第124話 夜空の星が輝く陰で ワルの仕込みが巡り出す
「しかし、休まる暇もないな。我が家の断絶を回避しようと動き始めたはいいが、いつの間にか守るべき範囲まで広がりつつある……」
門を出て行くリーフェンシュタール辺境伯家の馬車を二階から窓越しに眺めるクラウスが漏らす。彼にしては珍しく弱音とも受け取られかねない言葉だった。
「ですが、放っておくわけにも参りません。依然として事態は良くない方へと進んでおります」
新たな紅茶を用意しながら応じるリチャードの言葉には
だが、それもクラウスの言葉が独り言として放たれたものではないと察していたためだ。すくなくとも、彼の役割は
「ああ、中将の言う通りだ。我々が破滅に繋がる選択肢を避けたとしても、次期国王であるあの若者自体が変わっていないのだから当然だな」
振り返る公爵家当主は執事服姿の海兵隊中将へ視線を向ける。馬鹿者に聞こえる発音でウィリアムを呼んだことには誰も触れなかった。
「まさしく。視点を国レベルに変えた場合でも多少延命できたに過ぎないでしょうね。……中佐、仮に“ゲームのシナリオ”通りの展開を辿り王家側が勝利したとして、その後の流れまではエンディングで触れられていなかったのだろう?」
「その通りです」
リチャードの言葉に応じつつ、アベルは困惑を表情に浮かべて散々プレイしたゲームの記憶を掘り起こす。
アメリカ合衆国海兵隊内でならあのゲームにはもっとも詳しい自負がある。それもこれもすべては平穏な家庭のためだ。もっとも、今では文字通り遠い世界の話になってしまったが。
――――それにしても異常じゃないか?
自分でも不思議なほどに、地球に残された家族と会えなくなった喪失感が未だに襲ってこないのだ。半身が
……だが、今はそれを考える時ではない。
「“
どのルートでもエンディング後には一切触れられず、
ゲームではこの世界の歴史の一部分を切り取っているに過ぎず、当然ながらエンディング後の平穏までを保証しているものではない。
「であれば根本は変わっていません。導き出される結論はひとつ――――遠からぬうちの亡国ですな」
アベルの内心での揺らぎを余所に、リチャードは淡々とこの国の将来を告げる。
「現時点では内乱の気配はないが、それもあくまで内側の問題が外にシフトしただけか」
自分たちが動かない限りは……と本来続く言葉はあったが、たとえ思っていても口にはしない。さすがに立場というものがあった。
物語のように――いや、アベルなどからすれば物語の世界と思われていたのだが――勇者や英雄が現れて世界を導いてくれるわけでもない以上、当事者の自分たちが主役となって動くしかないが、非常手段であるがゆえにリスクも相応に高かった。
「正直、それどころではありませんからね。此度の戦で東部へ兵力を回す必要が出てきました。場合によっては何人かの貴族が転封される可能性もあります」
そう言って紅茶の杯を並べていくリチャード。
戦の時とは打って変わり、今度は貴族派が中心となるだろう。危険とわかりきっている“最前線”へ送り込むなら、自分たちの息のかかっていない勢力に限るのだから。
「国にとっての必要な痛みと割り切るしかあるまい。東部は辺境伯主体で再編が進めばすこしはマシになる。そのための“支援”であれば惜しむつもりはない」
「もっとも、共犯者ができたことは大きな前進ですな。横合いから殴りつけられないための盾となってもらわねばなりません」
「もう少しやんわりと言ってくれないか、中将」
クラウスが紅茶に手を伸ばしながら苦い笑いを浮かべる。
「これは失礼を。とはいえ、リーフェンシュタール辺境伯との“密約”でアルスメラルダ公爵領からM1873ライフルの優先購入権だけでなく、
現時点では王室は銃に対してなにも言ってきていない。報告を上げた軍監があまり理解してなかったのもあるだろうが、優先的に自身の領土へと配備したい辺境伯が意図的に伏せた可能性もある。
「コンポジットボウについてだが、公爵領の生産力に負担はかけられない。アンゴールから仕入れたいと考えるがどう思う?」
「それがよろしいかと。西の共犯者にも気を遣わねばなりますまい」
当然ながら、技術の供与元であるアルスメラルダ公爵領でもコンポジットボウの生産は可能だ。
しかし、より危険な密約相手であるアンゴールに利益を与えるためにも、それは避けたいとクラウスは思っていた。
スベエルクからもたらされる情報では、交易によって金銭収入を得られるようになったアンゴールの内情は大きく改善しており、
北方で強大な勢力を誇るエスペラント帝国に対する抑え役を担ってもらうにはアンゴールに国力を伸ばしてもらうこと、それでいて彼らの牙がヴィクラント西方に向かないようにしなければならない。共存相手として、侵略で得られる成果を上回るメリットを提示しておく必要があった。
「外敵への備えも、国内への根回しも徐々にではあるができている方か。だが、肝心の――――」
クラウスは言葉を途中で切る。結局はそこだった。
いくら危機感を覚えた貴族が奔走しようとも、トップがそれを認識しなければ何の意味もない。理解しているがゆえに誰もが歯痒かった。
「いや、だからこそ“テコ入れ”があったのか……」
いよいよリチャードが溜め息交じりに切り出し、アベルが静かに進み出ていく。
「ご覧いただきたいのは今回の《海兵隊支援機能》のアップデートです。これが意味するところを我々は理解しておかねばなりません」
近況した面持ちで告げたアベルによって机の上に置かれた
「アベル、これは?」
クラウスの代わりにアリシアが訊ねた。
新兵訓練からこの方、海兵隊員としてある程度の教育を受けていたアリシアにはある程度予想できたものの不完全なままにはしない。
「LAV25A3よりも強靭で、AT-4でも容易に破壊できない防御力を持ち、L-ATVに近い速度で疾走でき、迫撃砲など比較にならないほどの威力の砲を持つ兵器が使えるようになりました」
アベルの説明を受けたクラウスの顔からにわかに血の気が引いた。
現時点で召喚可能な兵器について、海兵隊メンバーはすべてクラウスに説明を行っている。機械としての構造にまで理解が及ぶものではないが、用途を聞くことで思いつくものもあるためだ。
そして、導き出される答えをクラウスは間違えなかった。
そう、アベルの表情に緊張を浮かび上がらせているものはヴィクラントを取り巻く情勢を受けてのことではない。『海兵隊支援機能』で
120mm滑腔砲装備の主力戦車など誰がどう考えてもこの世界には過剰戦力である。
古代竜が魔物の生息域から外に出てきて暴れだしたとか、古代魔法文明の兵器が蘇ったとかなら話は別であるし、戦車どころか航空戦力さえも必要になってくるが、こんなものをそこらの戦に使った日には古の魔王として認定されかねない。
――—―いったい、俺たちになにをさせようとしている?
アベルは
このタイミングでエイブラムスがアンロックされるなどはっきり言って異常だ。何者かの作為を感じずにはいられなかった。まるで「それを使って状況を大きくひっくり返せ」と言われているおようではないか。
いや、おそらくそうだ。問題がわかっているのに行動を起こさないアベルたちに痺れを切らせたのだろう。
「M1が1台でもあれば王城への突入は可能ですね。あぁ、橋を渡るのは重さで無理だからその前までか……」
導き出される答えをメイナードが口にした。
60tを超えるとてつもない重量を支えられる構造物などこの世界には存在しない。渡ろうとすれば間違いなく堀に落ちて水没するのがオチだ。
しかし、それまでに立ち塞がる戦力はほぼ確実かつ一方的に殲滅できる。
先述の超大型魔物を除けば、これだけの超重量物を阻止できるものが存在しないのだ。なんなら砲撃で城を崩落させることも時間はかかるが不可能ではないだろう。
「もしも迅速に事を成そうとするならば、うってつけの兵器と言わざるを得ませんな。ついでに申し上げるなら、今なら臨時休暇で王都に滞在している遊撃兵団二個中隊に自動小銃を持たせれば王城くらいであれば制圧できます」
「……ヘインズ准尉」
「ですが、そうしろと言っているようにしか考えられません。このまま放っておけば軍事力を立て直すための重税と国家中枢に巣食う獅子身中の虫の蚕食によって国は傾くだけです」
アベルが止めようとするが、メイナードはそれを無視した。半分この世界の住人である上官が遠慮して踏み込めない部分にあえて言及したのだ。
地球であれば軍人が政治に口を出すべきではない。だが、この世界で生きている以上そうはいなかなかった。
おそらく国王は年内にも崩御する。
喪が明けるまで1年は国王に即位はしないが、その間に状況が好転するとは思えない。間違いなくウィリアムは貴族派の排斥に乗り出すだろう。少なくとも彼に国内の派閥バランスを調整するような思考が存在しないのは明白だった。
「国を割る内乱ともなれば数万の軍勢のぶつかり合いです。兵力の数割が損耗すると考えれば他国との全面戦争並みの被害ですな。そんな自爆をして、周辺国が見過ごしてくれるはずもありません。そうなってからでは遅いのです」
「わかってはいる。だが、我らがそれを煽るわけにはいかないだろう?」
公爵であれば王家の縁戚だ。王位に就くだけの資格は十分にある。クラウスほどの人物ならば王としての役目を果たすこともできよう。そんなことはアルスメラルダ公爵家に仕えてきたアベルが一番よくわかっている。
「“大義名分がないのだよ”、ヘインズ准尉。たとえそうなるとわかっていても、すくなくとも今の時点で圧政が行われているわけでもない。そこで乱を起こしては名分が立たない。
杯を皿に置いたクラウスも小さく溜め息を吐く。
いかに“それ”が最短ルートであるとわかっていても、大義名分がなければ歴史上幾度となく繰り返されてきた
敵国を攻め滅ぼすならまだしも、革命を起こして政治体制を根底から覆すわけでもない以上、この世界のルールには従わなければならないのだった。
「……僭越ながら閣下」
静かな声がその場の空気を変える。タイミングを窺っていたかのようにリチャードが口を開いたのだった。
「まるでその一点のみを避けているかのように動かれておられる。これはいささか不自然では? なにか策があると私は睨んでいるのですが」
問いかけるリチャード。探るようでありつつも答えを知っているような口調だった。
今回のリーフェンシュタール辺境伯の件もそうだが、貴族派が叛乱を起こす以外にヴィクラントが国益を大きく損なわないための布石をクラウスはこれまでにいくつも打っていた。
まるでそれが無駄にならないで済む確信があるかのように。
「昔から妻に隠し事はできなかったが、まさか中将もそうだとはな……」
そりゃ無理でしょうね。
オーフェリアを知る者は皆内心で突っ込んだが、今は話の腰を折らないために表情を変えない。クラウスが皆を落ち着けようとしたのだと理解したためだ。
もっともその大半には
最良の策かもしれないが、せっかく生き延びた愛娘を失うような選択をするくらいであれば国が滅んでもいい。親としての情だった。
だからこそ、クラウスは自身の力が及ぶかぎり愛するものすべてを守るために動いているのだ。
「たしかに策と呼べるものはある。十分な大義名分を用意できるだけの札とも認識している」
観念したようにクラウスは口を開く。できることなら身内であってもまだ知らせたくなかったのだ。
「それはもしや……?」
思い当たる節があるのかリチャードは興味深げに顎を撫でる。
「おそらく中将の想像通りだよ。だが、どちらにせよ陛下の崩御までは動けん。なし崩し的とはいえ後継ぎを指名している以上、下手に動こうとしてはかえって警戒されるだけだ。あとは――――“彼”がどう感じているかだな」
すくなくとも、国内において政治の季節は未だ過ぎ去っていなかった。
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