第115話 少しずつ ため息おぼえた Eighteen


 それから程なくして本陣からの伝令が、こちらから送ったそれと共にアリシアたちの下へやって来た。


「アルスメラルダ公爵代行殿におかれましては、至急本陣へ出頭されたしとのことです」


 直立不動に近い姿勢で伝令役の騎士は広げた羊皮紙を持って厳かに告げていく。

 ヴィクラント軍の背後を突こうとした別動隊の壊滅が伝わったか、ランダルキア軍本隊も戦線を押し上げることができず撤退していったとのことだ。


「ご苦労さま、すぐに向かうと伝えてちょうだい」


「はっ!」


 急ぎ足で去って行く伝令。

 公爵家という大身貴族へ遣わされ緊張していたかと思っていたが、もしかすると“別の感情”に震えていたのかもしれない。なにしろ遊撃兵団員以外では銃による戦闘の跡――――一方的に殺された騎兵の群れを初めて目撃したのだから。


「軍議ねぇ……。どうやって攻めるかなんて具体的な戦術の話でも出ればいいのだけれど」


 馬を駆りながらアリシアはつぶやく。


「バカにするわけではありませんが、「とにかく攻めろ! 反撃だ!やつらを生かして帰すな!」くらいなものではないかと。根性論の世界ですね」


「あら、アベル。奪った領地の分配で揉めるが抜けているわよ」


「それは戦いが終わった後に紛糾するものかと。勝てなければ皮算用でしかありませんし、後ろ弾――――この世界では後ろ矢ですかね? それを警戒しなければいけなくなるのはさすがに避けるでしょう」


 結果が自身にとって良くなければゴネ、悪くなければ黙っているパターンだ。後出しじゃんけんとも言うべきかもしれない。


「それもそうね」


 さすがに敵軍の動きを完全な撤退と判断した者は“ほとんど”いなかった。

 “まったく”でないところ――――楽観論者がいた事実にアリシアとしては微妙な気持ちになったが、領主というだけで戦に駆り出されているのだから軍事知識に明るい者ばかりでないのも致し方ないことだろう。

 海兵隊メンバーとの交流で世襲制の欠点についてもレクチャーを受けてはいたが、その弊害を感じ入るばかりだ。


 いずれにせよ、これだけ大規模な軍事活動を行なったにもかかわらず、緒戦しょせんで損害を受けたからと簡単に引き下がる可能性は低い。その程度で済むのなら最初から小規模な軍勢で国境線を騒がせただけで終わっていたはずだ。


 仮に今日の動きはなくとも態勢を立て直して再度侵攻してくるものとして、軍議のために各領主とその副官が集められることとなった。


「さてさて、どんな方針になるのかしらね……」


 馬を止めてつぶやくアリシアだが、正直期待はしていなかった。


 アルスメラルダ公爵領から兵力を派遣せずとも、今回戦場となったリーフェンシュタール辺境伯領の近くにも武断派の貴族はいる。

 残念ながら「自らの食い扶持は王都などに頼らず自分で稼ぐ」という意識からほとんどが貴族派だったため、今回の参戦候補者リストからは巧妙に取り除かれていた。


 おそらく王都としては貴族派の台頭を避けつつ首魁アルスメラルダ家の戦力を削りたかったのだろう。

 国難に際してこのような足の引っ張り合いをしているようでは、いつか大敗を喫して国が傾く未来しかアリシアには見えない。深く考えると陰鬱な気分になってくるのでやめておくが。


「このまま逆侵攻するにしても、本格的なのは砦を作ってからがベストですね。参加した諸侯がそこまで考えてくれるかわからないので、こちらから提案する必要があるかもしれません。……お手をどうぞ」


 先に馬から降りてアリシアの手を取ったアベルが答える。


「ありがとう」


 どこか気恥ずかしげに小さく礼を言って地面に降りる主人アリシアへ、そっと手を差し出して受け止めようとするあたり、やはりアベルは軍人としてだけでなく従者としてもそつがない。


「作るのはいいけれど、砦の建設費を誰がどの程度払うかで揉めそうな気がするわ。言い出しっぺが持つなんて結末はイヤよ」


「援軍に過ぎない我々がそこまで付き合う必要はないのですがね。そんなことを勘案してくれはしないでしょう。「金を持っている人間が払うのが当然」と遠回しに言ってくるのは見えています」


「自分で溜め込んだ金は民に還元しないくせに良く言うものだわ。……ねぇ、帰っていいかしら?」


「ダメです」


 敵の消えた地平線を眺めながら主のワガママに小さく鼻を鳴らして答えたアベルは、近づいて来た馬丁ばていに馬を預ける。

 若い割に慣れているのか、手綱を引いて馬を連れていく馬丁の動きは感心するほどにスムーズだった。

 見たところ身なりや顔立ちから騎士と見受けられるが、それにしてはずいぶんと“らしくないこと”をさせられていた。真面目そうな印象を受けたので、もしかすると杓子定規しゃくしじょうぎな対応で領主の不興を買ったのかもしれない。


「いっそのこと、シンプルに“金”で黙らせてしまうのも手かしらね」


 あまりにも貴族らしからぬストレートな物言いだ。アベルは笑うしかない。


「悪くはないかもしれません。「金で解決できるものはケチらずそうしておけ」と昔親父に教わったことがあります」


 どちらかというとアベルが言っているのはもうすこしミクロな人間関係における話だった。

 しかし、国の命運を多少かかっているところで矮小ミクロな争いをしているのだから結局同じようなものなのかもしれない。


「その口ぶりだと地球での経験かしら? ずいぶんと面白いお父上ね」


 アベルの冗談に、アリシアもくすくすと笑みを漏らしてしまう。


 敵の侵攻部隊を徹底的に叩いて追い返すことができたとして、追撃戦を行うかどうかは判断に迷うところだ。

 相手が領土的な野心を見せた以上、カメになっていても相手の国に政変でも起きない限りは勝てない。


 おそらく、どこか区切りのいいところで聖光印教会あたりが仲介して講和となるのだろうが、それまでに“投資”をし過ぎれば泣き寝入りしなければいけなくなる。

 追撃戦に成功していくらかの領土を掠め取れたとしても、所詮はそれもいち領主の判断でしかなく、国の方針に優越するほどのものではない。あとで「講和のために返せ」と言われるのがオチだ。

 すくなくともアリシアはそのような博打に身を切ってまで関わるのはご免だった。


「いずれにしてもそれなりの戦果は挙げた。なら、つまらない思惑に巻き込まれないよう、身の振り方を考えておかないといけないかもね」


「すべて、この軍議で決まるものかと」


 そしてこの時アリシアが覚えた予感はやがて現実のものとなる。

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