として認識されることを避けようとしているのが丸わかりだった。
クラウスは溜め息を吐きたくなるが、まさか「騎士ではなく、お前のバカさ加減をおちょくっているんだ」と言うわけにもいかない。
「ヘンネフェルト伯爵」
「なんだ!?」
「昔話になって恐縮だが、私は近衛騎士団に在籍していたし、先王陛下と戦場を駆けたこともある。家督を継いだために職は辞したが、その経験は騎士の何たるかを理解するに足るものだと思う」
「ぐっ……!」
ループレヒトは歯を食いしばった。彼とて王都を守護する第1騎士団の長を務めているが、近衛騎士団に在籍したことはないし、戦と呼べる戦に参加したことはない。
そんな彼がこの話題でクラウスに反論するのは実質不可能だった。誘い込まれた形だが、気付けなかったのは大きな失点に違いない。
周りで推移を見守る貴族たちも、すでにループレヒトにはなんら期待していなかった。
(これが元内務卿の政治的な手腕か……)
一連の様子を見ていたリーフェンシュタール辺境伯ユリウスは口唇が歪みそうになるのを懸命に堪えていた。
彼は実際にランダルキアと戦った東部貴族の代表者としてこの場に参加していたが、議論に参加するつもりはほとんどなかった。
「リーフェンシュタール辺境伯、卿はどう考える?」
ユリウスの内心を見透かしたか、はたまた偶然か司会進行を務めるコンラートが水を向けた。
矛先からループレヒトを逸らす目的もあるのだろう。身内を守らなくては離反を招くだけだ。今はすこしのバランスの傾きが将来的にどう影響してくるかわからない。
「そうですな……」
正直なところ、ユリウスはこの状況を深刻視してはいなかった。
いや、そう言い切ってしまうのは語弊がある。あくまでも彼は王国が積極的攻勢に出なければ、たとえ二正面作戦になったとしても防衛できる可能性は低くないと考えていた。
係争地となるのは主に東部と北部だが、前者はすでにアルスメラルダ公爵家の支援を受けてランダルキアを押し返し、先の報復戦で敵国の領域にまで踏み込み砦を築きつつある。
昨年の戦で多くの貴族家が当主を失い取り潰されたが、これが逆に功を奏し、指揮系統が単純化されたことで大きな被害もなく電撃的に侵攻を行えたのだ。
対するランダルキア側は統率された集団の突撃力と火力により散々に食い破られ、撤退する羽目になった。戦力を再編してふたたび攻めてくるまでには相当な時間を要するだけの打撃を与えている。慢心や油断こそしなければ負ける道理はなかった。
まさかそれがわからないほど、この国の中枢はおかしくなってしまったのだろうか。ユリウスは試してみることにした。
「まずもって、我が国は領土的野心的を持った国ではないと考えているのだがどうだろうか」
「どういう意味か辺境伯」
ユリウスの言葉にコンラートが問い返した。
「これまで我々は先王陛下の治世で領土を発展させようとしてきた。しかし、それは戦を伴う形ではない。その方針がここにきて変わったかどうかを確認したい」
「敵が攻めてきているのだ! それを打ち破らんとするのは当たり前であろう!」
ループレヒトが噛みつく。クラウスでなければなんとかなるとでも思ったのだろうか。舐められているならば心外であるし、反撃せざるを得ない。
「卿の発言、前者は事実と判断していいだろう。だが、後者はいささか抽象的ではないか? 国土の防衛策を、どうも拡大解釈しているように感じるのだよ、ヘンネフェルト伯爵」
言葉にはしないが、ここまでくればもう明白だった。王室派は外征の流れに世論を誘導したいのだ。
ここから自分たちがウィリアム体制の下で主流となるには、中枢の発案で功績を挙げなければならない。そのために必ずしも――いや、当面は必要のない外征を企んでいる。
ならば、このままシュトックハウゼン侯爵やヘンネフェルト伯爵に喋らせておけば無茶な理由を並べ立てるに違いない。
すでに争いは西部と東部、そして北部で起こりかけ、そしていくつかは実際に起きている。声が大きければ同調し出す貴族たちも現れよう。
対立するクラウスもここで国を割るような事態を避けるべく、不本意であってもどこかで譲歩するはずだ。
つまるところ、楔を打ち込めるのは自分だけとなる。
水面下で協力する体制を築き上げたが、まさか自ら歩み寄ることになるとは。笑い出したくなるのを堪えながら、ユリウスは言葉を続けるべく口を開く。
「私はまさしく係争地となった東部から、今後の“防衛方針”を議論するためにここへ来ている。前線にはまだ兵が展開しているのだ。一刻も早く建設的な議論を行い、戦場へ戻られねばならない。卿はいつまでこちらから戦を仕掛けるなどと勇ましいことばかりを繰り返すつもりだ?」
東部をまとめる盟主として、のらりくらりとくだらぬ真似をしているようならばこの場から退出すると言外に示していた。
コンラートは内心で焦っていた。
ユリウスの発言はどこまでも筋が通っている。
この“国難”に際し、戦場から舞い戻った“救国の英雄”の不興を買うのはまずい。彼は王室派と見られているし、これまでそのように振る舞ってきたが、自らにまで影響が及ぶとなればこの機に王室派を見限りかねない。
彼が“ただの辺境伯”であれば大きな影響もなかったであろう。
しかし、今やユリウスは東部領域の大半を影響下に置いている。言い換えれば、その気になりさえすれば単身で叛乱を起こせるほどの軍事力がある。そんな人物を適当に扱っていいわけがなかった。
「発言をしてもいいかね、内務卿」
どう返すか逡巡しているコンラートを見て、すかさずクラウスが口を開いた。
「アルスメラルダ公爵」
ここは議論の場であり、横から発言を遮っているわけでもない以上、コンラートにクラウスを止めることはできない。
「公爵家の意見として聞いていただいて構わないが――」
ユリウスの発言が自分自身に向けられていることを十分に理解した上で、クラウスは彼に視線を向けず言葉を紡いでいく。
「王国の防衛方針に関する協力を惜しむことはない。より厳密に言うならば、我が領地で生み出された武器もその例外とするつもりはない」
「であれば、我が領地――まさしく最前線に等しい地で、それらを運用するための教導を受け、王国へ展開する助力を惜しまないと答えておきましょう」
ユリウスも間髪容れず応じた。主導権は完全に自分たちが握ったと理解したためだ。
「実戦での証明がなされればこれほど心強いことはない。リーフェンシュタール辺境伯には是非ともお願いしたいものだ」
期せずして、ふたりの発言は共犯者同士の掛け合いとなっていた。
機を失い、言葉を挟めなかったループレヒトは不満を隠そうともしない。
かといって英雄がここまで譲歩してしまった以上、不十分な動機だけで外征を押し通すのは不可能だ。
コンラートも歯噛みしたいのを堪えて口を開くしかなかった。
「……出た意見はあらためて私から殿下に奏上する。今回はこれにて終了としたい」
絞り出すようなコンラートの声が、この場における勝敗を物語っていた。
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