第114話 初陣


 横一列に並べられた銃口から、発射炎と共に鋭い銃声が幾重にも重なって轟音を生み出す。


 次いで目の前で生み出される――――いや、自らが生み出した光景に兵士たちは言葉を失うばかりだった。


 訓練ではそれなりに実弾射撃も行っていたが、所詮しょせんは動かない・叫ばない・倒れない木で作られたまとでしかなく、戦場の中を密集隊形で突撃してくる騎馬兵に対して銃の一斉射撃がどれほどの威力を発揮するのか、彼らはこの時まで完全に理解していなかった。

 そして、瞬く間に死が量産されていく現実は、彼らに敵を打ち倒した喜びよりも自身の行為への恐怖を覚えさせていた。


「う、うそだろ……。あの騎馬兵がこんなにあっさり……」


 呆然とした兵士たちの口から震え交じりの声が漏れる。

 戦場で類稀なる突破力を誇っていた騎兵が呆気なく、そして次々に悲鳴を撒き散らしながら地面に沈んでいく混乱の極みにある光景は、どこか現実感を欠いているようにさえ感じられた。

 これまで理不尽にも近い厳しい訓練にも気合で耐えてきた兵団員だったが、精々が歩兵や弓兵を釘付けにできる程度が関の山で、まさか本当にいくさの花形ともいうべき騎兵を圧倒できる次世代の兵科――――しかもその先駆けになれるとは夢にも思っていなかったのだ。


「ボサっとするな! 次弾装填リロード! はやくしろ! 敵はまだいるんだぞ! できたやつから撃て!」


 自身も銃を構える上官から発せられる怒声が彼らを現実に引き戻す。


「ほら、しっかりしろよ!」


 それでも動けなかった人間は近くの仲間が殴りつけてでも無理矢理に意識を覚醒させていた。

 訓練でも暴力を伴う命令などは禁じられていたが、今は非常時であり誰も咎めない。一瞬の遅れが、自身のみならず仲間の命を危険に晒すと理解しているからだ。


「サ、サイドハンマーを起こして、尾栓ブリーチブロックの――――ひっ!」


 敵後方に控えた騎馬が馬上弓による曲射を試みたか、運よく伸びてきた矢が兵士のすぐ近くの地面に深々と突き刺さる。

 この勢いであれば兵士たちに配備された兵士用鉄兜ヘルメットでも貫通した可能性は高いし、首元にでも当たれば間違いなく致命傷となったであろう。


 ただ訓練通りに引き金を引き、発射された弾丸が敵を地面に沈めても実戦ではそれで終わってはくれない。まだ仕留めるべき敵――――こちらを殺そうと突き進んでくる敵が存在しているのだ。


「気をつけろ、弓騎兵もいるぞ! 敵を近づけるな! 撃たれる前に撃て!」


 極限状態の中、訓練で身体に叩き込んだ射撃手順を思い起こしながら必死で銃を操作する兵士たち。


 ヒンジ式ブリーチブロックであるスプリングフィールドM1873の射撃手順は自動小銃に比べれば煩雑はんざつといえるが、マスケットに比べればそう難しいものではない。


 銃本体右側面にあるサイドハンマーを起こし、尾栓ブリーチブロック右横のレバーを持ち上げロックを解除。そのままブリーチブロックを上方へ持ち上げるように開き、カートリッジを薬室に込める。尾栓を閉じ、引き金トリガーを引くとハンマーが倒れ、ブリーチブロックの後端右側にある撃針ファイアリング・ピンの末端を叩く。すると尾栓内部に隠れていたピンが前方に突き出て、カートリッジ後面の雷管を叩いて発砲に至る。


 火薬が強烈なエネルギーへと変換され、衝撃が銃床を通して肩に食い込む。身体に伝わってくるこの感覚こそが戦場で生きている証であり、同時に敵へ死をもたらす兵士の証でもあった。


「弾が掴め……ああ、くそっ!!」


 震える手をなんとか動かして先ほどと同じ手順を繰り返せば、今度はブリーチブロックと連動したエキストラクターによって空薬莢が自動的に薬室から排出され、弾き飛ばされるように銃本体の外へと排出される。


 こうして文字にするといかにも長ったらしく感じられるが、手で行う作業そのものはほんの数工程にすぎず容易且つ高速で弾丸を発射することを可能とする。

 なによりも後装式であるため、従来の前装式と異なりわざわざ立ち上がって銃口から弾薬と弾丸を装填する作業の必要もなく、遮蔽物に隠れたり、あるいは伏せながら次弾装填を行えるため射手が危険に晒される時間も限りなく短くなっていた。


「くそったれ……! 来るな……! 来るなァッ……!」


 塹壕ざんごうから銃と頭を露出させて目をかっぴらいたまま慌ただしく装填作業を行う者もいれば、その場で反転して塹壕内へ身を潜めるようにしながら素早く行う者もいた。

 後者の方が時間もかかるように見えるが、その一方で精神を落ち着けられるのか動作は安定しているようにも感じられた。単純に動作よりも個々の適正なのかもしれない。

 いずれはこれらも実戦を経験した兵団内で最適化されていくことだろう。


「目標を狙って、トリガーを引く……。目標を狙って……」


 最初の射撃こそ号令の下に行っていたが、その後は各個自由射撃としている。

 火縄銃のような前装式滑腔銃マスケットでは低い命中精度の関係から一斉射撃をすることでそれを補っていたが、銃身内に旋条ライフリングの施されている当該銃M1873では安定した命中精度を確保しているため個別に撃っても戦果も期待できるからだ。


 むしろ一斉に撃つことで、カートリッジに使われる黒色火薬の爆轟ばくごうによって立ち込める白煙が射手の視界を遮ってしまう方が難点だった。

 正直程度の差でしかないが、個々の技能の差もあるため揃っているのを待つのは非合理的といえるだろう。


「敵の壊滅を確認!」


 初の実戦となり兵団の抱える問題点も浮き彫りになってきたが、それでも数百メートル先の敵へ確実なダメージを与え、魔法使いを除けば最強の突破力を有していた騎馬部隊を粉砕できたのは紛れもなく偉業だった。

 もちろん、敵が銃の存在を知らないため真正面から突っ込んできたこと、また事前に準備しておいた塹壕によって射手が精神的な余裕を確保できたのもある。

 もしも平原で側面から不意打ち的に突撃を喰らえば、銃兵隊とて容易く粉砕されてしまうのだ。


射撃中止シース・ファイア! 射撃中止! 撃つな! 敵は壊滅した! 射撃を止めろ!」


 兵士たちからすれば嵐の過ぎ去るのを耐える一夜のような時間だったが、実際にはほんの数分の出来事だった。


 ただ動くモノに向け一心不乱に撃ち続けていた兵もいれば、ただ現実から逃避するために繰り返していた者もいた。


海兵隊員マリーンとしては今の戦闘はどうだったかしら?」


 天幕からやや後方に位置する土嚢を積んで丸太で蓋をした簡易トーチカ。そこから様子を眺めながらアリシアは控えているメンバーたちに訊ねる。


「中隊長以下完全に現地メンバーで運用していますが、それを考慮すれば及第点は与えられるかと。もちろん、彼らには直接言いませんが」


 訓練教官を務めたメイナードは満更でもなさそうな表情を浮かべていた。ここでこそ表情を崩しているが、実際に兵士たちの前に立てば多少褒めてやるくらいだろう。

 素直に言えないのも大変そうだなとアリシアは思う。


「でも、思ったよりも呆気なかったわね。でも、王都に対して最低限の義理は果たせたかしら」


ご冗談をゴッズネイブル。敵騎兵を壊滅させておいて最低限はないでしょう。お味方からの恨みを買いますよ」


 野戦服姿で控えるアベルは従者の時と同じ顔で困ったように笑う。


 下手にアンゴールとの戦を経験したせいで、アリシアはひとりひとりの火力をM27 歩兵支援火器IARを持っている場合と比べているらしい。

 ダウングレードしているのは承知しているものの、具体的なスペックまで現実に落とし切れていないのだ。


 とはいえ、素直にこれだけの戦果を挙げられたのは敵がかなり軽装の騎兵だったこともあるだろう。兵も馬も重装であった場合、弾丸が完全に鎧を貫通できたかは怪しいところだ。


……。自分たちだけで本隊を抑えきれなかったような連中なんて放っておきなさい。わたしたちがいて敵を潰せたからよかったものの、他の連中で突破されていたら背後を衝かれて再起不能になっていたわよ」


「ははは、代行殿は辛辣ですな」


 海兵隊最上級曹長サージェント・メジャー・オブ・ザ・マリンコというあまりにも長い呼び名がなにかと問題となったため、急遽一等准尉WO-1にまで引き上げられたメイナードもまた苦い笑いを浮かべる。

 彼はついに准士官ワラント・オフィサーとなり、訓練部隊の引率役としてアリシアたちに同道していた。


「報告! 第1中隊、負傷者なし!」

「同じく第2中隊も負傷者はおりません!」


 そこでトーチカへと中隊長を務めるマックスとギルベルトが報告に訪れる。

 遊撃兵団へ任官してまだ半年も経っていないが、日々訓練を積む中でいつの間にか“いっぱしの指揮官の顔”になりつつあった。おそらく、今しがたの戦いの中でもなにかしらの成長を遂げているのだろう。


「よろしい。だが、三等軍曹サージェント。兵士たちのケアは怠るな。特に命令が届いていなかったヤツらにはしっかり仕事をさせておけ。ストレスがかかりすぎているが、これだけで潰れられては敵わんからな。それと、本陣に伝令を出せ。別働隊を壊滅させたとな」


 第2期募集の兵には貴族出身もいるため、兵団内で馬に乗れる人間は意外と多い。適当な人間を見繕って伝令とすれば済む話だ。


「「イエッサー!」」


 素早く敬礼してふたりはトーチカを出て行く。


「うーん、ふたりはあまり褒めないけど、彼らなかなかどうして悪くないじゃない」


 駆けていくマックスとギルベルトの後ろ姿を見送るアリシア。ふと漏れ出た彼女の言葉も満更ではなさそうな口調だった。


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