第111話 せめて、悪役らしく


 そうして瞬く間に夏は過ぎていき、王都から突如として召集をかけられたのは第2期新兵訓練を終えた直後であった。

 慌ただしくあれこれと話が進み、または議論をぶつけ合いアリシアたちは天幕の中で開戦の時を待っていた。


「ア、アルスメラルダ公爵領軍はこの位置で待機。本隊同士のぶつかり合いの中、左翼を食い破ろうとする敵軍の阻止が本陣より命ぜられております」


 陣を構えるアリシアの下へとやって来た伝令兵の顔色はすこぶる悪かった。口を開く際にすこし噛んでしまったのも確実に彼の気分――—―緊張によるものだろう。


 普通に考えれば誰でもそうなる。


 公爵家の代理人にして当主の娘、しかもこれでもかと武勲を挙げ続けている時の人を前に「今回の戦、遠くから来てもらったけどお前らの活躍する場所ねぇから。あとヤバい時は壁役よろしくな」と言っているようなものなのだから。


 古来より無茶な伝令に走らされた兵が、

 国際法どころか、軍規などあってないような世界での伝令役は完全な貧乏くじだった。


「わざわざ伝令ご苦労さま。承知したとリーフェンシュタール辺境伯に伝えてちょうだい」


 この状況でできる限りの柔和な表情を作ってアリシアは伝令を労うが、どういうわけかそれが彼の顔色を余計に悪化させていく。


「はっ! 失礼いたします!」


 結果、海兵隊からの訓練を受けたわけでもないのに直立不動の姿勢を作り、王国式の胸の前に拳を持っていくスタイルの敬礼をとった伝令は、出された水をほとんど一気飲みする勢いで乾かすと、そのまま逃げるように本陣へと戻っていった。


「よく平静さを保てましたね」


 静まり返った天幕でアベルが様子を探るように口を開いた。周りの主要メンバーもまた似たような表情を浮かべている。


「子どもじゃないのだから、ここで癇癪かんしゃくを起こしたって何も変わらないでしょう? 伝令の彼がかわいそうなだけよ」


 溜め息と一緒に苦い笑いを浮かべるアリシア。


 あえて言葉にはしなかったが、つい最近そんな見苦しい振る舞いをやらかした人物の話を耳にしている。誰とは言わないにしてもそれと同じレベルに落ちるのは真っ平御免だった。


「司令官として頼もしい限りです。長生きできますね」


「内心を口と――――いえ、雰囲気までは自信がないわね――――出さなかっただけよ。それほど評価されるような点ではないわ」


 アベルの評にアリシアはすこしだけ視線を逸らして答える。正面から褒められ気恥ずかしかったのだ。


「その当たり前のことができるだけで、兵の生還率は高まります。感情だけが先走るようでは勝てる戦も勝てません」


「優秀なスタッフが止めてくれるでしょうけど、それではちょっと格好がつかないものね」


 アベルとの会話によって感情が落ち着いたのかアリシアが小さく笑う。


「さて……。戦争は会議室で起きるものではなかったわね。わたしたちも配置につきましょうか」


 アリシアが動きながら促すと幹部勢もまた天幕から次々と外へ出て行き、司令部付の兵が細かいものの片づけを開始する気配だけが残る。


「涼しいわね……」


 自然と声が漏れた。

 中にいた人間の体温で自然と暖められていたため、外に出ると空気が冷たく感じられる。

 声にほどなくして肩にふわりとかけられる感触。アベルが野戦服に近い濃緑の外套を羽織らせたのだった。


「ありがとう、アベル」


 従者へ小さく礼を述べつつ、アリシアは目の間に広がる平原を眺める。


 冬の到来を前に、すっかり枯草だらけとなった草原にアリシアたち公爵領遊撃兵団は展開していた。

 2期志願兵の訓練が終わって再編成した第2中隊も交え、合計2個中隊の戦力がこの地に派遣されている。現時点における遊撃兵団の全戦力と言えた。

 そんな彼らは今、突貫作業で掘り進めた塹壕さんごうに入って“その時”を待っている。


 ざっと見回すが、実戦を前にした兵士たちは緊張こそしているものの怯えの感情は見られない。

 訓練の成果が出ている。いい傾向だとアリシアは思う。


「アベル、拡声器を」


 声をかけられたアベルは用意してあった道具をそっと渡す。


『――—―全員、そのままの状態で聞きなさい』


 拡声器で叫ぶよりもよほど遠くまで届くアリシアの声が周囲に響き渡る。


 塹壕の中の兵士たちの多くは黙って視線をアリシアへ向ける。

 向けなかった一部の者はあらかじめ割り振られていた持ち回りの監視役だった。もちろん、このかんにどこからかざわめきが漏れることはない。


 アリシアたち幹部メンバーは、なにやら不思議な魔道具を持召喚する能力を持つことになっている。もちろん、実際に『海兵隊支援機能』が存在するため嘘ではない。

 各種機能から取り寄せられるそれらは、この世界の常識から逸脱しているものも多く、兵士たちも本当にそんな魔道具があるのか疑問に思うことはある。

 しかし、それを教会や王都への密告に使うバカは誰ひとりとして存在しない。


 


 つまらない矜持プライドや今までの信仰と折り合いをつけ、兵団の勝利と名誉を優先する戦争の神に仕えしクソッタレの殺戮兵器ファッキン・キリングマシーンたちがここには集まっている。


『紳士・淑女の諸君、戦争処女あるいは童貞も今日で終わりよ』


 男女異種族関係なく配置された兵士たちの間から笑い声が漏れ、アリシアが続く言葉を口にする前に静まる。絶妙な間だった。


『我らの任務は簡単よ。この場を食い破ろうと迂回してくる間抜けどもを地面の養分に替えてやるだけ。騎士だろうが兵士だろうが、敵である以上我が国にとっては賊も同然。生きて返してやる義理なんてないわ』


 アリシアからの放たれる言葉を聞く兵士たちの手に自然と力がこめられる。


 彼らの多くが手にしているのは、木と鉄で作られたスプリングフィールドM1873後装式ライフル――――アンゴールとの交易を独占したことで蓄えた資金を惜しみなく投入し、集団で囲い込んだドワーフたちの冶金やきん技術とレジーナが化学知識のテコ入れをした錬金術との組み合わせにより、ついに量産化へとぎ着けた次世代の武器だった。


『これまで諸君らが積んできた訓練の成果は、今日この戦場で発揮される。あれこれ疑問視している連中もいるようだけど、あとは結果がすべてを塗り替えてくれるわ』


 アルスメラルダ公爵家が、なにやら怪しげな武器を新設の兵団の主力に据えようとしていることはそれとなく国内でも知られていた。

 これはクラウスの許可の下、リチャードとクリフォードたち諜報側が意図的に流した情報である。

 不完全な情報であるがゆえに、受け取った側の反応で相手の分析能力が読み取れるわけだ。


「騎兵でも槍兵でも剣兵でも、はたまた弓兵でもない兵種?」

「アンゴールとの戦や模擬戦で結果を出したのにまだ足りないのか? 強欲だな」

「アルスメラルダ公爵家もヤキが回ったんじゃないか? 領主代行にあれだけ好き勝手させているんじゃな……」

「よくわからないものにおいそれと手は出せないな。とりあえず見物させてもらうか」


 多くの貴族たちは既存の常識に囚われて一顧だにしなかった。

 無論、そうでない者もいるにはいたが、第2騎士団との模擬戦で証明した“会戦至上主義の揺らぎ”に対応するだけで精いっぱいとなり、やはり積極的に動くことは避けていた。

 実戦証明コンバットプルーフが済んでいないものに飛びついてくるようでは、よく言えば“先見の明あり”となるが、悪く言えば深く考えない“新しいもの好き”でしかない。


 クラウスとしても旗幟を鮮明にしろなどと言うつもりはない。様々な問題を抱えているとはいえ、王家と真っ向から対立すると決めたわけではないのだから。

 しかし、将来的に付き合い方を考える判断材料として動いてはいた。


『だから、訓練通りにやりなさい。時間をあげるから新兵訓練の日々を思い出すといいわ』


「こちらからは動かれないつもりなのですね」


 演説の合間を見てアベルがアリシアに問いかけた。


「ここで防衛しろとの命令を受けているのよ? 忠実な臣下が国の命令に背くわけないじゃない」


「本音は?」


 もっともらしいことを並べるアリシアだが、対するアベルは額面通りに受け取らない。


「なにが悲しくて早漏突撃バカ同士の消耗に付き合ってあげなきゃいけないのよ。程よく熱が冷めたところで向かってくる敵の方がずっと厄介なんだから」


 ここからの方針を語るアリシア。聞き手に回っていたアベルはその戦術眼に舌を巻いていた。様々な戦いを経て、アリシアは確実に成長を遂げていた。


「迂回して突破口を作ろうとするのは正しい戦術よ。兵力の少ない場所を狙うのもね。でも、戦略的には兵力の逐次投入でしかない。まずはそいつらを叩き潰して、最高のタイミングで横合いから殴りつけてやるわ」


 アリシアの双眸に戦意の炎が浮かび上がる。


「わたしが悪役だっていうなら、いっそのことそれらしく盛大にぶん殴ってやろうじゃないの」


 表情を獰猛に歪めてアリシアは宣言し、ふたたび拡声器を口元へと運ぶ。


『さぁ、本番よ。自分たちが“つっこむ側”だと思い込んでいるサカった連中に全力で応えてあげなさい。総員、撃鉄を起こせ!』




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