第98話 戦いはすでに
「ヘインズ
上座に座ったアリシアが問いかけた。
隣には王都から戻ってきたクラウスとその補佐官を務めるリチャードの姿がある。
「はっ、正直に申し上げますと我々が要求するレベルには程遠いです。8週間の訓練課程を経て、ようやくケツについた卵の殻が取れたヒヨッコと呼べる程度でしょう」
訓練が半ばを越えたところで、ブートキャンプに参加しているメンバーも含めた海兵隊全員が領都クリンゲルへ召集された。
彼ら訓練教官陣がいなくても、特別な訓練以外は6人の伍長たちで問題なく行えるまでに慣れてきている。
また、マックスをはじめとした各
同じ訓練兵でありながらただの兵士よりも重い責任を問われるだけ損に思われるかもしれないが、実際には訓練後の階級・待遇に関わってくる部分なため当然ながら皆必死になる。
「わかりました。引き続き訓練を続けてちょうだい。たとえヒヨッコでも我々には必要な戦力よ。潰したりはしないように」
「イエス、マム」
メイナードの言葉をアリシアは誤解しない。彼ら海兵隊員が求めるレベルがどういうものであるかわかっているためだ。
統率された意志の下に軍団を動かし、確固たる戦果をものにするにはそれ相応の歴史の蓄積が必要となる。西部方面軍が王国で最も精強と知られているのも、アンゴールを相手に戦いを続けてきた歴史があるからだ。
対して兵団はまだ始まったばかり。今はとにかくあらゆるものを蓄積していくしかない。
「代行殿のおっしゃるとおりだ。集団行動が取れれば十分とまでは言わないが、最低限の軍事行動ができれば今はいい。一定期間ごとに新設し、あとは日々の訓練で無駄を削ぎ落していく。そうだな、ヘインズ最上級曹長?」
「そのとおりであります、少将殿。今後は可能であれば四半期から半期ごとに1個中隊ずつ増設し、早期に1個歩兵大隊を整備することが望ましいと判断します」
「よろしい。検討しておこう。では、公爵領全体に関わるプランをジョンソン少尉から。始めてくれ」
リチャードが促すと、下座から立ち上がったクリフォードが壁にプロジェクターで資料を映し出す。
そこには今後の公爵領で実施していく予定の各種政策が並べられていた。
「王都で代行殿が――――」
「ちょっと、みんな。こんな場でも代行殿と呼ぶのはやめて。なんだかむず痒いし、他人行儀でさみしいわ」
アリシアが大げさに困惑して見せると皆が小さく笑う。その中にはクラウスも含まれていた。
「失礼致しました、アリシア様。王都で知己となられましたドワーフ――――スレヴィ殿のツテで集めた鍛冶師たちの工房が来週より稼働開始となる見込みです」
アリシアが領地へ戻る際、兵士としてではなく領民にとスカウトを行ったのだ。
以前娘が不届き者に攫われかけたこともあり、仲間共々立ち上げる工房で雇いたいと言ったら二つ返事で了承してくれた。
それまでの何の権限もない状態では勝手な真似もできなかったが、領地を発展させるために必要であれば今のアリシアの裁量権はかなりの範囲にまで及ぶ。
世間一般では種族による差別など珍しくもないが、そんな“つまらない理由”で金属加工のプロフェッショナルを放置しておくほど勿体ないことなどありはしまい。囲えるだけ囲い、今後も増やしていく予定である。
「上々ね。“武器”についてのその後はどう?」
「はい、今回持参したのはサンプルですがこちらを量産化しようと考えております」
そう言ってクリフォードが取り出したのはスプリングフィールドM1873後装式ライフル銃だった。
「M-14と比べてもかなり古い銃よね、それ?」
以前、座学で銃のおおまかな歴史を学んでいたアリシアはすぐに気がつく。
「ええ。このスプリングフィールドM1873でもM-14とは100年近く開きがあります。最初期の銃――――
使用弾薬は.45-70-405。黒色火薬を使用した真鍮薬莢のカートリッジを採用している。
ちょっと面倒な部分さえ除けば火縄銃と大して変わらない……と言いたいところだが、当然冶金を担当するドワーフと、火薬や雷管を担当する錬金術師には「こんなもん簡単にできるか!」と悲鳴を上げられた。
「これを訓練部隊に配備するのね?」
「はい。彼らが訓練を終え、ある程度部隊としてモノになってからではありますが」
「効率ばかりではいけません。まずはこの世界の基準で優秀な兵士を育て上げる必要があります。自身の技術を持たない兵士など我々にとっては何の役にも立ちません」
クリフォードの言葉をメイナードが補足する。
海兵隊メンバーは技術の発展、および概要については知識として持っているが、当然ながら兵士であってエンジニアではない。開発そのものがスムーズにいく保証もないのだから代替案を用意しておくのは当然だった。
もし銃が配備されても弾薬は兵士が携行できるだけ――――つまり有限であり、かならずしも常に満足な状況で使えるとは限らない。
とはいえ、「弾がないから戦えません」では話にならないのだ。
「なるほどね。それに加えて、開発の遅延も予想しておかねばならないと」
「おっしゃる通りです」
当然ながら技術的な課題も山積している。
最新のM27 IARやHK416などと比べ、ヒンジ式ブリーチブロックであるスプリングフィールドM1873であっても、今まで銃の概念、および技術の存在しない世界ではそう簡単に作れるものではない。
特に困難となるのは金属薬莢カートリッジの製造だろう。火薬の炸裂に耐え熱膨張の少ない真鍮を安定して作れるか、また点火の役割を担う雷管も難易度が高い。
いかにサンプルがあっても作り手が構造などの基礎を理解しなければ『海兵隊支援機能』で解決しなかった意味がないのだ。量産化の目途が立てば初期の足りない分や予備分を召喚で補うことはあるだろうが、それでもこの国で作れる前提があってのあくまで“底上げ”の位置づけだ。
妥協案――――より簡易なものとしてミニエー銃のような前装式のライフルという手もあったし、金属薬莢のハードルを考慮しドライゼ銃のような紙薬莢を使用する初期のボルトアクションライフルを目指すのも選択肢としてなくはなかった。
しかし、それらはみな火縄銃よりも高度なものだが、やはり構造的に真似されやすく目指すものとしては不完全と結論づけられた。
結局、銃の仕組み自体は見る者が見れば理解できてしまうもので、容易に追いつかれないためにも技術的難易度の高い金属薬莢カートリッジの獲得が必須であったのだ。
とはいえ、これらがクリアできさえすれば、火薬の改善は別途必要だが後継ともいえるボルトアクション式のM1903、さらにはM-1ガーランドのようなセミオートマチックライフルの開発も見えてくる。
そのため、火薬および雷管の開発を錬金術師に、金属薬莢と銃本体の諸々をドワーフに分けて管理、技術が完成したところで工廠を立ち上げて先行量産品を作る計画を練っている。これは主に情報漏洩に備える目的があった。
「多少の知識はありますので、わたしも折を見て火薬および雷管の開発支援に参加します。シングルベース火薬までは早々に辿り着いておきたいですから」
レジーナがそっと手を挙げて述べる。
彼女の持つ爆発物をはじめとした化学系の豊富な知識がここで活かされることだろう。けして火薬や爆発物を量産したいからではないはずだ。おそらくだが。
「ありがとう、グラスムーン中尉」
「……では、続けます。銃の配備後の将来的な構想ですが、特殊部隊を設立できればと思っています。もちろん
「ジョンソン少尉、ひとつだけ訂正しておく。俺たちは特殊部隊じゃない。あくまでも威力偵察部隊だ」
アベルが指摘するとふたたび周囲から笑いが漏れる。
海兵隊ではフォース・リーコンを特殊部隊と公式に認めていない。
Navy SEALsにも匹敵すると評価されている時点で強弁の類なのだが、場を和ませるためのちょっとしたジョークだった。
「これは失礼いたしました、少佐殿。正直エルフや獣人の積極雇用でも代替可能とは思いますが、適度に人種を混ぜておかないといざという時に困ります。山間部の猟師たちを別途
「訓練兵たちが第1期の兵士として着任してから……いや、定数の確保を考えるともう少し先だな?」
「ええ。優秀な者がいれば冒険者上がりであろうがなんだろうが構いません。目立つことで軍威を誇る旧時代の軍では勝てないのはすでにアンゴールとの戦いで判明しております。山
「まるで山岳兵だな」
豊かさに目をつけて流れ込んでくる山賊・盗賊を狩ることはすでにアリシアたちが行っていた。
しかし、今後の戦略を考えるといつまでも主力部隊にやらせておく任務ではない。誰も獅子に番犬の真似をさせたりはしない。
「併せて
「悪くない。
「基本的には公爵家の人間を使います。あくまでプラン段階ですが、関所を自由に往来できる人間をもっとも警戒すべきと考えております。最有力候補は教会関係者――――僧侶ですが、閣下がベネディクトゥス枢機卿と密約を結んでいるため、あまり派手には動けません。もちろん秘密裏に調査は行います」
リチャードの問いに即答する情報分析官。
「他にも旅芸人などは関所を通る権限がないので、逆に裏街道に精通している可能性があります。欲を言えば裏街道も見張りたいところですが、人手が足りませんので優先度は下がります。すくなくとも領都の監視は確実に行う予定です」
クリフォードは敢えて明言しなかったが、間諜を送り込んでくるのは国外だけではない。
華々しい戦果を挙げ領内が潤っているからこそ、秘密を探るべく各貴族たちが手勢を差し向けてくるのは必然と言えた。
「……妥当なところだな。人員は都合をつけよう。軍事の他はどうなっている?」
クラウスが腕を組んだままで漏らす。
「はい。経済政策につきましては次の項目で報告致します。せっかくアンゴールとの交易にこぎつけたのですから、今度はこちらから国内の――――」
小さなものの積み重ねではある。
それでも多くの人間や思惑が混ざり合うことでアルスメラルダ公爵領は近年まれに見る発展を遂げようとしていた。
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