第74話 Arrivano i Marines 後編


「……あ、もしかしてわたしも喋っていい感じですか?」


 そこで場違いにも思われそうな明るい声が放たれる。

 自分が喋る番で大丈夫と不安に思ったのか、ひとりの若い女性が周りを見回していた。


「ああ、許可する。今は作戦行動中でもない。遠慮はしなくていいぞ、ミラー少尉」


 この場の最上位となるリチャードが発現を促すと、場の空気と女性の表情が幾分か和らぐ。


「えっと、わたしはキャロライン。キャロライン・ミラー少尉です」


 明るい声色で語り始めた金髪ボブカットの女性はキャロライン・ミラー少尉。

 第3海兵遠征軍所属、第3海兵兵站群第3医療大隊司令部中隊の軍医だ。


 彼女は一流大学の医学部を卒業し、外科医として病院勤務を経験したのち海兵隊に入隊。薬学修士課程も修了しており毒物などの知識にも明るい才女である。

 この世界での衛生改善および味方が負傷した際の治療を担当してもらうため召喚されていた。

 年齢が若いこともあるが、加えて身長も158㎝と欧米人としてはそれほど高くはない。

 それもあってか、部隊ではマスコット的な扱いを受けていたらしい。

 見た目は地球時代と変わってはいないようだが、そもそも彼女はなぜか外見年齢がここ数年変化していないらしく、肉体年齢のみがエイドリアンとレジーナ同様に若返っている可能性があった。


 そんな彼女の肉体の神秘についてはさておき、今回召喚の人選に入った理由は、やはり持ち前の明るい性格が大きく関係していた。


「正直まだちょっと混乱していますが、これだけのものを見せられたら納得するしかなさそうですね」


 見知らぬ世界へ呼び出された不安はあるはずなのに、彼女はそれを口に出そうともしない。

 だからこそ、他のメンバーもキャロラインの“虚勢”に乗った形の態度と言葉を返す。


「戦うだけじゃなく普通に生活するのにだって医療は欠かせないものだからな」


「そうそう。誰かさんが変な病気を貰ってこないとも限らないしね」


「誰のことだよ、レジーナ」


「あら、わたしはスミス中尉のことだなんてひとことも言ってないわよ?」


 ある意味では先任となるエイドリアンとレジーナが率先して軽口を叩いていく。

 不安はあっても仲間がいることですこしでもそれが軽減されれば……。そんな配慮からだとアベルは悟った。


「あはは。医療技術を世界に広げろと言われたら困りますけど、せっかくこんな誰も経験できなさそうな機会にお呼びいただいたんです。チームのために頑張りますよ。あ、わたしのことはキャリーと呼んでくださいね」


「ええ。よろしく、キャリー」


 言葉を発するアリシアの表情は自然とほこんでいた。

 困惑しているであろうに、アベルたちの配慮を感じ取って気丈に挨拶をこなしたキャロラインの性格を好ましいと感じたのもある。


 もちろん、それだけではない。

 ラウラを除けばレジーナしかいなかった女性メンバーが増えたことがアリシアにとって純粋に喜ばしかったのだ。

 アベルの決定に文句を言うつもりはなかったが、もしも同じ能力を持っているのであれば、やはり同性の方が心強く感じられるのは仕方のないことだろう。


 けしてアリシアが公爵家令嬢という立場のせいで、学園では周囲が遠慮し過ぎて友達がほとんどいなかったからではない。


「この世界は流行り病なんかで多くの人が命を落とすこともあるわ。そうした犠牲者があなたの力ですこしでも減らせばいいと思っているの」


「流行り――――あぁ、伝染病ですか……。設備さえあればある程度はわかると思いますが、まずは途上国支援プログラムを参考に衛生の改善から始めたいと思います」


 得意分野の話を振ることで、キャロラインの表情が真剣なものへと変わる。

 思考に没頭しかけたところで、次は自分の番かと判断した男が口を開いていく。


「それでは私からも。クリフォード・ジョンソン少尉であります。フォースリーコンの噂はかねがね……」


 続いてエイドリアンと同年代かやや下くらいの男が口を開く。

 彼も少尉とはいえひどく若く見える。おそらく先のメンバー同様に肉体年齢が書き換えられているのだろう。


 クリフォード・ジョンソン少尉。

 第3海兵遠征軍司令部群 第3情報大隊司令部中隊に所属しており、入隊からずっと情報畑で数々の軍事作戦に派遣され、“実戦経験”も十分な水準に達している。

 茶色がかった髪に緩やかな弧を描く瞳が柔和に見せる顔立ち。180㎝をこえる長身と細い身体つきから、一見すると軍人には見えず頼りなく思われそうではあるが、よく見れば身のこなしにまるで隙がない。

 アベルとしては、PDAの人員リスト内に書かれていた「情報を扱うがゆえに侮られるようあえて見せている」という評価も頷けるものだった。


「ジョンソン少尉は情報戦のプロだ。入ってくる情報の分析や作戦に対する助言などをやってもらうことになるだろう」


「情報の重要性は地球に勝ることこそあれど劣ることはないと考えています。戦闘はそれほど得意ではありませんが、適宜任務を与えてもらえると嬉しいです」


 アベルの補足を受け、クリフォードは穏やかな口調でそう語った。


「現地要員はいずれ要求するつもりだが、それまでは仕事を上手く回してもらうしかないだろうな。ジョンソン少尉には私の補佐も頼みたい。少佐もそれでいいな?」


 言われるまでもなく、アベルは彼には各国および国内勢力の分析を、必要であるなら作戦の計画立案まで担当してもらうつもりだった。

 リチャードの言うとおり、クリフォードはある意味ではもっとも近くで将官をサポートする役目を負うとも言える。


 彼にはそれなりの負担をかけることにはなるが、現状の人員ではそれしか選択肢がないのもまた事実だった。


「いいねぇ。なんとも軍隊らしくなってきたじゃないですか」


 やはり“お仲間”が増えたことは嬉しいのか、エイドリアンの声はいつもにも増して明るく感じられた。

 あるいは、自分の活躍できる場がより増えるという期待からなのかもしれないが。


「最低限の作戦能力を得るにもまだまだ人手は足りんがな。だが、それでも前線要員だけで戦えると勘違いした愚か者がいなかったのは将官の端くれとしては喜ぶべきことだよ」


 部下の軽口に応えるリチャードの言葉には、今回アベルが下した決断への評価も含まれていた。

 そして、リチャードはけして世辞を好む類の人間ではない。


「ええ、おかげさまで色々と動けそうです。少将には手間をおかけすることにはなるでしょうが……」


 きっとあとであれが足りないこれが足りないと指摘されるんだろうがな……とアベルは今の時点から不安を覚え苦笑を浮かべそうになるが、それでも今回の選択は間違いではないと確信できる。


「手間? 大いに結構。ひとりでなんでもやれると思われるよりも万倍な。必要な局面では仲間を頼れ。そこには部下も上官もない。我々みんなで海兵隊なんだ」


 リチャードがアベルを正面から見据えて言うと、周囲のメンバーもそれぞれに頷いて見せた。

 この世界の人間であるアリシアですら同種の表情を浮かべていた。


 それらを見たアベルは救われたような思いになる。


「ええ、海兵隊は勝利をものにすることでしょう」


 王都から時折聞こえてくる第二王子派台頭の噂を受け、アベルたち先任組は不測の事態に備えるべく本格的な戦力の拡充を図るべきかと考えた。

 しかし、現状アベルを含む地球組だけでは“戦うことしかできない”というある種の限界を感じていたため、枠が増えた派兵機能を今回は前線要員ではなく後方支援をこなせる人員の召喚に使用したのだ。


「さて諸君。街を歩きながらの自己紹介とはこれまた斬新な流れになったのは否めないが、まぁ結果的に初対面同士の微妙な空気はなんとかできたようだな」 


 年長者の余裕なのかリチャードがまとめるようにうそぶくと、それぞれの表情に自然と笑みが浮かんでいく。


 ――――自分だけではこういったやり方はできなかっただろうな。


 アベルは早くも召喚の効果が表れ始めていることを実感していた。





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