第4章~お嬢様、国と領地をシゴくってよ!~
第93話 伝説は始まる
「おはようございます。公爵領軍退役下士官6名、ただいま到着いたしました」
“訓練開始”を3日前に控えた日、40過ぎと見られる男たちが訪ねてきた。
とはいっても公爵家屋敷にではない。領地の北方に作られた例の訓練施設だ。
名乗りもまた実にシンプルで、育った世界は異なれども軍人の匂いを感じさせる口上に思わずアベルはニヤリとしそうになる。
「ご苦労様です、みなさん。まずは座ってくれますか。キャリー少尉、彼らに飲み物を頼む」
まずは丁寧に応じ出迎えるアベル。それを見た男たちがわずかではあるが、意外そうな顔を浮かべた。
伯爵家の次男坊と聞いていたものの、ずいぶんと腰が低い。
貴族が領軍とは別で私兵を鍛えるというから何の道楽かと思ったが、これならば案外まともな仕事ができるかもしれない。そう予感させるものだった。
「はい、少佐殿」
素早く応じた女性――――軍医を務めるキャロラインが食堂へ向かっていく。
すでに訓練教官およびその補助にあたる海兵隊メンバーは数日前から現地入りしており、建築が進められていた兵舎の総仕上げにあたっていた。これには既存のみならず“新たな仲間”が大いに活躍してくれている。
主には『海兵隊支援機能』を使って訓練生分のパイプベッドなどを用意し、また調理場やシャワールームに必要な設備を備え付けていく感じで、この世界の基準で見れば凄まじく設備の整った施設となっている。領軍の兵士だってこんな待遇には程遠いのだ。
地球では硬いスプリングのベッドと文句が出るだろうが、板の上に申し訳程度の藁を積んだベッドとは比較になるはずもない。
食堂の調理場には各地から取り寄せた炎の魔道具を使っており、大規模な煮炊きが容易になっている。
訓練の一環として火起こしなどをさせてもいいのだろうが、日常的に行わせるのは時間の無駄だと海兵隊メンバーは判断していた。
そんなものは野外演習などの際に適宜覚えさせればいい。なによりも食事の質が兵士の質を上げる。
何事も無駄は極力省き、まずは
「まずは簡単に自己紹介といきましょう」
会議室で席に着いた面々が簡単に名乗っていく。
アベルを筆頭にレジーナ、エイドリアン、キャロライン――――そして新たに加わったのがメイナード・ヘインズ
先任組については割愛するが、メイナードは訓練部隊の教官経験が豊富にあり、海兵隊士官組の付け焼刃式ではなく本格的な訓練を施すための教官として召喚していた。実戦部隊への復帰を望んで今回の召喚対象となったらしい。
ふたり目のサイラスは戦闘工兵中隊出身で、部隊に必要な設備を含む諸々のサポートを主任務として、その他では車両の簡単な保守などもやってもらう予定だ。
最後、支援部隊所属のジェフリーには厨房を担当してもらう。100人超の食事を作るのは容易ではないが、そこは支援小隊に同じく退役兵士をつけるのでオーバーワークとはならないだろう。
「――――では、我らの兵団に着任するため、早速指揮下に入ってもらいたい。諸君ら退役士官に頼みたいのは新兵訓練に際して、我々の補助をしてもらうことだ。概要だが――――」
想定している訓練の内容と、新たに取り入れる地球式の階級についてもなるべくわかりやすいように説明する。
「なるほど、だいたいはわかりました。しばらくは戸惑うかもしれませんが大丈夫だと思います」
「中核を担う彼らは王国の軍出身ではないため、細かいしきたりを知らない。そこはお互いさまだ」
あらかじめ海兵隊メンバーがこの国の人間でないこともきちんと明かしておく。
そうでなければ「これくらいはわかっているだろう」との誤解から齟齬が発生するためだ。
説明を聞く退役下士官たちだが、彼らの表情に余所者に対する侮蔑などは存在していなかった。
兵士としての質は顔と言動を見ればわかる。
これはどの国でも――――いや、世界が変わっても共通の認識であるらしく、すでに自己紹介における叩けば響くようなキレの良さを見て、ある種の“仲間意識”が芽生え始めているようだった。
実にシンプルで助かる。
公爵家の権力を使って、あるいは海兵隊の実力を見せつけて従わせるような手間を必要としなかったのは非常にありがたい。公爵領軍の質が悪くないことの証左でもある。
存外悪くない空気だとアベルは内心で安堵の溜め息を吐いた。
「その分、先ほど説明したように特殊なやり方で新兵を鍛えるつもりだ」
退役下士官たちが頷く。
「もちろん、その許可も公爵閣下より受けているが、領軍のやり方を知る元士官の諸君らには必要な補完をしてもらいたい。基本的には我々の指示に従ってもらうが、どんどん提案はしてくれ。できるだけ受け入れたいと思う。質問は?」
「事前に候補者リストを拝見しましたが、ヒト、エルフ、ドワーフ、獣人も混ざっているのはどうしてでしょうか?」
「エッカルト
「単純に効率を考えての発言です、少佐殿」
真っ向から向けられるアベルの鋭い視線を受けても、エッカルト伍長は一切動じなかった。迷信じみた種族差別からくるものではないようだ。
アベルは視線で続きを促す。
「仮に部隊の編成に必要な人数を確保するためだとしても、異なる種族が入り乱れて訓練をしては内部での対立につながる可能性が高いです。これはいささか非効率ではないでしょうか?」
「もっともな意見だ。しかし、それもまた狙いのひとつではある。対立までは許さんが、対抗心――――競うことで士気を上げる。今まではヒトばかりに目を向けていたが、彼ら異種族には得意な分野がある。そこを伸ばしてやればより精強な部隊が出来上がるだろう」
「フム……。なかなか面白い試みかもしれませんね。それに王都にろくに人材を集められない道楽だと油断させることもできる」
公爵領が抱えている問題を知っていることまでを含め、エッカルト伍長はなかなか聡いらしい。アベルは肯定も否定もせず曖昧に微笑んでおくに留めた。
「少佐殿、訓練中は方針に従う以外は自由に動いていいのでしょうか?」
続いて新たにトビアス伍長が手を挙げ質問を投げかけてきた。
「もちろんだ。どんどんやってもらいたいし、新兵たちにも栄光ある公爵領軍で培った経験から的確な“アドバイス”をしていただきたい」
アベルの冗談――――言葉に含まれた意図を察した伍長たちが笑う。
「公爵閣下および領主代行となられたアリシア様は徹底的に厳しくやれと言われた」
一同を
「……しかし、無闇やたらにシゴいて潰してしまうことまでは望んでおられない。彼らもまた領民なのだから。逆に言えば、潰れない範囲なら好きにやっていい。もちろん給金についても貴官らにはきちんと報いるつもりだ」
話を聞く伍長たちの瞳にはすでに熱意がみなぎっていた。
彼らは古参の兵士、それも叩き上げだ。生まれや運によって一代限りの騎士爵になれなかった悔しさをその身に抱えている。
ならば、そこを上手く刺激してやれば最高の教官に化ける可能性を秘めている。
ただ食いっぱぐれないだけではダメだ。
これから兵士になる訓練兵たちもそうだが、今までよりも、あるいは領軍に入るよりもメリットがなければキツい訓練を施される場所に定着はしない。
とはいえ、この世界で“安定”ほど求めてやまないものはなかった。それが得られるとわかれば自ずと成果を出してくれるだろう。そう確信している。
「さて、簡単だが話はここまでだ。諸君、せっかくだ。今日は一緒に食事をとろうと思うがどうだろう?」
「了解しました。ご一緒させていただきます」
代表するようにトビアス伍長が答えた。
「ありがとう。それでは食堂に行こう。ダウランド二等軍曹、用意を頼む」
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