第61話 時空を越えたバカと強襲プロポーズ


 新たな早馬がフォーレルトゥン砦を出発した。その数はふたつ。


 ひとつは後続の公爵領本軍に対して勝利を告げ一部に動員を解除させるためのもの。

 もうひとつは王都にいるクラウスの早期帰還を促すもの。

 このふたつだ。


 砦を巡る戦いに勝利したことで援軍はもはや必要なくなった。速やかに本領軍にかけられた動員を解除しなくてはいけない。

 これと同時に、砦の守備兵の中で死傷した者との交代人員、消費した物資の補給、さらにアンゴール捕虜へ与える食糧などが新たに必要になる。

 それらの手配にまずひとつ。

 

 次に、アンゴールとの戦いには勝利したものの、新たに“ファーン”の血族が捕虜の中にいることが判明し、その人物が公爵家当主クラウスとの“かつてない交渉”を望んでいることを告げるためのもの。

 それがふたつ目だった。


 年の瀬が迫る中、アルスメラルダ公爵家に関わる人々の忙しさが激増しようとしていた。







「はぁ……。お母さまに挨拶に行ったと思ったら戦闘に巻き込まれるし、終わったかと思えば今度は即とんぼ返りだなんて、どれだけせわしないのかしら?」


 領都へと向かう馬車に乗り、窓の外を見ながら頬杖をついたアリシアの口からつぶやきが漏れた。


「すまないな、アリシア殿。我らのまつりごとに巻き込んでしまって」


「あっ……。いえ、殿下。そういうつもりで言ったのでは……」


 戦闘後の気の緩みからか、ついつい心の声が漏れ出てしまったアリシアは慌てて取り繕おうとする。


「よいのだ。妙に畏まられるよりも、忌憚なく話をしてもらえるほうが私としては気が楽だ。私は敗者でありながら、御厚意にって客人として扱いを受けているに過ぎん」


 アリシアの様子を面白そうに眺めて相好を崩しながら、件のアンゴールの王子――――スベエルクはアリシアに向けて微笑みかける。


「そう? じゃあ、さっそくだけど――――」


 スパーン! と小気味いい音が響く。

 アリシアではなく横合いからエイドリアンが口を開こうとして、レジーナに思いきり頭を叩かれたからだ。


「いてぇな! なにするんだよ、レジーナ!」


 突然の凶行を受けて怒り出すエイドリアン。


「アンタどんだけファンタジークラスのバカなのよ!? 王族相手にフランクすぎでしょ!!」


 レジーナの怒りはもっともだった。


 言うまでもないが、ここは二十一世紀の地球とは違う。

 エイドリアンのしでかしたのは、下手な場所でやったら“不敬罪”が適応されること間違いない発言だった。


「なんだよ、本人がいいって言ったじゃねェか!」


 この態度、エイドリアンはおそらく

 狙撃手には必要である度胸があるどころか、それを通り越して頭のネジが飛んでいるのではないか。


 問題なさそうなら、地雷ですら躊躇なく踏み抜きにいくバカ――――それがエイドリアン・スミスだった。


「日本にいたのに“無礼講ブレイコー”って言葉を知らないの? 上司が口では構わないって言っておきながら実際に馴れ馴れしくしたら“村八分ムラハチ”っていう迫害を受けるのよ?」


 レジーナが披露した知識は実際のところかなり偏っているのだが、それを指摘できる人間はこの場には存在しなかった。


 そして、そんなふたりのやりとりを眺めていたスベエルクは突然大きな声を出して笑い始める。


「ははは! 面白いな、貴殿らは。我ら草原の民も身分に関する礼儀はうるさくない方だが、ここまでの人間はなかなかおらぬぞ」


 初めてを見たかのようにはしゃぐスベエルク。


 そりゃこんな人間はこの世界にはいないでしょうね……。


 かねてよりアベルから彼らのぶっ飛び具合について聞いていたアリシアは溜め息を吐き出しそうになる。


「……いえ、彼らがちょっと特殊なんです、殿下」


 額に手を当てて頭痛を堪えながら、アリシアは口を開いた。


「であろうな。王国は身分の上下が厳しいと聞いていた。……まぁ、


 なにかしらの予測は付けているのか、スベエルクは涼しい表情をしていた。


 アリシアは乾いた笑いを放つしかない。

 いくら異界の馬車L-ATVの姿を見せたとはいえ、レジーナやエイドリアンについてまで馬鹿正直に「異世界から来た人間なんです」と答えるわけにもいかない。

 少なくとも、アベルにそのような能力があることは王国内ですら知る者は少ないものなのだから。

 アリシアはひきつった笑いを浮かべながら、なるべく無難無難となるようスベエルクに説明をする。


 いかに護衛として優秀であっても、この世界に不慣れなレジーナとエイドリアンを同じ馬車に乗せたのは失敗だっただろうかとアリシアは早くも後悔の念に襲われていた。


 だが、馬車を分けたとしても結局は案内役を任されたアリシアがスベエルクと同じ馬車に乗らねばならなくなるし、そうなるとなんとも気まずい。

 そもそも、他国の王族――――しかも一騎打ちをした相手に何を話せというのだろうか。


 さすがにこういう経験のないアリシアには少々荷が重い役割だった。


 元々、第二王子ウィリアムと婚約をしていたとはいえ、それは学園内でも付き合いがあり、また国内の人間が相手であったからそれでも良かったのだ。

 公爵家の令嬢として恥ずかしくないだけの礼節も叩き込まれているつもりだが、こんな外交じみたことをやるとなれば話は大きく変わってくる。


 ――――これも領主代行に備えてのことなのかしら。


 ふとそう思ったアリシアだが、それを決めたオーフェリアは、何か話すことがあるとかでアベルを伴って別の馬車に乗っており直接訊くことはできない。


 オーケーオーケー。まずは落ち着きましょう、アリシア。数字を数えるのだと眠くなるから、弾丸の口径を数えて気持ちを落ち着けるのよ。5.56mm×45NATO弾がひとつ、7.62mm×51NATO弾、.300ウィンチェスターマグナム弾がひとつ…………


「して、アリシア殿」


「なんでございましょう、殿下」


 話題を変えようとしたのか、なぜか居住まいを正したスベルクに話しかけられ、営業スマイル気味だがにこやかに応えるアリシア。


「私の嫁に来るつもりはないか?」


 いきなり155㎜榴弾砲を撃ち込まれた気分となった。






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