第97話 訓練開始! カタツムリたちの行進
初日は走り込みだけで太陽が沈んだ。訓練兵たちも疲労のあまり早々にベッドに沈んだ。
あくる日、ちょうど太陽が昇ったくらいでメイナードたち
「起きろ起きろ起きろ!!」
眠っていようがいまいが、訓練兵となった者たちにプライバシーの自由などあるはずもない。疲れ切って意識を失うように眠った彼らのベッドが並ぶ中に、教官たちは大声を張り上げて突入していく。
これがある程度訓練を積んだ兵士であれば「敵襲!」からのスモークくらいをぶち込んでやるところだが、今の訓練兵たちにやったとしても何ら意味もないためとにかく念入りに怒鳴る。
「おはよう、寝坊助なお嬢様がた! 鶏のファックはとっくの昔に終わったぞ! 興奮しておっ
寝起きであろうが何であろうが教官たちは容赦しない。
ひとたび兵士になると決めたからにはそれなりの心構えが必要なのだ。でなければ
未だ目が覚めていない訓練兵たちに補助教官を務めるサイラス
彼らも間接要員として自分の持ち場を持っているが、訓練の補助くらいはできるのだ。
「訓練を始める! 武器は要らん! 訓練着に着替えて集合集合集合! 早くしろノロマども!」
叫んで時計のストップウォッチ機能を作動させたメイナードは、訓練兵たちの慌てる声を聞きながら広場に出て行く。
3分を超えた頃からバラバラと兵士たちが出てくる。
暫定的ながら
しかし、起きたてで支度に時間がかかり、集団行動自体にも慣れていないため動きは遅い。
「今300を数えたぞ、ナメクジども!まだ20人も出てきていないがいったい何をしていやがるんだ! 二度寝か? それともベッドの上でクソでも垂れているのか!?」
全員揃った頃には
「貴様ら全員罰則だ! 腕立て伏せをやる! なに? やり方がわからない? いつから貴族を
「サー、ノー、サー!!」
「続けてよろしゅうございますか? ……見ていろ、こうやるんだ!」
実際に腕立て伏せを実演し、自分と同じようにやれと怒鳴り散らす。
「……全員用意!30回だ! はじめ! 1……8、9、そこのクソボケ! 数は誤魔化すな! きっちり見ているぞ! それとも数すら数えられない低脳か! よし、特別メニューだ! 最初からやりおなすぞ!」
数を誤魔化したアホにはたっぷりと、そして念入りに罵声を浴びせておく。カウントが1に戻ったため周囲の訓練兵たちから殺気のこもった視線が向けられる。本人は色々な意味で汗が止まらない。
「どうした、ついてこい!」
メイナード自身も誤魔化したアホの前に行って腕立て伏せをやる。
たとえ理不尽であっても、“不可能なことは言っていない”と見せつけるためだ。
「遅れてきたノロマの分際で、たかが30回腕立てをやったくらいでヘバるな! 貴様らは
「最上級曹長殿、やりすぎです。こんなやり方は領軍でもやっていないと思います」
さすがにひどすぎだと思ったのかマックスが申告してきた。
正義感の発露だろうか。近くにいたギルベルトが止める間もなかったようで、元貴族の青年は「あちゃー」といいたげな表情を浮かべていた。
「黙れ、
「いえその……」
マックスはしどろもどろになる。
「……それとも、まさかとは思うが上官に逆らう気か? トビアス伍長、この国での上官への抗命罪はどう扱われる?」
「はっ! 死刑であります、最上級曹長殿!」
直立不動からの即答である。はっきり言って最高の“間”だった。
これで教官たち全員がひとつの意志の下に調練を行っていると理解させることができるし、経験豊富な領軍出身の下士官が問題ないとしたならそれ以上の反論などできようはずもない。
「そう、聞いての通り死刑だ。まさかとは思うが、貴様は皆の前で公開処刑されたい
「いいいい、いえ、何でもありません! 何も申しておりません! 気のせいであります、訓練教官殿!」
顔色を真っ青にして歯をカチカチ言わせながらマックスは直立不動となって悲鳴交じりに訂正した。メイナードたちの表情を見て嘘や冗談の類ではない――――いや、本気で言っているのだと本能で理解したのだ。
「……そうか、私の聞き間違いであったのならよろしい。それでは訓練を開始する!」
朝っぱらから適度にビビらせたところでランニングを開始する。何をするにもまずは体力をつけなければ話にならない。
ちなみに、2日目の訓練には打ち合わせのために泊まっていたアリシアをはじめとする士官組も参加することにした。
訓練教官たちがいかに強靭な存在であり畏れ敬われても、有事の際に命令を下すのはアリシアやアベル、はたまた尉官以上の者からとなる。
軍隊の階級について細かく教えていないため実際には異なるが、要は貴族――――血統だけが取り柄の連中から指示を受けることが気に入らない奴もいるのだ。
徹底的にシゴいて命令への疑問すら感じさせないようにすることもできる。
しかし、もっといい方法があった。
何キロも延々と走らされた訓練兵たちはすでに青息吐息だった。
ところが教官たちは平気な顔をして走っている。何人かが反吐を戻してぶっ倒れて
「どうした貴様ら! まるでなっとらん! 本当に人類か!? 魔物のクソが天の奇跡でゴーレムになって動いているんじゃなかろうな? 走れんクソは肥溜めに帰れ! バラして畑に撒くぞ!」
並走する教官たちの容赦ない罵声が飛び、疲弊した精神に突き刺さる。
「貴様ら、悔しいと思わんのか!? 代行殿たちにまったくついて行けていないぞ! もっとペースを上げろ!」
走りながら器用に怒鳴りつけるメイナード。
訓練兵たちの視線の遥か先には士官たち――――海兵隊メンバーの走る姿があった。あのおっとりしていそうなキャロラインもだ。
「う、嘘だろ……」
「そんな……バケモノかよ……」
「あら、皆さまずいぶんとごゆっくりであられましたことね。遠慮なさらなくても結構ですのに」
最高クラスの美貌と笑顔で最高クラスの皮肉を言われたら何も言い返せない。
もちろん、言い返した日には教官たちにどのような目に遭わされるかわからないのも95%くらいの理由になっていたが。
集まった訓練兵の中には、この兵団が“貴族のお嬢様の道楽”だと思っている人間もすくなからず存在していた。どうせ偉そうに命令を出して満足するだけであろうと。
誰しも事実を自分にとって都合の良いように解釈することがある。
しかし、それが誤りであると真っ先に、しかも目の前で思い知らされることとなり、訓練兵たちの態度は2日目を境にすこしずつ変わっていった。
訓練兵たちが扱う武器だが、まさかM-14を与えるわけにもいかないのでこの世界の標準でたる剣と槍と弓がメインとなる。
他に考えているプランもあるが、それが日の目を見るのはまだ当分先だ。
「得意な武器があるのは結構なことだ! だが、それだけで兵士は務まらん!」
各員の――――多くは種族で分けられるが――――適性を見て仕分けをし、それぞれを徹底的に訓練させるが、仮に自身の得意とする武器が手元にない時の対策も必要となる。
そのため、実際に武器を交換しても扱えるよう、この分野は領軍出身の伍長たちに任せ両方の訓練を仕込んでおく。剣は必修として、弓と槍の運用は分隊ごとに分ける事とした。
「ビッチはベッドでゴーロゴロ!」
「「「ビッチはベッドでゴーロゴロ!!」」」
「ビッチが突然 こう言った!」
「「「ビッチが突然 こう言った!!」」」
「お願い」
「「お願い!!」」
「ほしいの!」
「「「ほしいの!」」」
「
「「「
走らせ、身体を酷使させ、規律を叩きこんでいく。すべてを徹底的にやった。
もちろんそれぞれに役目を与えることも忘れない。
メイナードをはじめとした訓練教官たちは拷問吏—―もとい鬼役、そこで生まれるストレスを栄養と味に定評のあるジェフリーの食事で癒し、サイラスが施設を保全し快適さを維持する。見た目が可憐なキャロラインには健康管理とともに中隊のマスコットになってもらい、マックスは彼自身が訓練兵だが教官と訓練兵の繋ぎ役として引っ張っていってもらう。
さすがにレジーナはキツ目の美貌がおっかなく近寄る者はいないようだが、医官でもあるキャロラインの所へは心の折れかけた兵士たちが時折訪れては何やら相談していくようだ。
不思議なことにキャロラインの所から帰ってきた訓練兵はやる気に満ち溢れたような表情を浮かべており、それがまた他の者にも伝わって密かな人気を博しているらしい。
訓練さえまともにこなせば、教官たちもそこは口うるさく言わなかった。
言うまでもないが海兵隊式のブートキャンプはこの世界で集団に施すのは初めてのもので、中心メンバーで話し合った当初もあまりに追い詰め過ぎて潰れられては困るとの懸念があった。
そのため、思わぬ副次効果にむしろ安心していたくらいだ。
「貴様らはいずれ兵士となる。しかし、だからといって脳みそが空っぽのままでいいわけではない。バカでいいのならゴブリンを調教した方がずっと早いからな」
訓練開始から3週間が過ぎたあたりから、午前中に座学を行い始めた。
内容は肉体の鍛え方、栄養の取り方、衛生、医療、簡単な装備の作り方、罠の作り方、追跡のやり方、隠密行動のとり方などを海兵隊メンバーと伍長たちが持ち回りで教えた。
内容は各自の得意分野などを話していくものだが、当然ながら教官としての経験があるわけでもないため完全なものとは呼べないだろう。
だが、この世界ではそういった知識が理論としてほぼ根付いておらず、吸収できるだけでも兵士としての質を高められる。
彼らが授けられるそれらは海兵隊メンバーや伍長たちが実際に使用して戦場を生き抜いてきた知識だ。実地訓練、ひいては実戦で使うものであれば確実に役に立つだろう。
とはいえ、これらの専門知識を訓練兵たちが完全に理解する必要はない。それは教官たちも考えが一致している。
ただ、教育を受けた者はそれだけでも自信になる。傲慢さに結びつかない保証はないが、それでも意識が変わる。変化がまた新たな能力を引き出すのだ。
「中隊副指揮官、近々
週に一度はアリシア、そして王都のクラウスに向けた報告書を作成しなければならなかった。
メイナードたち教官で中隊――――100人全部を細かく見ることはできない。
目はひとつでも多い方がいい。そのため下から情報を吸い上げ、その上で様々な問題点の洗い出しなどを行うことにした。これは地球と同じやり方だが、伍長たちからはすこぶる評判が良かった。
肉体訓練、座学、報告……これらをやっているうちに、6週間が過ぎていった。
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