第138話 憂国狂騒曲~中編~


「いささか話が逸れているようだな」


 クラウスとループレヒトの会話に割って入る声があった。見かねたコンラートが言葉を差し挟んだのだ。

 ルーブレヒトの器では、先の内務卿クラウスを相手にこれ以上立ち向かうのは無理と判断したのかもしれない。絶妙なタイミングと言わざるをなかった。これもまたコンラートを内務卿の地位にまで押し上げた政治的嗅覚の為せる業なのだろう。


「今は内政如何の話ではなく軍備についての議論をする時だ」


「もちろんだ。異論はない」


 現内務卿の迂遠な物言いにも、クラウスは鷹揚に頷く。


「その件で思い出したが……アルスメラルダ公爵、今回の北方での件について報告を聞くところ、いささか公爵家の独断専行が過ぎるように感じられるのだが?」


(相変わらずイヤなところを的確に突いてくるヤツだ……)


 クラウスは内心で舌打ちした。

 横から参加できるだけの余地を無理矢理作っておいたが、それでもあのまま帝国との戦いが起きていたとすれば、主役となるのはその土地にほうぜられた北方貴族たちでアルスメラルダ家ではない。

 それを爵位や軍事力で覆してしまえば王家を中心に国を形成している意味がなくなってしまう。あのまま放っておいては負けていたとしても、厳然たるルールには従うべきなのだ。


「そういえば……」

「聞いた話では使者気取りで帝国軍と交渉をしたとか」

「よもや帝国と内通していたのではないだろうな。北方ごと帝国に身売りをするために」

「あるいは英雄気取りですかな? 戦功で味を占めたのかもしれない」

「母親の血であろう。西方におると思考まで蛮族アンゴールに染まるのだろうよ」


 これまで静観していた連中まで、ここぞとばかりにコンラートの言葉に同調し始めたばかりか好き勝手にさえずり始める。

 風見鶏にしても付け根の潤滑油が効き過ぎではないだろうか。自分自身の政治的な信条を持ち合わせていないのかと問いたくなる。


(この国が抱える最大の病巣は貴族たちここなのだろうな……)


 クラウスはふたたび頭痛に襲われていた。


「ちょっとばかり功績があるからとつけ上がるのは感心できませんなぁ。女の身で才あることは結構ですが、もうすこし身の程を弁えさせるべきなのでは?」


 先の失態にも懲りず、表情を歪めたループレヒトが言葉を挟んできた。

 一瞬、コンラートの表情が「お前は黙ったままでいてくれ」と歪むが口には出せない。派閥内で意思の疎通が取れていないことを周囲に知らしめるだけだ。


「いっそのこと、アリシア嬢に直接話を聞くのはいかがだろう? そも実際に戦場に出られていない公爵が伝聞で語るのは不自然であるように思うが」


 ループレヒトの軽率な発言を封じるためにコンラートも思考をフル回転させているようだった。

 これはこれでかえって厄介な組み合わせだ。無能な味方が足を引っ張るなら放っておけばいいだけだが、まさかそれをフォローするために能力を発揮してくるようでは困る。


「そうだな。当事者に話をさせるべきだろう」

「以前戦功報告をしているのだから問題あるまい」

「王都から派遣された武官の報告も事前に頭へ叩きこんでおかねばならんな」


(やかましい連中ばかりだが、この程度でペースを乱されてはこちらが言い負ける。まずは落ち着いてコンラートだけを相手にすればいい)


 王室派貴族たちが口々にアリシアの召還を求める中、クラウスは軽く深呼吸をして一度情報を整理する。


 結局はどこまでいっても政治の問題だった。

 ヴィクラントがこの先どうするべきか王室派と貴族派で異なっているのが議論の起点にあり、それぞれが公的な意見を述べているだけで私的な意見を口にしてはいない。

 もっとも、周りで好き勝手言っている連中はその限りではなさそうだが。


「あれはあくまで代行、責任者は私だ。だからこうして私が出て来ただけで、娘を呼ぶまでもないと判断を下したまでだ」


「そのような詭弁が通じるとでも!」


「ではなにか――――?」


 静かではあるがよく通るクラウスの言葉が冷や水となり、会場が一気に静まり返る。

 まったくもって忙しない。この集まりの紛糾度合いを目撃したなら、アリシアによって“やりこめられた”アウグストゥスは大いに満足したことだろう。


(とはいえ、その娘に将来爵位を譲ろうと思っているんだがな……)


 もちろん、この場でそれを口にすることはおろか示唆するつもりも毛頭ない。それをやるのはすべての準備が整ってからだ。


「勇ましい言葉ばかりが飛び交っているが、こうして我らを呼び出したとなれば、王都としては遠征に向けてどのような策がおありなのか」


 クラウスの問いにループレヒトが聞こえよがしに鼻を鳴らす。


「高度の柔軟性を維持して臨機応変に対応すれば王国の精鋭が引けを取ることなどなかろう」


「いやぁ、さすがに行き当たりばったりって言うんじゃないのかな、それは」


 思わず「ふざけているとこの場でぶん殴るぞ?」と口から出そうになったところで、絶妙のタイミングでハインツが苦笑を浮かべながら言葉を発した。おかげでクラウスは暴発せずに済む。

 中立派として積極的に関与はしないと言っていたハインツだが、さすがに今の発言には黙っていられなかったらしい。


(危ないところだった……)


 なにやら最近、沸点がどんどん下がってきている気がした。齢のせいかと思うが、実際のところは言うまでもない。間違いなく海兵隊――いや、彼の娘であるアリシアが原因だ。思考までもが毒されているのかもしれない。


 若さのゆえに突っ走れるといってしまえばそれまでだが、アリシアはそれだけにとどまらず確固たる成果を上げている。

 アンゴールとの密約および交易の独占、リーフェンシュタール辺境伯をはじめとする東部貴族へのつながり。いかに公爵位にあり貴族派のトップであるとはいえ、クラウスだけでは成し遂げられなかったのは間違いない。

 もちろん、最大の要因として従者であるアベルが持つ能力――いや、海兵隊員マリーンたちの存在が必要不可欠だったことは疑う余地がない。


「ルーデンドルフ公爵。私の発言を茶化されるのは結構だが、その軽口は先ほどから文句ばかりを並べているアルスメラルダ公爵に向けてもらいたい」


「具体的にどうしろと言うのだね、卿は」


 いちいち応じるのも面倒くさいが、かといって無視するわけにもいかない。クラウスは仕方なく問いかける。


「アルスメラルダ公爵家の有する戦いに関するあらゆる情報は即座に国内へと開示されるべきではないか」


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