第3章~お嬢様、領地の切り盛りやるってよ!~

第64話草原の風


 ヴィクラント王国の最西端ともいうべきフォーレルトゥン砦を過ぎ、丘陵地帯を西に下っていくと、そこには見渡すかぎりの平原が広がっている。


 春の訪れを前にした草原に吹くのは、幾分かの寒さを残しつつも柔らかさを感じる風。

 暖かなと形容するにはまだ時期が早いと言わざるを得ないが、それでもさほど遠くないうちに新たな季節の到来を予感させる風がそこにはあった。


 この草原は一年を通して様々な顔を見せる。


 夏は過ごしやすく冬は寒い。

 雨は少ないながらも空だけはどこまでも青く、わずかな木々と草ばかりが生い茂る――――農業のような定住生活にはまるで適さないこの土地で、家畜を追って暮らす遊牧の民。

 それらの部族の連合を定住の地“武成ブセイ”にてまとめるのが“ファーン”――――アンゴールの王だ。


 普段であれば行き交う人間も滅多に存在しない草原だが、今はそこにいくつかの人影があった。

 降り注ぐ陽光を受けて輝きを放つ金色の髪が三つ。


「ここまで足を踏み入れるのは初めてだが、いい風が吹いているな」


「ええ、これが遠出であれば最高でしたでしょうね」


 停められた馬車を降り、会話を交わしながら草原を静かに進んでいくのは、アルスメラルダ公爵たるクラウスとその妻オーフェリア。

 さらに彼らの愛娘であるアリシアが数メートルほど後ろに続く。


「なんで、あのふたりは緊張感の欠片もないの……?」


「さて……。おそらく踏んでいる場数が違うのでしょう」


 緊張感に包まれたアリシアが信じられないとばかりの声を漏らすと、後方から透き通るようでありながらも意志の強さを感じさせる返事が戻ってくる。

 彼女の背後には、従者を務めるアベルの銀髪が風に揺れていた。


「場数ね……。これじゃ追いつけるのはいつのことやら……」


 嘆息するアリシア。アベルはそっと微笑みかける。


「そう悲観されないでください。止まらない限り、近付くことはできます。まぁ、並大抵の道ではないでしょうけども」


 彼のコバルトブルーの瞳が見据えるのはクラウスとオーフェリアの後ろ姿。

 この世界で第二の人生を歩みつつあるアベルは、トータルで過ごしてきた時間だけなら彼らよりも長いはずだ。

 しかし、生い立ちからが違うのか、あるいはそこからの経験の差なのか、彼にもあそこまでの振舞いはできそうになかった。


「じゃあ、それはも同じなのかしらね?」


 そこでアリシアが首を動かして視線を向けると、アベルの後方にはさらに三人の姿。

 アリシアたちの護衛役としてM27 IARを肩から吊るしたエイドリアンとレジーナに、今は客分として滞在するアンゴールの王子スベエルクがいた。


「どうでしょうね。たしかに銃弾の雨の下はイヤというほど潜り抜けてきたけれど、普通はあそこまで突き抜けられるものではないかな」


「右に同じく。でもまぁ、緊張感もすこしは楽しまないと」


 小さく笑うエイドリアンとレジーナ。


「……すまないな、アリシア殿。まさか私もこうなるなんて思っていなかったんだ」


 一方、海兵隊員マリンコたちと同じように振る舞うことはできず、困ったような笑みを浮かべるスベエルク。

 なにげにこの場でアリシアの次くらいに緊張しているのが彼だった。


 さて、なぜこのような面子が揃いも揃った状態でこの平原に立っているのか。


 それを説明するには時をわずかばかり遡る必要がある。



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