第116話 軍議は踊る、されど進まず


「“我が軍”の奮戦により、敵の戦力は半分近くまで減っている。ここからの反攻が王国の興廃を決めるであろう」


 本陣に集まった各領主たちの前で、王国征東軍の責任者を自称――――もとい、名乗るシッテンヘルム伯爵が神妙な顔で告げた。


 横目でそれを眺めるアリシアは鼻白む。

 アベルたちから習った地球史で有名な提督が海戦に際して発した言葉と似ている気もするが、後方で指揮を執るとかのたまわってろくすっぽ戦っていない人間が言っても白々しいだけである。


 そもそも、代行とはいえ公爵家から派遣されている者を差し置いて演説を始めるとはずいぶんと度胸がある。

 よもや頭のおかしくなった小娘になど任せられないとでも思っているのだろうか。


 思い返せば、たしかに天幕に入った時にあからさまな侮蔑ぶべつ侮蔑の視線が向けられた。

 自分が女であることも気に食わないのだろうが、それ以上に迷彩服を“みすぼらしい恰好”としか思っていない視線だった。

 出血を強要される近接戦闘を徹底的に減らし、敵からの視認性を下げ機動力を確保するためなのだ。ギラギラと目立つ鎧など意味はない。

 だが、名誉が命よりも大事な連中にはわからないだろう。


「不遜なるランダルキアの者どもへ必ずや目に物を見せてやるのだ。以後の戦いでは参加している諸侯には一層の奮戦を期待するものである!」


 演説に熱がこもってきたか次第に身振り手振りまでもが大仰になってきた。

 アリシアたちが呆れているのを除けば周りもしきりに頷いていたりとこれまた始末が悪い。

 長らく戦を経験していないせいで、勝てて当たり前くらいに思っている可能性がある。もちろん、アリシアとしては勝つつもりでいるが、それがまた別の厄介事を招き寄せる気がしてならない。


 ちなみに、本来当事者で軍議を仕切る立場にあるはずのリーフェンシュタール辺境伯は、外から群がってきた東部貴族ハイエナたちのせいですっかり空気同然の存在になり下がっている。


 とはいえ、彼らにそっぽを向かれバラバラにでも動かれたら、自身の戦力だけで防衛を強いられるため最低限のご機嫌伺いはしておかねばならないのだろう。


「当然、敵の激しい迎撃が予想される。そこで、ランダルキアの別動隊を退けたアルスメラルダ公爵軍には、これより行われる追撃戦でも先鋒をお任せしたい。いかがだろうか?」


「せっかくのお申し出ですが、お断りさせていただきますわ」


「な、なんだと!?」


 ほぼ即答となったアリシアの言葉に、梯子を外されたシッテンヘルム伯爵のみならず周りの貴族までもがにわかに色めき立つ。


「我が方の兵力にまともな騎兵戦力はございません。もしこれを最前面に押し出した場合、敵騎兵の機動力に対応できなくなります」


「しかし、貴軍は先ほど騎兵を殲滅せんめつしているではないか!」


 ダメだ。軍事の基礎がまるでわかっていない。

 銃の概念を持っていないのはわかるが、銃兵で騎馬戦力をどうにかしろなど愚の骨頂だ。

 先の戦いの時にも触れたが、銃はそれほど万能な兵器ではない。より十分な数や大砲でもあれば別だが、これはまだ開発中であるし、銃と同じく――――いや、重く連射が効かないだけに銃以上に扱いの慎重さが求められる。


 もっと言えば、銃兵はこの世界の会戦主義に付き合うべきものではない。


「たしかに。ですが、次はこちらが攻める番。我らが得意とする役割と求められる役割とが大きく異なります」


 どこまでいっても200ほどの戦力しかないのだ。

 侵攻側に回るのであれば、敵の後方や側面を衝くために最小単位で動き、騎兵以上の攻撃力火力を以って敵を奇襲し大打撃を与える、もしくは双方の動きが緩慢化する時――――敵の砦や防衛線に対して突破口を開くための支援攻撃に徹するべき存在だ。


 だが、懇切丁寧に説明しても理解はされないだろう。

 最大の戦果を挙げるための独立行動は“手柄を独り占めするための抜け駆け”に取られるし、後方からの援護でも“出血を嫌った出し惜しみ”と言われるのがオチだ。


 ならば、


「それに、ご存知かとは思われますが……我々の領地は王国西方。あまりこういう言い方はしたくありませんのですけれど、これ以上無理に戦っても兵の損害ばかりを被らなければなりません」


 はっきり言って、弾薬代だけでもバカにならないどころか大赤字なのだ。


 アルスメラルダ公爵領のある王国西方に、拡張できる余地はもはやほとんど存在しないが、開拓地であればコストはかかるが海兵隊由来の各種技術を使って自前で切り取ればいい。

 もしも「もっと土地が欲しければアンゴールから奪えば良かろう」とでも言われた日には、いよいよ王都へ侵攻を開始しなければいけなくなる。


 だからと言って、戦費を補うために北東部の飛び地をもらったところで管理のしようがない。諸々のコストがかかりすぎる。

 欲しそうな貴族へそれなりの値段で売り飛ばすという手もあるのだろうが、開拓地なので二束三文になりかねないし、それとは別に「金が目当てとは強欲だ」、「国から賜りし領土を売り飛ばすとは……」、「公爵家ではこの程度の領地などゴミ同然らしい。大身貴族らしいやり方だ」などと好き放題に言われかねない。


 自分が当事者では“領主の高度な判断”となるが、他人がやると“強欲な不忠者”扱いらしい。たいした二枚舌ダブルスタンダードである。


「たしかに公爵家の領地は西方ではあるが……」

「とはいえ、今回は東部のために援軍として来られたと聞いておりますぞ!」

「大身貴族が進んで出て行ってこそ……」


 次々に浴びせかけられる言葉にアリシアは内心で嘆息する。


 そりゃ王都から勅命の形で無理矢理戦力を供出させられたんだもの、断れるわけがないでしょ。遠くの揉め事に自分から首を突っ込むなんてバカのすることだわ。


 王権――—―すくなくとも王の名の下に出される勅令は強大だ。執務すら滞っていそうな王が勅令など出すとは思えないのだが、真正面から断ればどんな難癖をつけられるかわからない。

 下手をすれば「武名であれだけ鳴らしておきながら、いざという時にはまるで頼りにならない」などと、それこそ何もしていない連中に吹聴される可能性すらあった。


「気弱なことを。アンゴールを破った実力を見せていただかねば!」

「公爵閣下は勅令に応えると宣言されたそうではありませんか!」


 実力はもう見せたでしょうにまだ足りないの? 歩兵2個中隊で4個中隊の騎兵を殲滅。こちらの被害はゼロよ? どう考えても殊勲賞ものだわ。


 まこと残念ではあるが、世の中“正しい”というだけでは回らない。

 目の前で好き放題言ってくれている脳みそゴブリンレベルのアホどもに言いたいことは山ほどあったが、それらはすべて心中で並べ表面上は曖昧な笑みの裏に隠しておく。


「しかし、これは王国の威信をかけた戦いなのですぞ! 我ら貴族が一丸となって国難に立ち向かわねば!」


 な~にが一丸よ。おめでたいわね。国じゃなくて王都にいるボンクラどものメンツと、領土がほしい東側の連中おまえらのために死んでこいってことじゃない。冗談じゃないわ。


 あまりのおめでたさと隠された本心の下衆さに、アリシアは鼻で笑い飛ばしそうになったが、さすがにここで要らぬ不興を買うのは愚行でしかなく態度に出すのは避けた。

 とりあえず、抗弁は無駄に終わりそうだ。やり方を変えて最小限のヘイトで生贄役から自然に逃れなければならない。良い方法はないかアリシアは考える。


 ひとつだけあった。おそらく、この場でもっとも効果的な方法が。


「そもそも――――」


 勿体ぶるように一度アリシアは言葉を切る。

 こちらの余裕を見せつけるのと、貴族たちの耳目を集めるためだ。


「一番槍を務めろと皆さまはおおせになられますが、このまま我々が更なる戦果を挙げてしまっても構わないのでしょうか?」


 


 アリシアは言外にそう問いかけた。


 領主代行に過ぎない小娘が率いる兵たちに大きな戦果を挙げられているだけでも情けないのに、お前らはそれに頼りきりでなにもしないまま終わるのか?


「それは……っ!」


 アリシアは貴族たちの表情が変わるのを見逃さなかった。


 くすぐるべきところを間違えなければ肥大化したプライドが服を着て歩いているような連中などチョロいものだ。

 彼らには「この戦いで更なる領地を得たい」という共通の目的があるだけで、それも他者を出し抜ける要素がないからアリシアたちを利用しようとしているに過ぎず元々の仲間意識が高いわけではない。


 すでにアリシアたちの戦果はしっかりと記録が取られ共有されている。そのために王都から軍監が数名派遣されてきているのだ。彼らも今さっきまではすっかり呆れて会議を眺めていたが、アリシアの言葉でどこか事態を楽しむような表情を浮かべている。


 小さな戦であれば金の力で彼らを抱き込もうとする者もいるだろうが、今回それをやるには金がかかりすぎるし、参戦している貴族も多いため抜け駆けにより余計な恨みを買いかねない。

 だから、“自分の功績”が必要になる。


「い、いや、アリシア殿のおっしゃるとおりだ。ここは我らがやらせていただきましょうぞ!」

「なにを申す! 戦力に余裕がある私の軍勢が行こう!」

「なんだと! 卿らは抜け駆けするつもりか!」


 瞬く間に矛先が変わり、今度は仲間同士で争い始める。

 先ほどまで味方だった存在はもはや自分の取り分を脅かす敵となった。


 これですくなくともアリシアたちが意味もなく損耗することは避けられるはずだ。


「アリシア殿」


 話の中心が移ってしまったところで、アリシアはリーフェンシュタール辺境伯からそっと声をかけられた。

 視線で促されたアリシアは彼について静かに天幕を出ていく。ここでは話しにくい内容ということらしい。


「いやはや、上手くやられましたな。これで貴軍は後方に配置される」


 天幕からほどよく離れたところで、辺境伯はアリシアに向き直り口を開いた。


「……はて、なんの話かわかりかねますわ」


 なんとなく予想がついていたアリシアは、あらかじめ用意していた言葉を並べてみせた。


「ははは、そういうことにしておきましょう。ご覧の通り、功を焦った者たちによってあなた方は先鋒から意図的に遠ざけられることでしょう」


「皆様の勇猛さと愛国心には頭が下がるばかりですわ」


 扇子があれば口元を隠していたであろう。

 貴族だなんだと言っていても、ひと皮剥けば感情と利益追求の制御ができなくなる。目先の利益を追い求めるあまり本質的な問題を理解していないからだ。


「そこで相談なのですが、あなたには私の息子の傍についていただきたいのです。跡継ぎでしてね、若いうちに戦場を経験させておきたい」


「……ご嫡男のですか? もしや――」


「ええ、今回が初陣ういじんです。すでに大きな戦果を挙げられたアリシア様の近くにいれば学べることも多いかと。私は私で兵を率いらねばなりませんゆえ」


 要は“お守り”をしてくれということか。面倒事ではあるが、積極的に戦わなくていい大義名分にはなる。それをわかっていて辺境伯は申し出ているのだろう。双方にメリットがあるわけだ。

 やはり相手に要求を呑ませるにはこれくらいでなければいけない。


「辺境伯のお申し出は大変光栄に存じます。ですが、正直に申し上げれば我らの戦い方は異端。あまり参考にならないと思いますわ」


「かもしれませぬ。しかし、その異端が明日の正道にならないとは限らない」


 正面からアリシアを見据えて口を開くリーフェンシュタール辺境伯の言葉に世辞の気配はない。


「本来であれば我らリーフェンシュタール家の戦いでありながら、この場にいない者や貴族たちの食い物にされているのが現状です」


 いくら憤っていてもさすがに王家の名前は出さなかった。


「であれば、我らも何かしらの利益を得なければならない。それが領地のようなものでなく、次代に経験を積ませてやることであるなら、最大限に享受できるようにしてやるのが親の務めというものでしょう」


 当主でもないアリシアへ躊躇いもなく頭を下げるリーフェンシュタール辺境伯。

 こういうのは嫌いではない。


 それに、ただただ周りの勢いに押し切られている気弱な当主ではなさそうだ。様々な人物から“英才教育”を施されたアリシアほどではないが、彼もまた貴族を上手く使って自身の戦力の損耗を避けようとしている。こういう人物とは人脈を作っておいて損はないだろう。


「承知いたしました。ですが、我らの兵の多くは徒歩かちです。騎乗できる者を何人か出してご子息の軍勢に合流させましょう」



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