第96話 訓練開始! 最上級曹長殿のオリエンテーション~後編~


「い、いいかげんにしやがれ、テメェ! さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! 俺だけならまだしも親まで腰抜け扱いしやがるたぁもう許さねぇっ! 俺がやってやらぁっ!!」


 いきり立ったひとりが足早に進み出てきた。怒りで目が血走っている。


 思ったよりもゴツい身体つきをした獣人の青年だ。だが、そうでもなければ悪鬼のようなメイナードに挑もうとは思わないだろう。


 とはいえ、さすがにここまで怒り心頭で教官に挑みかかってくる人間は地球にもいなかった。

 本来なら即刻営倉行きだが、この世界がそういう環境だとして触れずにおく。


「よし、100人も集まれば、ひとりくらいは人間に進化できそうなゴブリンがいたということだ! 無様にくたばってもいいよう、貴様の遺族のために特別に名乗ることを許可する!」


 訓練兵の暴発にメイナードは瞳を炯々けいけいと輝かせていた。明らかに状況を楽しんでいた。


「アシュトンだ! 覚えておけ!」


 今まで溜まるに溜まった鬱憤からかあれほどの罵倒を受けたにもかかわらず、口調もぞんざいなものになっている。

 しかし、そこも敢えて咎めない。


「よちよち、とっても勇敢で我慢もできないモフモフちゃん? 勝負は簡単。動けなくなるか、降参するか、死んだらおしまいでちゅよ。いいでちゅね?」


 名乗りを完全に無視し、ここでさらに挑発に出るメイナード。

 冷静さを失ったら負けなのだが、された方アシュトンは完全にキレて周りが見えなくなっており、怒りで全身が小刻みに震えていた。


「じょ、上等だ! 教官だか何だか知らねぇがぶっ殺してやる……! あとでケガして地面で呻いても俺を恨むんじゃねぇぞ!」


「面白い。だが、啖呵たんかは短くしろ。価値が落ちる。かかってこい!」


「ガアアアアアッ!!」


 極度の興奮状態からの叫び声とともにアシュトンと名乗った男が殴りかかってきた。獣人だけに身のこなしはヒトよりもずっと速い。


 しかし、あまりにも直線的な動きだった。

 メイナードは少しだけ横に足を運んで軌道を見切り、速度を活かせない大振りな一撃をあっさりと回避。がら空きになった相手の顎を掌で払うように殴った。


 たったの一撃で脳震盪を起こされたアシュトンは次の動作に移ることもできず、その場にしゃがみ込むように倒れて動けなくなった。


 肉弾戦向きの屈強な男が一瞬でやられたことで、怒りに湧いていた訓練兵の何割かの顔色が青くなる。

 あまりに呆気なくアシュトンがやられたため、何人かは魔法を使ったのかと思ったほどだ。


「次! どうした、ウジ虫ども。怖いなら二人同時でも俺は構わんぞ! 飲みに行く時とファックの時は言われんでも飛びかかるくせに情けないクソガキどもが! その万分の一でも勇気を見せてみろ! やれるヤツはいないのか、あぁ!?」


「ち、畜生が! ちょっとくらい強いからっていい気になりやがって!」

「俺だって男だ! やってやるぞ、この野郎!」


 ひとりがやられたというのに一部はまだ頭に血が上ったままらしい。二人――—―エルフとドワーフが不仲なのも気にならないのか憤怒の形相で進み出てきた。


「凸凹の面白い組み合わせだ。よし、名前を言え!」


「ダドリーだ!」

「ロス!」


 二人がかりなら負けると思っていないのだろう。それとも考えられないくらい怒り心頭なのかまったく退く気配がない。


「遺言には十分な名乗りだろう。さっさとこい!」


 当然と言えば当然なのだが、彼らは複数での戦い方がまるでわかっておらず、ダドリーもロスもほとんど同時に挑みかかってきた。これでは連携もなにもあったものではない。


 メイナードが軽く身体を引いて片方に近づくと、残った方は仲間が邪魔になって勢いが落ちる。

 てっきり同時に殴りかかれると思っていたダドリーはロスの姿が見えないことに動揺し、これまた速度が落ちる。そこへメイナードのジャブが襲いかかった。


 鋭い一撃だったが、目的は牽制で当てる気などハナからない。咄嗟に防ごうとダドリーが腕を掲げた時には本命のブーツが腹にめり込んでおり、喰らった方は低く呻いて後方へ吹き飛んでいき痛みと苦しさに転げまわる。手加減されていなければ胃壁が破れていたかもしれない。


 そして、目の前で仲間が転がったとロスが思った時にはもう手遅れだった。

 膂力に自信があるはずのロスは容易く腕を捻られ、身体が傾いたところで足を払われて呆気なく宙を舞った。

 訓練兵たちの顔色はすでに最悪な色となっていた。ドワーフのずっしりとした身体が投げられる光景などもはや悪夢でしかない。


「アシュトン、ダドリー、ロス。貴様らの勇気はよく伝わってきた。上出来だ。本来なら教官への反抗とみなすところだが今回は特別に許す。また、この場にそこそこ見どころのある人間候補がいたことはせめてもの救いだな」


 散々罵った上にぶん殴ったり蹴飛ばしておいて気休めのようなものだが褒めておく。

 要は飴と鞭だ。行動を起こしたことに正当な評価がなされなければ最終的には何も考えなくなる。


 もちろん細かいことを考えるのは指揮官の仕事で兵士のそれではないが、これから訓練を重ねていく中で小隊プラトーン分隊スクワッドと単位ごとに動く訓練も行われる。各自の適性を見極め抜擢しリーダーを割り振っていかねばならない。


 さすがに本気で死人を出すわけにもいかないため、軍医としてのキャロラインが倒れた訓練兵に歩み寄っていく。

 彼女よりも上級者が誰も止めないのでメイナードも任せて残った訓練兵に向き直る。全員がビクッと震えたような気がした。


「貴様ら全員聞け!!」


 今度ばかりは誰も反抗的な態度を見せず、また三人となって進み出てくることもなかった。

 見様見真似でそれぞれが居並ぶ教官たちと同じ直立不動の姿勢をとろうとする。


 ここまでされてもまだ歯向かう頭の出来であれば、次はどんな目に遭わされるかわからないと身体で理解したのだ。

 あるいは脳裏に刻みつけられた恐怖から舐めてかかることができなくなったともいえる。


「見ての通り、今の貴様らはシメられるだけの雌豚だ。だが、この訓練に生き残ることができたら各々がひとつの武器となる。ただの兵士ではない。いくさに祈りを捧げる死の司祭だ。その日まではウジ虫以下だ! この世で最下等の生命体だ! わかるか? 貴様らは人間ではない! そこらに蔓延る魔物のクソをかき集めた程度の値打ちしかない!」


 そこまで言ってから、メイナードはヒト族以外の前へと歩いていく。


「貴様らは厳しくシゴく俺たちを憎むだろう。しかし、憎めばそれだけ多くを学び生き残れる可能性もまた上がる。俺たちは厳しいが公平だ。この中隊では種族差別も出自差別も許さん。エルフ、ドワーフ、獣人、それに貴族、平民、冒険者、奴隷上がりを俺たちは敬いもせんし見下さん。なぜかわかるか? すべて! 平等に! 価値がないからだ!」


 ザワめきこそ起きないが訓練兵たちは明らかに目で動揺していた。

 この世界でそんなことを公言してのける人間など今までお目にかかったことがないからだ。


 訓練兵たちのざわめきを無視してメイナードは続ける。


「俺たちの使命は紛れ込んだ役立たずを刈り取ることだ! 愛する中隊の害虫をな! わかったか、ウジ虫ども! 貴様らのようなクズどもがこのアルスメラルダ公爵領の遊撃兵であるならこの地は遠からぬうちに終わりだ。俺たちはこの国の市民になるんじゃなかったと後悔するだろう」


 そこでメイナードは立ち止まり直立不動の姿勢となって訓練兵たちを見据える。


「だが、そんなことにはさせん! 俺は国のために貴様らを鍛える! 貴様らが泣いたり笑ったりできなくなるまでシゴいてシゴいて、ブラ下げた竿から何も出なくなるまでシゴき抜いてやる。覚悟しておけ! 泣き言は許さん。落伍も許さん。仲間を見捨てることも許さん。この中隊に入ると決めたからには死ぬかまっとうな兵士になるかのどちらかひとつだ。あるいは両方かもしれん。今ここで覚悟を決めろ!!いいか!!」


「「「サー、イエッサー!」」」


「声が小さい! どうした、ビビってタマを落としたか!! もっと腹の底から声を出せ!!」


「「「サー、イエッサー!!!!」」」


 そこで手当をしているキャロラインを見ると静かに首を縦に振った。三人とも特に異常は見られないようだ。


「よろしい。かかってきた三名、身体に問題はないな? ミラー少尉セカンド・ルテナント殿に礼を述べて列に戻れ! もし急に調子が悪くなった時には申告しろ」


 三人は素直に元の場所へと戻っていく。


「それとボケっと突っ立っていたお嬢様がたもよく聞け! 少尉殿をはじめとして女性士官もいるが、貴様らの身体がヘバって無様にくたばらないか管理してくださる医者であり教官であり姉にしてそして母だ! だが、同時にアンゴールとの戦で敵の猛者を数十人と倒していた兵士でもある! なんなら崇めてもいい!」


 訓練兵たちの女性陣を見る目が変わった。


「その空っぽの頭でもわかっているとは思うが、くれぐれも失礼のないように振る舞え! 女と侮ることもマスをカくことも許さん! もしも妙な真似をした日には二度と泣いたり笑ったりできなくしてやる! あるいは地獄に落としてくれと自ら叫ぶことになる! わかったか!?」


「「「サー、イエッサー!!!」」」


「……それではまず基礎体力を測るために走り込みから始める。全員、隊列そのままに駆け足用意――—―走れ!」


 この世界で二度目となる新兵訓練ブートキャンプが始まった。

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