第71話 燃えろイイ女


「弓勝負って、いったいどうするつもりなのよ、あんた! わたしたちはロビンフッドじゃないのよ!? 安請け合いなんかして!」


 “ファーン”とスベエルクが去っていった後、当然のごとくレジーナが怒り出した。

 頭痛を堪えるように、額へと片手を当てながら余興などと言い出した元凶エイドリアンに向けて怒鳴り声を上げる。


「うるせぇなぁ、レジーナ。耳元でデカい声出すんじゃねぇよ……」


 エイドリアンは耳の穴に指を入れ、間近で放たれるレジーナの声を遮断するが、それがより一層彼女の怒りを呷る。


「いや、待てレジーナ」


 すっかり頭に血が昇ってしまっているレジーナの肩に、アベルがそっと手を置いて止めに入る。

 見た目は美少年となった上官にそうされて悪い気はしなかったのか、レジーナはほんのわずかに頬を染めて素直に引き下がる。


「むー、アベル。ちょっと距離が近いのではなくて?」


「おっと、これはすみません」


 アベルはレジーナの肩から手を離す。

 、すこしだけ不満そうな表情を浮かべているアリシアとレジーナの姿に苦笑いを浮かべつつ。

 それから彼は指揮官の顔に戻り、部下の真意を確かめるべく視線をエイドリアンへと向けた。


「さて、エイドリアン。ああ言ったからにはちゃんと理由があるんだろう? 説明してくれないか?」


 アベルの問いかけにエイドリアンは小さく頷く。


「……俺たちがやるのは。向こうはこっちの“実力”を知りたがっている。それに応えるだけなんです」


 小さく溜め息を吐き出しながらエイドリアンが答えると、その内容によって全員から疑問の視線が向けられる。


「どういうこと?」


 レジーナが問う。

 続きを促されたエイドリアンは、手にした酒杯を軽く呷ってから言葉を紡いでいく。


が弓を使わないなんて、“ファーン”はとっくの昔に知っていることだ。つまり、向こうが余興にかこつけて見たいのは――――」


「こちらが持つ銃の威力と、表立って敵対することへのリスクを


 わずかに目を細めたアリシアが言葉を引き継いだ。

 その反応を受け、エイドリアンは満足そうな表情で肩にかけたM27 IARへと自らの手を持っていく。


「ええ、そうなります。実際、こいつが魔法の産物なのか工業製品かどうかは“ファーン”としちゃあべつにどうでもいいことでしょう」


 あっさりと語ってのけるエイドリアン。

 彼の表情はすでに“ファーン”の狙いがすべてわかっていると言わんばかりであった。


 それを見て面白くなったのかアリシアも積極的に口を開いていく。


「でも、戦っていない者はその怖さを知らない。あくまでも自分たちの常識の範囲内にあるもので考える」


 アリシアは顎に手をやって考える。


 おそらく、“ファーン”はあの戦いに参加した者をここには連れてきてはいないはずだ。

 なぜなら、海兵隊マリーン――――現代兵器の実力をすでに知っている者よりも、一人でも多くの知らない者に“真実”を見せつけてやりたいと思っているはずだからだ。


「そう、未だ王国――――いや、公爵領と友誼を結ぶことに納得がいっていない兵士もこの宴席にはいるでしょう。そいつらに見せつけてやるにはうってつけの機会になります」


「……なるほど、だんだんあんたの狙いが読めてきたわ。真の狙いがそこにあっても、純然たる弓勝負の形を取らないから、勝っても負けてもそれぞれの言い訳――――いえ、名分が成り立つのね」


 レジーナが小さく唸る。

 彼女もようやくエイドリアンの狙いがわかってきた。


 簡単に言ってしまえば、これから行われるのは“武術”の披露となる。

 もっとも、それは組手だとか試合などの勝負的な要素を含んだものではなく、一種の演武パフォーマンスとして行われるものだ。


 エイドリアンがあの場で“ファーン”の誘いに乗ったのはそういう背景まで読み取っていたからだった。


「まぁな。だが、手を抜いても失礼にあたるし、かといって現代兵器類は俺たちのこの世界で生き残るための切り札だ。あれもこれも見せずに済むのはこの形だよ」


「たしかに、車輌だなんだも手札としては存在しているが、それでも今ここで手の内を晒しきるべきじゃないな」


 話を聞くに留まっていたアベルが鷹揚に頷いて口を開いた。


 示威行動も、いき過ぎれば簡単に恐怖の感情へと変わってしまう。

 4人がかりでL-ATVに乗ってM27 IARをぶっ放す現代兵器式流鏑馬やぶさめや、エイドリアンによる数百メートル先の標的を撃ち抜くような行為は間違いなくやり過ぎとなる。


 相手にこちらを侮らせず、かといって排除すべき脅威と思わせない塩梅が今の時点では求められているのだ。

 おそらく、“ファーン”は


「ええ。だからこそ……俺は射手についてはアリシアお嬢様にやってもらおうかと思ってるんですがね、少佐?」


 その言葉で周りの視線が一気にアリシアへと向けられる。


「……だそうだが、?」


 アベルはここであえて自分の意見は口にせず、アリシアへとエイドリアンからの提案をそのまま投げた。


 従者としての立場で言うなら、公爵令嬢にそんなことをやらせるべきではない。

 だが、同時に海兵隊員であり彼女の理解者でもあるアベルとしては、アリシア本人の意志次第と思っていた。


 アリシアの性格を考えたら、ここでやらないとは言わないだろうが……。


「はぁ……。昨年末にやった一騎打ちといい、どうもここ最近のわたしはこういったイベントに縁があるみたいね……」


 しばらくの間逡巡していたが、アリシアは小さく息を吐き出し、それからすこしだけ困惑したような表情を浮かべる。

 第二王子と婚約していた時代を今さらながらに懐かしんでいることはないにしても、やはり昨年の夏からの劇的な運命の変化を感じているのだろう。


「たしかに責任は重大。だけど、ここで退いたら女が廃るわよね……」


 ……いやいや、そんなことはねぇよ?


 アリシア以外の全員が内心でそう思ったが、さすがにここまでやる気を出している中で水を差すような真似はしなかった。


 もちろん打算もある。


 アリシアが出て行く時点で、何も知らない外野からすれば余興の意味合いがより強まる。

 仮に上手くいかなくても、貴族が儀礼的なパフォーマンスにやったとしてしまえば問題がないのだ。


 だからこそ、この場をアリシアに任せようとしている。

 彼女の存在をアンゴールに見せつけるためにも。


 裏側に含まれたそんな背景を理解したのか、アリシアはゆっくりと息を吐き出し、それから表情を引き締める。


「わかったわ。一発カマして見せましょう。アベル、M-14の用意をお願いできるかしら」


「仰せのままに、お嬢様」

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