第78話 もうひとつの未来へ


 空腹が命じるままに、アリシアたちは目の前の食事に集中していく。


「ん、これは美味いなぁ!」

「まさか街にこんな店があるなんて、知らなかったな」

「ええ。しっかりと調理に手間暇をかけているわね。うちのシェフにも作らせてみようかしら」

「あー、酒が欲しくなるわー」

「同感です。不思議と癖になる味をしていますね。地球にはなかったハーブかも」

「にんじんきらーい」

「キャリー、子どもじゃないんだから……」


 思い思いの言葉が飛び交う中、香辛料の風味が存分に活かされた料理に、アリシアたちの手はついつい進んでしまう。

 焦げ付かないように注意しつつも、じっくり焼かれたことで味付けが馴染んでおり、加熱の過程で適度に抜かれた脂が異国風の香りと調和して深みのある味わいを生み出していた。


「さて……」


 皆が食べ終わったところで、持参していたハンカチで口元を拭い終えたアリシアが口を開いた。


「話はさっきの件に戻るけれど、今回ギルドの協力を取り付けられたのはやっぱり大きいわね。これで領軍から人材を引き抜くようなことはしないで済むわ」


 領主代行になったからと、いきなり領軍に手を出すのは危険だ。

 いかにそのようなをアリシア持っていなくても、第二王子に婚約破棄された恨みを抱えているとされれば、王都方面に潜む連中に要らぬ警戒感を抱かれかねない。


 そのため、精強で知られる公爵領軍を中心とした王国西部方面軍からの引き抜きは避けたかったのだ。


「ええ。ですが、訓練は別としても、やはり運用上はある程度協力してくれる者が必要になると思います。我々は近現代的な戦争のやり方は知っていますが、この世界の軍の運用を参考にするのであれば、やはりそれに詳しい人間がいた方がいいでしょう」


 アベルが同意と並べて提案を口にする。

 さすがに私兵集団を作ると言っても、いきなり海兵隊メンバーのように異世界の武器を渡すわけにはいかない。

 言葉は悪いが、この世界はまだそこまでの文明を得ていないのだ。


「会戦に引っ張り出すことを前提にはしていないので、ある程度の調練はこちらでもできますが、それでも我々が剣や槍、はたまた弓の扱いを教えるのは……」


「そうね。さすがに“海兵隊支援機能”に頼るのは危険だものね……」


 アリシアの言葉を受け、アベルは考える。


 剣と弓矢、そしてたまに魔法で戦いをしている世界に近現代の地球製銃火器を広めるのは大きなリスクを伴う。

 地球でも、アフリカの部族間抗争でそれまで弓矢で戦っていたために限定的な死傷者で済んでいたものが、自動小銃カラシニコフの流入により大量の死者を生み出すまで激化したような事態を、この世界でも引き起こす恐れもあるためだ。


 文明レベルの発展に応じて適切な段階を踏んでいかなければ、思わぬ落とし穴にはまることとなる。

 だからこそ、先のアンゴールとの戦いでも現代兵器を使うのは海兵隊メンバーのみにとどめていたのだ。


 もちろん、製鉄の技術などを伝える時点でそこについても考えてはいるため、順次火縄銃マッチロックガンのような原始的な銃火器を製造することにはなるだろう。

 血で血を洗う争いの歴史をこの世界でも繰り返す可能性は低くない。


 しかし、自分たちが生き残るためには、敵が持っていない武器や兵器などの明確なアドバンテージが必要なのだ。

 欺瞞に過ぎないことは理解している。


 とはいえ、もしもそれが許されないことであるならば、なぜ海兵隊じぶんたちはこの世界に呼ばれたのだろうか。


 ――――やめだ。今考えることじゃない。


 もっとも……とアベルは続ける。

 今の段階では領軍に匹敵する練度の部隊を創設することが第一目的であって、そのような大規模な話にはなっていない。

 自分自身を誤魔化すようですこし釈然としない思いは残ったが、やはり今は目の前の会話に集中しておきたかった。


「なら、そこは領軍を引退しようと考えている士官を引っ張って来ればいいでしょう。引継ぎさえできれば影響は最小限で済むわ」


「なるほど。領内の雇用形態の改善も狙っているわけですね?」


 クリフォードの問いにアリシアは小さく頷く。


 兵士に一定の水準を求めるならば、どうしても身体能力が衰える年配の人間は退役させざるを得ない。

 もちろん、この世界では平均寿命自体が短いため、衰えるといっても老人ほどではなく多くは40代に入ったくらいのイメージだ。

 しかし、その後は気持ちばかりの年金が支給されるだけのため、生活水準はかなり低くなってしまう。


 世代交代で稼ぎ頭が子どもに移っていればいいものの、それでも領内を富ませるためには彼ら年配世代へもある程度金が回る仕組みを作っておきたい。

 そうすれば、将来公爵領が発展した際、孫などへの高等教育を受けさせてみようという気が起きる可能性もあるからだ。


「一時的に財政上の負荷がかかるけれど、それは今後の内政でカバーできるはずよ。公爵家うちがアンゴールとの交易を独占しているだけでも、かなりの利益が見込めると試算が出ているわ」


「たしかに、退役者を私兵集団に引っ張らなくても、増えつつある倉庫の警備とか街の警邏とか、なにかしら経験を活かした仕事はできそうですね」


「そうよ。はっきり言って、この領地の治安は悪くないわ。なのに、街に潜在的に戦える戦力を多く残しておくのは無駄でしかないもの」


 逆に、今から動いておかなければ確実にオーバーフローしてしまうし、そこへ犯罪組織が食い込もうとすれば面倒なことになる。


 もちろん、クリンゲルの街にも娼館の並ぶスラムに近いエリアはある。

 治安はお世辞にもいいとは言えないが、そこを束ねている犯罪組織が秩序を保っていた。

 彼らがある種の必要悪であることはアリシアも理解はしているが、だからといってそれ以上の跳梁を許すつもりはない。


 ――――いずれ、折を見て元締めとも“お話”する必要があるでしょうね。


「だから、冒険者の仕事を奪ったと言われないように面倒を見るわけですね。いや、そこまで考えておられるとは」


「適材適所。どうやったらみんなにお金が回るか考えているだけよ。そうすれば税収も増えるしね。そもそも、軍や冒険者が貧困層の受け皿――――それもごく一部しかカバーできていない時点で根本的になにかがおかしいのよ」


 アリシアから出た言葉は、まさしく近代国家へと進む道を見据えていた。


 この世界では、主に貧困が理由で教育を受けられず、その日暮らしの仕事で糊口をしのがねばならない人間はけして少なくない。


 近代国家であればこの受け皿として徴兵が存在するのだが、残念ながらこの世界はそこまでの大規模戦闘を行う際、常に兵力を用意――――つまるところの常備軍を整備しておき、有事の際に派遣するようにはできていない。

 それは徴兵制度の利点――――“軍隊に対する安定的な人材の確保が長期にわたって容易”という部分を諸国家が必要としていないからだ。


 財政に大きな負担がかかるというデメリットも然ることながら、長期間の訓練をいち兵士にまで施す必要性がないのだ。

 実際、単純に槍を振るう兵力を用意するだけであれば強制徴募で事足りる。

 コストをかけていないため、負けなければいくら死んでも関係ないくらいに考えている貴族もいるほどだ。


 また、それ以上の問題として、貴族に指揮できる範囲を越える数および素質を持った平民の流入を避けていることもある。


 これは軍の上層部が上級貴族出身者によって固められており、幹部クラスであっても中級か下級貴族が大半を占めているため、平民が軍人として活躍する土壌が存在していないのだ。


 しかし、それも“ある技術”が確立されれば大きく変わる可能性がある。


 ――――焦る必要はないけど、そうなった場合に自分たちが取り残されないようにしないといけないわね。


「軍の規模が大きくなれば、士官も貴族だけじゃいられない。すぐにどうにかなる話じゃないけれど、そのモデルケースくらい今のうちに作っておかないとね。もっとも、それ以上にわたしはこの領地を豊かにしてみせるわ」


 海兵隊の面々を見ながら語るアリシアの瞳には強い意志の輝きがあった。


 これは復讐ではない。

 ただただ自分を未来の王妃の座から蹴落とした者たちを潰すなんて、そんなセコいことをアリシアは考えない。


 相手にする必要もない連中とは適度な距離を置き、自分たちで勝手に幸せになってしまえばそれでいいのだ。

 当然、それを邪魔する連中を蹴散らすための力も疎かにはしない。


 だから、アリシアはそんな未来を引き寄せるためにここで宣言する。


「さぁ、これから忙しくなるわよ!」




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