第60話おおいなるもの、西から


「続けて」


 本来、この場では発言する権限がないに等しいアリシアが口を開くが、オーフェリアはそれを止めることなく続きを促した。


 なにも実の娘だから看過したわけではない。

 これがアリシアなりに考えがあっての行動だとオーフェリアは理解していたからだ。


 それに、彼女はこの戦いにおける第一等戦功者でもある。

 これは少々甘い考えかもしれないが、多少発言するくらいの権利はあるだろう。


「はい。殿下が仰るように、今回のアンゴールの侵攻はと確信できたからです」


 アリシアはスベエルクの言葉に嘘はないと判断していた。


「というのは?」


 オーフェリアはさらに続けるように言う。


「例年の侵攻と比較して数が多かったことでそこにまで至りませんでしたが、いくらアンゴールの都である武成から軍が派遣されてきたとはいえ、その規模は予想される彼らの戦力からすればそれほど大きなものではありませんでした」


 アリシアは淡々と可能性を述べていく。


「つまり、アンゴールの国としてのスタンスは、と考えられます。斥候的な扱いかとも思いましたが、そのような部隊に“ファーン”が長子を派遣するとは到底思えません」


 アリシアから語られる推察を静かに聞いていたスベエルクの表情に興味の色と小さな笑みが浮かんだ。


 少しはお眼鏡に適ったかしら? アリシアは一瞬だけ問うような視線を送ってみた。 


「いや、素晴らしい」


 スベエルクはアリシアに視線を向けながら両手を軽く上げて称賛の意を送った。


 そう、今回のアンゴール軍は、いかに千に届こうかという数の騎馬で構成されていたとはいえ、大出血を覚悟に戦えばこの砦の兵力でも退けられるであろう戦力であった。


 だからこそ、オーフェリアはその真意を掴もうとしていたのだ。


「御令嬢――――アリシア殿のおっしゃるとおりです。あくまでも我々は戦うために来たのではなく、“交渉”のために訪れたのです。は生じてしまいましたが……」


 ここでもスベエルクは素直に認めた。

 アンゴールが、オーフェリアたちを交渉相手として認めているのだ。


 それまで話を聞いていたアベルは合点がいった。あの乙女ゲームの第二王子シナリオで公爵軍が敗れた理由に。


 ゲーム内では明確に戦いがどう推移し勝敗が分かれたかまでは語られていなかったが、少なくともあの戦いにオーフェリアは登場していなかった。


 おそらく、あのシナリオのルートでは内乱の起きた王国を侵攻のチャンスと判断したアンゴールが大軍を率いて西方から攻め入り、公爵軍の多くを釘付けにしたからだ。

 そうでなければ、いくらクラウスを失っていたとはいえ、これだけの精強な兵を擁する公爵軍が簡単に負けてしまうようなことは考えにくい。


 どこに“転換点”があるかわからないものだな、とアベルはある意味で感心していた。


「そこまでは理解いたしました。……ですが、これだけで我々との交渉の理由とするにはまだ弱いですわね。あるとすれば――――、でしょうか?」


 今度ばかりはスベエルクもはっきりと表情を変えた。

 おそらく図星だったのだ。


 はたして、どこまで話すべきか――――そんな逡巡がスベエルクの表情から垣間見えた。


 しかし、その表情も一瞬だけで、スベエルクは少しだけ観念したよう息を吐いてから言葉を発する。


「――――ええ。ヴィクラント王国が聖光印教会などの周辺国を警戒するように、我々も周辺国の存在には大いに関心をはらっています。特にイスペランド帝国とは国境線での小競り合いなどは今やそう珍しいものではなくなりつつある。少なくとも、昔のように部族同士で争ってさえいればよかった時代ではなくなりつつあるのです」


 なるほど、彼らも“近代化”しつつあるわけね。


 壁と同化するように話に耳を傾けていたレジーナはそう判断した。


 この場合の近代化というのは、あくまでも文明レベルをこの世界で先進国と呼ばれる国のもとを基準として、それに近付こうとする行動を表した便宜的な表現だ。


 遊牧民というのは、誤解を恐れずに言えば狩猟民族の系譜からそう大きく外れるものではなく、農耕民族――――定住を選んだ民族と比較して、文化的な発展にどうしても制約がかかる。

 基本的には、馬などを使用して容易に移動させられる範囲、あるいは自分で動くもの――――家畜などでしか財産を持とうとせず、知識を後世へ伝えるための書物などは必要最低限の範囲から外れデッドウェイトとなる。


 もちろん、ある一定の水準まではそれでもかまわない。

 しかし、それが国家と呼べる規模の共同体を形成し、またそれに対して仮想敵となる国家が現れた場合はその限りではなくなってしまう。


 どちらかに覇権主義があったなら、国力の均衡が崩れるとほぼ確実に戦争に突入するからだ。


「帝国のような覇権的な思考を持つ国家――――まぁ、我々も同じようなものではありますが――――彼らと戦えるうちは構いませんが、戦いに使用される魔法であったり兵器の改良により、騎馬兵力を中心としている我々はいつか兵の質で敗北するのではないかと“ファーン”は考えているのです。そして、


 スベエルクの語る“ファーン”の思惑。

 それを聞いていた地球出身者たちは、その先見性に内心で感心していた。


 彼らは二十一世紀までに各国が辿ってきた歴史を知っているため“ファーン”の思考の異質さというか先見性が理解できるのだが、文明の発展によって最初に効率化されていくのは往々にして武器・兵器である。


 この世界に存在する国家間それぞれが、相手を主権国家として認識しているのではなく、“自分より強いか弱いか”くらいでしか判断をしない世界では、支配者同士に縁戚関係でもなければ基本的に食うか食われるかの間柄としかならない。


 そうなってくると、「相手に勝つためには何をしなければいけないか」という思考が生まれてくる。

 それらの中で真っ先に考えられ、そして浮かび上がってくるのが武器や兵器だ。


 敵の侵攻を防ごうと思えば巨大な城壁に囲まれた都市を建造するし、城壁によって侵攻が妨げられるのなら、その城壁を破壊できる攻城槌などの攻城兵器を用意する。

 剣同士で斬り合う被害を軽減させるために槍を用意して長いリーチで敵を殺す。槍が脅威ならば、それすら届かない遠距離から矢を放つ。その次は銃に属するものだろうか? そうして武器や兵器は戦いの中で進化を続けていく。


 もっとも、この世界には魔法が存在するため、地球と同じ武器・兵器の流れを経るとは限らない。


 だが、ここまで地球に近い環境下で、おそらく人間ホモ・サピエンスであろう生物が大きく異なるものを生み出す可能性はそう高いものではない。

 そうレジーナは思う。


 腹が減ってきたな――――。


 一方、エイドリアンはすでに面倒臭くなり、話も半分以上は聞いていなかった。


「そして、同じく帝国を仮想敵としていて、自分たちの国に侵攻してくるだけの余裕のない王国に目を付けたと」


 オーフェリアが付け加えた。


「隠し事なしに言えばそうなります。我々は今現在の目先ではなく、将来を見据えて動かねばならないところに来ているのです」


 もう遊牧民としての生活を続けてさえすればいい時代ではない。

 スベエルクはそう言い切った。


 つまり、ヤバそうな国と張り合うためにどこかの国と同盟を結ぶ、ないしは協力関係を築きたいわけね……。

 アリシアはスベエルク――――アンゴールの思惑を理解した。


「散々略奪を繰り返してきた遊牧民たる私が言うのもおこがましい話ですが、財と違って、知識は奪うものではなく理解しなければならないものです。族長たちの中には遊牧民としての誇りを謳う者もいますが、誇りだけではここまで大きくなった国を将来にわたって維持することはできない。そのための協力関係を結びたいのです」


 その表情に偽りはない。オーフェリアはそう感じた。


 オーフェリアもスベエルクの言わんとすることは理解している。

 覇権主義を掲げている帝国が、今現在の王国に対して不気味なくらいの静けさを保っていることを。


 そうなると、わたしが今回答できる範囲はこれくらいかしらね――――。


 脳内で内容を整理しつつ、オーフェリアはゆっくりと口を開いた。


「正直に申し上げれば、身内の粛正に使われたのはあまりいい気分ではありませんけれど、それをくらいには受け取ってくれるのでしょうか、偉大なる“ファーン”は」


 オーフェリアはスベエルクに向けて微笑みかけた。


 正直、ここでアンゴールの誘いを退けられるだけの余力は公爵家にはない。

 もし今あるとしても、将来的にはなくなるだろう。半年以内には第一王子と第二王子の派閥争いが表面化し、それに巻き込まれることになるはずだ。


 ――――そして、最悪の場合はそこから内乱が起きる。


 今は第二王子派が勢力を伸ばしつつあり、クラウスが第一王子を立てるというのであれば、今回の同盟はその勢力を伸ばすための材料となるだろう。

 背信行為に等しくリスクも小さくはないのだが、そこはアンゴールと正式な国交があるわけでもなく逃げ道はある。


「ええ、間違いなく」


 スベエルクは微笑む。


 王国内の事情、それらすべてを理解してアンゴールも言ってきているのだ。

 ここで同盟を結んで王国内での権力闘争に利用するか、それとも内乱状態に突入して弱ったところをまるごと潰されたいか――――と。


「我らは主に“武”を尊びますが、同時に“信”なくして草原で生きてはいけません。我々を“武”で下しながらも、こうして私に対して寛大な処置をとってくれているあなた方の“信”に、アンゴールは必ずや応えるでしょう」


 とはいえ、向こうも成功させたいのでしょうね。

 オーフェリアはスベエルクからの言葉を受けると同時に確信してもいた。


 一見するとアンゴール優位に見えるかもしれないが、彼らもけっして余裕があるというわけではないのだ。

 王国の内乱によって国力が荒廃すれば、彼らが望む知識を得ることも難しくなるだろうし、アンゴールとしても無傷でそれらを得ることは難しくなる。

 加えて侵略を行えば被占領国となる王国の国民も非協力的になる。今までのように物を奪うだけの戦略とはまた勝手が違うのだ。

 また、仮想敵イスペランドがそんな好機を黙って見過ごしてくれるかどうか。


 最初でちょっとした躓きこそあったものの、あくまでも“ファーン”は可能な限り平穏に進めたいのだ。

 彼らの望む未来を手に入れるために。


 少々まわりくどい方法を使ったと思うが、“ファーン”のメッセンジャーを派遣すること、また強硬論を持った族長たちを納得させる上でも必要だったのだろう。


 アンゴールにこのような変化が起きている。


 この提案に乗れば、少なくとも今の“ファーン”が王位に就いている間は王国――――いや、公爵領の西方の安全が確保できる。

 オーフェリアにとってスベエルクの提案は実に魅力的で抗いがたいものだった。


 この先、王国内に吹くことになる嵐には、ほぼ間違いなく娘のアリシアが関わっていくと確信を持っている。


 それは自分の血を引いているからだけではない。今のアリシアの目を見ていればわかることだ。


 春から任される領主代行の役目。

 その中で、彼女はきっと“守るべきもの”を見つけ出す。

 そうなってしまえば、きっとアリシアはこの国で起こる権力闘争から目を背けることはできなくなるだろう。

 だが、それを理解していてもなお、オーフェリアは領主代行を白紙化させるつもりはない。


 ――――きっとわたしは地獄に落ちるわね。


 そのような運命に愛する娘を巻き込んでいく自分は救いようない存在だとオーフェリアは思う。

 しかし、この国――――領地を守るのがこの地を任された将であり、貴族たる地位を持つ者の役目でもある。


「捕虜の解放、それと殿下の今後につきましては大変申し訳ありませんが、繰り返しになりますが我が夫――――アルスメラルダ公爵と相談をさせていただけますでしょうか。その間の扱いは決して悪いようにはいたしませんので」


「ええ、それで構いません。むしろご配慮痛み入ります、公爵夫人」


 スベエルクは満足気な笑みを見せるのだった。


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