第82話 有朋自遠方来、不亦楽乎
素の状態になったアリシアと少女――――シャルリーヌ・アルス・ルメルシエ。
何度も繰り返すが、彼女はアリシアの数少ない学園での友人だ。
王国中東部にあるルメルシエ伯爵家の令嬢にして穏やかな美貌を持つシャルリーヌは、身長も160㎝に届かないほどと高くはなく、すこし垂れ下がった目尻と相まって全体的に愛嬌のある雰囲気を発している。
アリシアとしては、自分の顔と長身の組み合わせが周囲にキツめな印象を与えていると思っているため、すこしでいいから彼女のように柔らかな印象になりたいと思っていた時期があった。
その願望は今も完全になくなったわけではないが、以前と比べればずっと少なくなった。
――それでもいいと受け入れてくれる人がいるから。
アリシア本人はそう思っている。
「ええ、本当に。アリシアも元気、そうで……なによりだわ……」
シャルリーヌの感極まったような声も長くは続かなかった。
座るアリシアを正面からまじまじと見た伯爵令嬢の言葉は、後半部分でどのような単語を口にすべきか迷うような、そんな微妙な間が発生していた。
アリシアにはそれがある種の配慮――――シャルリーヌが口にした言葉を額面通りに受け取るべきではないと理解した。
「ねぇ、アリシア……。なんかずいぶん“健康的”になっていない?」
シャルリーヌとしては、最大限に選んだ言葉がこれだった。
アリシアを含めて彼女の周りにいる者たちは普段から彼女を見ているためなんとも思わないのだろうが、夏以降から一年も経たぬうちに大きな変貌を遂げたアリシアを久し振りに見たシャルリーヌとしては別人を見た気分だ。
「ええ……。ちょっと……身体を動かし過ぎたかもしれないわね……」
シャルリーヌのどうコメントするべきか悩んでいる視線を受け、思い当たるフシのあるアリシアは遠く――――窓の外を見る。
「たしかに去年の夏くらいからちょっと変わったように思ってたけど……」
友人として気付くのがいささか遅い気もするが、思えば年末くらいの時点でも、アリシアの身体は明らかに学園の同級生たちよりも圧倒的に引き締まっていた。
元々ふわっとした衣装が多く身体つきがどうのなどというのは、一見してはわからない世界ではある。
しかし、それでもアリシアの場合は「綺麗なんだから自信を持っていけばいいのよ!」な姉貴肌を発揮したレジーナと、それに微妙に乗せられている感のあったラウラからの「アリシア様ならいけます!」という謎の後押しを受け、ともすれば大胆ともとられかねないタイトな衣装を使ってみたりもしていた。
「人間、鍛えてみると結構変わるものなのよね……」
その大胆なイメチェンのおかげで、男子生徒からはなんとも言えぬ視線と、女子生徒からは妖しい視線が増えたものである。
アリシアとしてはあまり思い出したく無い記憶だった。
「そういえば、風の噂で聞いたけれど、春から領主代行をやるんですって?」
友人の表情があまり優れないのを見て、このまま会話を続けるのは良くないと判断したのかシャルリーヌが話題を変える。
「……ずいぶんとまぁ、どこでもお構いなしに吹く風だこと」
もう噂が流れているのかとアリシアは小さく溜め息を吐き出した。
彼女としても、自分から貴族世界の異端者街道を爆走したいとは思っていないため、素直に友人の気遣いへ乗ることにした。
「ふふ、貴族なんてそんな生き物よ。他人の足を引っ張ることばかりは達者だもの」
不意に薄く笑ったシャルリーヌが口にした言葉。
そこには、あまり他人を悪し様に言うことのない彼女にしては感情が込められているように感じられた。
「それに見事に引っかかったわたしとしては、耳が痛くなってくるわね……」
しかし、アリシアは反射的に言葉を返してしまい、シャルリーヌに訊ねる機会を失う。
「アリシア……」
話の振り方を間違えたとシャルリーヌはわずかに顔を歪める。
「ごめんなさい、他意があるわけじゃないのよ。今となっては良かったと思っているくらいだわ」
「そこまで思い切れるものなの?」
「べつに婚約破棄されたくらいでは公爵家の身代は傾かない。それを自分の嫉妬心で誤魔化して危うくすべてを失うところだった。この程度で済んだのはむしろ
軽く両手を掲げてアリシアは「はい、この話はおしまい」とばかりに手をヒラヒラを振る。
貴族令嬢のするような行為ではなかったが、その飾らない仕草がシャルリーヌにはかえって救いとなる。
「もう、平気なの?」
「ええ、今はそんなことなんか考えている暇もないわ。それで、シャーリー。今日はわざわざ旧交を温めにここまで来たの?」
単刀直入にアリシアは訊ねる。
もうちょっとで学園も卒業だ。
ルメルシエ侯爵家の領地は王国東部とは言っても、実は王都のすぐ近くなのでアルスメラルダ公爵家の領地とはそれほど遠くはない。
しかし、それでも今の時期に領地をあえて訪ねてくるなんてと思う部分がなくもなかった。
「それ以外にあるなんて思う? ……と言いきれないのが貴族の宿命よね。でも会いに来たのは本当よ」
「ふふ。相手の行動に対して、ついつい勘ぐってしまうのは貴族の悪い癖ね」
シャルリーヌの言葉に、アリシアは薄く笑って答える。
そこからは使用人が運んできた紅茶と茶菓子を楽しみながら互いの近況を語り合った。
アリシアは自分の周りのことで海兵隊のことなどを除いた口にしても問題のない部分を中心に話をしていく。
一方、シャルリーヌの方は――――。
今のところ婚約者は決まっていないこと、王都では第二王子の派閥が幅を利かせ始めていること、
はっきり言ってしまうといい話はほとんどなかった。
「……それにしてもアリシアはすごいわ。領主代行だもの。わたしたちの年代でそんなことになった人間はいないわ」
あまりいい話がないことを気にしたのか、シャルリーヌは話題を変えた。
露骨というわけではないが、その場の空気を見てこうした配慮ができるシャルリーヌに婚約者ができないのは世の男たちは見る目がないと嘆きたくなってしまう。
「そんなこと。お父様が婚約者のいない娘を気遣ってくださっただけよ」
「そうかしら? そんな理由でクラウス様が甘いことをなさるとは思えないけれど。……でも、そうなってくると街に出かけるのも大変そうね。あ、代行でもお小遣いとかちゃんともらえるのかしら?」
悪戯っぽく笑うシャルリーヌ。
しかし、ここでアリシアの“悪い癖”が出た。
「領主代行のお小遣い? そんなものないわよ? だから、定期的に領内の盗賊を狩っているの」
「盗賊狩り」
予期せぬ言葉に、シャルリーヌの目が点になった。
あらためて説明する必要もないだろうが、アリシアは定期的に海兵隊チームを率い、訓練も兼ねて山へと入って行って、そこに潜む盗賊たちを殲滅していた。
盗賊たちをいくら山の肥料にしたところで、治安が良くなる以外ではこの世界へは何の影響も与えない。
それを幸いとしたアリシアたちにより、彼らは地球製の銃火器で何がなんだかわからないうちに蹂躙され文字通りこの世から消滅していくのだった。
「連中、結構溜め込んでいるのよねぇ。カツアゲのしがいがあるってものだわ」
「カツアゲ」
戦など都合のいい絵物語でしか知らないような伯爵令嬢にはあまりにも刺激が強い話だった。
もちろん、アリシアにもそのあたりの思慮分別はある。
不幸にも公爵領に流れ着いた盗賊たちが、いったいどのような末路を辿ったかには友人の許容量を越えてしまうと判断し、事細かに語ることはしなかった。
たとえ、盗賊狩りを口にした時点で手遅れ気味だったとしても、その判断だけは間違いなく正解だった。
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