第113話 人に生まれ、野心を抱き、そして――――
「いよいよだな、エメリコ」
「ああ、テルセロ」
土煙を上げて進軍する騎馬たちの中で並走するふたりの男が会話をしていた。
周りに展開している騎兵の群れもそうだが、彼らが身に纏う簡素な鎧は騎士のそれとはあまりにも違う。
胸甲や籠手などはつけているものの、それは身体を最低限守る程度に抑えられていた。馬の機動力を重視していた軽装と言えばもっともらしく聞こえるが、実際のところは彼らの身分が大きく関係している。
ランダルキア王国では、侵攻先のヴィクラント王国とは異なり騎兵が平民にも解放されていた。
より厳密に言えば、多くの国で騎兵になれるのは貴族に身を連ねる者だけとされる中、“準騎士”という1代限りの爵位を用意したのだ。
とはいえ、準騎士の身分は法の抜け穴を突いた名ばかりのもので実質なんの特権もない。
彼らが駆る馬も国から貸与されたもので私有財産ではないし、下手に死なせてしまえば国家の財産を侵したとして賠償などを求められることとてある。
強いて利点を挙げるなら、ほんの少しばかり給金が増えたくらいだろうか。
「せっかくのチャンスだ。手柄を立てて騎士になるぜ」
「ぬかせ、俺が先だ」
同時期に準騎士に取り立てられたテルセロとエメリコは仲がいい。彼らだけでなく準騎士たちは多くが固い結束に結ばれていた。競争相手でありながらもそのような付き合い方ができるのはやはり彼らの境遇にあった。
貴族からは白でも黒でもない“灰色”と
小さいながらも領地を持ち、その地の絶対的権力者として振る舞える。これに胸の高鳴りを覚えない準騎士はいなかった。
この準騎士制度も、支配階級からすれば体制維持の手法だった。平民との間にもうひとつの階級を作ることで貴族への直接的な不満を減らせるからだ。
そして、準騎士たちは支配階級の思惑を上回る形で各地の戦いを潜り抜け、すくなからぬ戦果を挙げランダルキアに貢献してきた。だからこそ今回の戦でも敵の防御の薄い点を突破する役目を与えられている。
21世紀地球の価値観を持つ海兵隊メンバーからすれば“鉄砲玉”と呼びたくなるようなやり口だったが、彼らの野心によって支えられた高い士気は侮っていい存在と一蹴できるものではなかった。
貴族や騎士の指揮の下で独立し、数の暴力となって突撃する。
やり方次第ではアンゴールの部族兵のように騎兵のみで大部隊を編成することを可能としており、これだけを見れば十分に先進的な政策だったと言えよう。
――—―相手がアリシアたちでなければ。
「突撃準備! 敵の数は200程度だが、全員気を抜くな!」
“ランダルキア第3準騎士団”――—―そのもっともらしい名称に方々から失笑を買いながらも彼らは勇敢に戦ってきた。そして、今度もそうだと確信している。
士気ならば十分、いや、十二分にあった。自分たちを灰色とバカにした貴族にひと泡吹かせ、裏切り者と冷めた視線を向けてきた平民とは完全に決別するために。
「総員、とつげ――――」
野心に燃える男たちの視線の先で、敵の集団から白煙と何らかの音が指揮官の叫び声を遮りながら上がった。
次の瞬間、エメリコとは反対側を走っていた同僚の頭部が弾け飛んだ。肉体の制御を司る部位をあっさり失った身体は後方へと倒れ込んでいき馬から落ちた。
「なんだこれは!」
「敵の魔法か!?」
「ばかな、あんな数の魔法使いを用意できるはずがない! それなら主力に配備するだろう!?」
無事な準騎士たちが騒ぐ。しかし、彼らを襲う悲劇はその程度では終わらなかった。
「散開! 散開しろ!」
「密集していては狙い撃ちだぞ! 広がれ!」
密集隊形にあってはそこへ集中して銃撃を放てば何かしらには当たってしまう。
騎馬突撃の利点を殺すことになるが、敵へ肉薄する前に壊滅してしまっては何の意味もないのだ。
「散らばって距離を詰める! いかに強力な武器があれど所詮は歩兵の集まり! 突撃に耐えられまい!」
遠距離から攻撃できるということは槍同様に至近距離での扱いに不利な点がある可能性も高い。敵の正体が不明である以上、そこに賭けるしかなかった。
ところが、ここで謎の兵器が持つ“最大の効果”が発生する。
「ダメだ! 馬がいうことを聞かない!」
「暴れるな! うあああああ!?」
「前方に注意!」
人間以上に馬が謎の音に耐えることができなかったのだ。
主人の命令を無視して暴れ回り、乗り手を振り落とし、ひどい場合は馬が転倒し、それに後続が突っ込み多重事故を起こしてしまう。
馬の暴走。これが最大の損害を生み出す契機となった。
『遠くからの攻撃だけならまだ理解できる範囲だった。一発一発が人間も馬も容易く殺してしまう威力を秘めていたとしても、命中率まで常識外れではなかったように思う。敵の数は200ほどだった。すべてが未知の武器を持っていたかはわからない。でも、百発百中の武器であれば数斉射で壊滅していたはずで、神話や
これは後に生き残った準騎士が報告した内容だった。
もちろん、彼が言うように.45-70-405弾薬を使用するスプリングフィールドM1873はこの世界にとって革新的な武器でこそあったが、無茶苦茶な性能を持ってはいなかった。
実際に遊撃兵団の記録に残る白煙と音の上がった量――—―射撃回数自体もかなりの数に及ぶ。
カタログスペック的には、もっと少ない数の射撃でテルセロたちランダルキア第3準騎士団を壊滅させることもできたかもしれない。
しかし、銃を扱う兵士たちの経験が圧倒的に足りていなかった。これは良くも悪くも今後の戦いへ影響も与える。
「いったい――――」
何事かとテルセロは思うも、突然の事態にパニック寸前となり声が出ない。隣を走るエメリコも小刻みに震えていた。
しかし、彼らが恐慌状態に陥っている間にも
それでも、未熟な兵士たちの射撃ですらテルセロたちにとっては死神の襲撃も同じだった。彼ら騎馬兵にとってもっとも深刻な損害をもたらしたのは銃の殺傷力よりも士気を叩き潰されたことにあったが、もはやそんなことは関係がなかった。
「なんだ! なんなのだこれは!」
「もう味方が……」
「嘘……だろ……」
「エメリコ。俺たち――――あっ」
必死で突撃を続けようとしていたテルセロの馬が付近を通り過ぎた銃声に驚いて体勢を崩し、乗り手の彼も慣性に従って前方へ投げ出される。
身体が地面に叩きつけられる衝撃とともに、騎士を夢見て戦いに臨んだ男の意識はそこで途切れた。
結果から言えば、テルセロはただひとり生き残った。
彼にとって幸運だったのは、落下で死亡しなかったこともそうだが、後からきた馬に踏みつぶされなかったこと、気絶したまま半日ほど経ち目を覚ましたこと、祖国へ向かったのもヴィクラント王国軍が去ってからであったため敗残兵狩りに遭わなかったこと、さらには逃げ出した自軍の馬をたまたま捕まえられたこと――――列挙すればキリがないほど幾重にも重なり続けた奇跡に見舞われたことだろう。
なんとか生還した彼は、大損害に衝撃を受けたランダルキア上層部によって証人喚問を受ける。ただひとり逃げてきたと処断されるのかと震えていたが、その後の展開はまったくの予想外だった。
元々聡明であった彼は、自身の所属する準騎士団が玉砕してしまった経験を支配階級によって価値のある情報へと昇華させることができた。銃の原理などわからずとも、起きた出来事と推測される内容を上手に分けた文章を用意してのけたのだ。
「準騎士テルセロ。国王陛下の名のもとに貴様を騎士爵に叙し、領地を与える」
貴重な情報を祖国へ届けた功績によって、テルセロは国王の名の下に騎士への“昇爵”を果たし、それといくらかまとまった――王国からすれば小遣いのようなものだったが準騎士からすればとんでもない――金銭を下賜された。
昇爵によって軍務から外れたテルセロに与えられた領地はランダルキアの東部、海も近い新興の開拓地だった。ここを自分で発展させろということらしい。
これらの寛大な処置の背景には、唯一生き残ったテルセロの口を通して他の準騎士団に情報が漏れ、士気が低下するのを恐れたため遠くへ飛ばしたとも言われている。
その反面、いかに“灰色”といえども兵の功績に報いなければ今後に影響が出るとして褒賞を与えているのだからランダルキアの統治能力はそれなりだったのではないか。
もちろん、そこには口止め料の意味合いもあっただろう。
さて、末席とはいえ貴族の仲間入りを果たしたテルセロは、下賜金をもとに領地を他者よりも大きく開拓していく。
近くの騎士爵の娘を妻に
「エメリコ……。みんな……。すまない……」
テルセロに、苦楽を共にしてきた多くの仲間を喪った悲しみや敵への憎しみがなかったわけではない。
しかし、数百人の騎兵があっさり壊滅させられてしまうというのは、テルセロにとってあまりにも重い現実だった。
だから、彼は死ぬとわかっていながらすべてを投げうっての仇討ちはできず、国から新たに与えられた舞台へ上るしかなかったのだ。
戦では大敗を喫したテルセロだが、最終的には人生において彼なりの勝利をおさめることができた。
そして、玉砕した騎兵たちはすべてが数日後にやってきたヴィクラント王国の後処理部隊によってまとめて穴へと埋められ、数年の時間をかけて彼らが欲してやまなかった大地の養分となった。
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