第130話 散り逝く友に未練など
「本日をもって諸君らの訓練を終了する。以後は我ら遊撃兵団の指揮下から離れ領地に戻るが、リーフェンシュタール辺境伯家の名を汚さぬよう戦うことを期待する!」
「「「はい、
直立不動で声を張り上げた
「よろしい。諸君らには良き兵士として振る舞うことのみならず、ここで学んだ技能を領地へと余すことなく伝えてほしい。また会うこともあるだろう。あるいは本日が
よほど運が良かったとしても、大きな戦いとなればこの中の誰かは必ず死ぬ。
生きるため、そして死ぬために訓練を積み、守るべきもののために戦う。彼らはメイナードの言葉と共に己が腕に携える次世代の武器の重みを感じていた。
「だが、たとえ戦う場所が異なり、先に逝く者があろうとも、祖国、民、そして愛する家族を守る意思を持つ限り、我らは
メイナードからの答礼を受けて視線を交し、それから男たちは姿勢を戻す。
彼らはリーフェンシュタール辺境伯家から派遣された精鋭兵たちであり、この8週間で生まれ変わった次世代の兵士だった。
「……いや、実に見事なものだ。私は騎士のような教育を受けていないため細かいことはわからないが、それを抜きにしても我が領の兵士たちの動きが変わったように思える。洗練されたとでも言うべきか……」
兵士たちの様子を遠巻きに眺めていた辺境伯家当主のユリウスが感嘆の溜め息を漏らした。
公爵家と今後のことを話し合うためと名目をつけてここに立ってはいるが、本来王都で済ませれば済むはずのものを、息子の“晴れ姿”を見るためにはるばる東から公爵領にまでやって来たのだ。これだけで、彼が今回の訓練にどれほど期待をしていたかがわかる。
そんな態度を見せられては、案内役を申し出たアリシアも悪い気はしなかった。
「無茶な頼みであったにもかかわらず、ここまで仕上げていただけるとは。感謝の念に堪えませんな」
平静を装っていたが、ユリウスの声は小さく震えていた。
隊列を維持したままアリシアとユリウスの前を敬礼しながら行進して横切っていく兵士たち。先頭を歩くのは厳しい訓練によって表情までもが鋭く、あるいは凛々しくなったヴィンフリートだった。ユリウスの視線は己の息子へと釘付けになっていた。
領主自らが足を運ぶ予定には元々なかったこともあって背景音楽もない簡素なものだが、それでも彼らが立てる軍靴が地面を叩く音がオーケストラを凌ぐ空気を醸成し、
濃緑の野戦服に身を包み、辺境伯家の紋章入りのワッペンをつけた濃紺のベレー帽を被った姿は、当主であるユリウスの目を通しても実に堂々たるものに見えた。いや、もっと言うならば兵ひとりひとりの面構えや動きが今までとはまるで違う。
もちろん、見事に揃った行進が軍の強さを直接的に保証するわけではないが、より高度な統率を得て動けることは高い打撃力に繋がるはずだ。
「ふふ、閣下にそこまでご評価いただけるとは至極光栄に存じますわ」
「直接的な言葉しか出てこないのはお恥ずかしいが、値段以上の価値があったと世辞を抜きにして思えます」
アリシアの柔らかな笑みを受けて、ユリウスもまた相好を崩す。ようやくひと息つけた心持なのだろう。
辺境伯家の財産を少なからず投入し、スプリングフィールドM1873をはじめとした武器の導入を決めたまでは良かったが、肝心のもの――――次世代の武器の技能習得をどうするかが大きな課題となった。
当然ながら既存の戦術に投入するだけでは威力を発揮してはくれないため、マニュアルの類を渡すだけでどうにかなる問題ではない。
「いっそのこと、うちの息子も含めて兵士を鍛え直してくれませんか?」
「えぇっ……」
簡単に言えばこんなやり取りがあった。
半分諦めたアリシアは、クラウスの許可を得た上で銃を大量購入したサービスとして、アルスメラルダ公爵家遊撃兵団第4期訓練兵たち200名(早期に大隊を編成するため第3期より募集定員を一時的に増やしている)と同じタイミングで
とはいえ、200名も訓練を行うにはそれなりの金がかかる。
これだけでは公爵家の利益も減ってしまうように感じられるかもしれないが、そこは辺境伯家が掌握しつつある東部の産物を優先的に取引することでバーターとした。
なにしろ、入手した物をアンゴールへ転売すれば更なる利益を生み出せるのだから目先の儲けになど走る必要はないのだった。
「閣下とは今後も良き関係を続けられればと思いますわ。もっとも、今回の訓練はあくまでも短期集中型――――最低限のものに過ぎませんが」
「それらは兵たちが良く理解していることでしょう。私も念頭には置いておきますが」
「ええ、彼らのことは教官たちも褒めておりました。おかげで兵団の訓練にもなったと」
やはり最前線ですでに兵士として戦っていた経験もあり彼らは実に優秀だった。通常の訓練過程を2週間ほど短縮可能とジャッジさせた基礎能力は教官たちにも驚きをもって迎えられたほどだ。
しかも、すぐ近くまで迫っている雪解けが戦を意味すると知る彼らはさらなる訓練を望み、戦力化された兵団員たちとの演習にも参加するまでに至っている。
それは兵士たちが特別だったからではない。先の戦いで東部貴族連合が受けた損害から学ばねば、また同じ過ちを繰り返すだけでなく、いつまで経ってもランダルキアの脅威を取り除けないと痛感していたためだ。彼らの多くは間近で兵団の動きと銃の威力を目の当たりにしている。
「領主として誇らしい話です。あとは彼らが実戦などで示してくれることでしょう。……それでは私は彼らと共に領地へ戻ります。実りのある良い時間でした。あらためて公爵閣下にはよろしくお伝えください」
時間を遊ばせないためにも、ユリウスはすでにクラウスとの会談を済ませている。この仕上げに間に合うよう調整したのは、ヴィンフリートの成長を真っ先に見せてやるべきとリチャードが提案したためだ。
なんでも「会談は決定事項のすり合わせなど最低限で良い。それよりも然るべき舞台を整えてやれば、ただ兵を鍛えたと後で結果だけを見るよりもよほど強いプレゼンテーションになる」とのことだったが、そんなところにまで気が向くあたり、やはりあの将軍はタダ者ではない。
「ええ、皆様のご武運をお祈りしております」
――――まだまだ捨てたものじゃないわね、この国も。
去っていくユリウスと、彼と共に公爵領を
先の出征を経て東部への
実際に“行動”を起こすのと、それをやれるだけの実力があると見せつけるのはまた別問題なのだ。
「お疲れ様でした、アリシア様」
そっと近づく気配。当主同士の会話の邪魔とならないよう離れていたアベルのものだった。
「ありがとう、アベル。でも、教官のみんなほどじゃないわ。あそこまでよくやってくれたもの」
「ヘインズ准尉たちも鍛え甲斐があったようです。良い意味で予想外と言ってもいい。春先の戦次第ですが、将来的には頼もしい味方となるでしょう」
「あとは、あの銃がこちらに向かないことを祈るだけかしら」
冗談めかしてアリシアは言うが、可能性としては捨てきれないものだった。
国家に絶対的な味方など存在しない。貴族同士であってもそれは同じだ。彼らもまた領地という国を存続させるため、あらゆる策を講じなければならない立場なのだ。
「可能性は低いかと。東部から西部へ攻め入るのは無駄が多いですし、それ以前に辺境伯もあれが我らの切り札だと考えていないはずです」
「さすがにそこまでは口にしないけれど、わかってもらえているかしらね?」
「可能性を匂わせるだけでも十分ですよ。並べられた利が勝れば、多くはそこまで軽挙な行動には出ません」
いくら味方を増やしたいからと言って、最新技術を容易く売り渡すほどアリシアたちはバカではない。
以前も触れたように、M1873であれば魔法すらあるこの世界の技術レベルを大きく超えた設備を必要とするわけではなく、それなりに時間はかかるだろうがコピーは可能だと海兵隊メンバーは見ている。
あるいは実現可能な技術レベルにまで落すことで
もちろん、それも次期主力銃の目処が立ち、その他の装備についても同じく量産体制が確立したからこそできることでもある。
「次あたりは王都からの横槍もあるでしょうけど、それ以前に毎回援軍なんて出せないわ。辺境伯もそこは理解されていると思うけれど……」
せっかく通じた
だからこそ、今回は可能なギリギリの範囲で彼らに訓練を施したのだ。
「時間は有限よ。わたしたちにも、そして――――」
途中まで口にしかけたところで駆け寄ってくるメイナードの姿が視界の隅に入ったアリシアは言葉を止める。
「お話し中のところ失礼します。基地からの報告です。帝国が国境線に向けて南下する動きを
「すぐに指揮官クラスを集めて。ここにいる者だけでいいわ。……まったく、休む暇もないじゃない」
簡潔に指示を出したアリシアは表情を引き締めて歩き出す。不意に温かくも強い、春の到来を予感させる風が吹きつけた。
「
動き出そうとしているのは国内の政治だけではない。多くの意味で“新たな季節”を王国は迎えようとしていた。
『
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