第59話ちょっと戦ってみただけの異邦人


 あまりにもあっさりとスベエルクの言葉を否定してのけたオーフェリア。

 そんな反応を受けて、スベエルクもさすがに眉を上げてしまう。


「こちらの攻撃は派手な音を伴うものでした。先発隊の混乱だけでなく、その後のものも明らかに後続――――殿下の率いる部隊に伝わっていないと考えるのは無理があります」


 クレイモア地雷の十数個におよぶ一斉起爆が生み出した戦場音楽オーケストラが後方へ届いていないはずがない。

 あんなものを知らなかったで済ませられるものだろうか。

 

「…………」


 それがわかっているのか、スベエルクも言葉は返さない。

 かと言って、オーフェリアの言葉を妨げようとする素振りも見受けられなかった。


「しかし、それらを承知の上で殿下たちの部隊は前進してこられた。つまり、“別の目的”があったと見られます。こう言ってはなんですが、“毎年行われている小競り合い”というだけで、指揮官を討ち取られ潰走寸前の味方を救援に来るメリットはない。それに――――」


 ここで一度言葉を切ってスベエルクの瞳を正面から見据えるオーフェリア。いよいよ仕上げに移るつもりなのだろう。


「殿下はご自身のことを『将』と呼んでおられました。この時点で、殿下が最高責任者であることは間違いないと判断いたしました」


 そこまで言うと、オーフェリアは「どうでしょうか?」と問いかけるように視線だけをスベエルクに送った。


「……なるほど、これ以上の腹の探り合いは不要なようですね」


 スベエルクは小さく笑うと小さく肩を竦めた。

 まるでようやく退を終えることができると言わんばかりに。


「御慧眼感服いたしました。……こう言ってしまっては失礼な物言いに聞こえるでしょうが、は我々アンゴールが“新たな道”を歩む上で共に進む価値があると知ることができました」


 スベエルクの笑みが深まる。

 それは先ほどまでの交渉用の笑顔を貼りつけたものではなく、本心からの感情だった。

 

 相好を崩して放たれたスベエルクの言葉に、今度はオーフェリアの顏が一瞬だけ固まる。


 その表情は先ほどまでとほとんど変化のないものではあった。

 だが、わずかに動いた翡翠色の瞳が、思いがけない内容に対する動揺と、そしてスベエルクの言葉をどのように扱うべきか急速に脳内で思考を始めたことを表していた。


「……この期におよんでお試しになるだなんて、殿下も人が悪いですわ」


「そうでしょうか? 公爵夫人にはおよびませんでしょう」


 スベエルクの表情が、どこかいたらずらを成功させたような笑みに代わる。

 その言葉はちょっとした意趣返しのつもりだったのだろう。


「では、あらためて名乗らせていただきたい。私はスベエルク・ウランフール。アンゴールの王“ファーン”の長子にして、武成直轄軍・東方派遣軍司令官の任を賜っております」


 その言葉の意味を理解したオーフェリア、そしてこの場にいる面々は一瞬言葉を途絶させた。

 スベエルクが今回この地へ差し向けられた軍の最高責任者であると認めたからだ。


 ――――では、逆になぜこのように回りくどい手段に出たのか?


 この場にいる全員から向けられる表情。

 その感情を読み取ったのか、スベエルクは居住まいを正して口を開く。


此度こたびの戦いは、先発隊指揮官であるイェスゲイの部族の面子を立てたものですが、それはあくまでも表面的に過ぎません。少なくとも私が命じられたことは、ヴィクラント王国内で起きつつある変化。その渦中に存在するアルスメラルダ公爵家の“強さ”を見極めるためのものだった。少なくとも、父王“ファーン”にはそういった意図があって我々を派遣しています」


 スベエルクの言葉にオーフェリアは内心で唸る。

 略奪しか能がない遊牧民族と侮っていたわけではないが、アンゴール――――少なくともその中枢部は、他国から情報収集を行うための目や耳をきちんと保有していたのだ。


 しかし、考えても見れば当然の話だ。

 そうでなければ、とっくの昔にアンゴール瓦解し、今頃はどこかの国にでも征服されていたはずである。


「単刀直入に申し上げれば、我々はアルスメラルダ公爵と手を結べないかと考えているのです」


「……実際に、殿下の率いる部隊との戦闘が起きたのにそれを信じろと?」


 オーフェリアの問いは至極当然のものであった。


 もちろん、ある程度の予想はついている。

 しかし、それはスベエルク本人の口から言わせねば意味のないものだ。


「あれは私自身予想外だった。正直なところ、


 困惑を隠すことなくスベエルクは言い切った。


「あまり身内の恥を晒すような真似はしたくないのですが、イェスゲイはオーフェリア殿への復讐に取り憑かれていました」


 まぁ、そうでしょうねぇ……。


 口には出さなかったものの、数年前に斬り結んで傷を負わされて以来、侵攻部隊指揮官――――イェスゲイは毎度毎度鬼のような形相でオーフェリアに挑みかかってきたものだった。


 男に追いかけられるのは悪い気分ではないけれど、わたしは人妻だし、あなたはタイプじゃないの――――と一蹴したことだけは覚えている。


「彼が自分の部族の兵力だけで行動しているうちは良かったのですが、どうも周辺部族を巻きこもうとする動きがあったのです。あのまま放っておけば、いずれ今回以上の大部隊でこの地に攻め入ったことでしょう。もし仮にこの砦が突破されるようなことになれば、最悪の場合王国を本気にさせてしまう可能性があった。そうなればもはやコントールはできません。それを“ファーン”は憂慮されておいででした」


 スベエルクの言葉はオーフェリアやこの砦の兵を侮ったものではない。純然たる事実だ。

 もしアンゴールが本気で軍を差し向ければ間違いなくそうなる。それはオーフェリアも理解していた。


「だから、適当な理由をつけて我々はイェスゲイの部隊が追い込まれるのを待ち、後退してきた彼らを更迭するつもりでいたのです。イェスゲイはあまりにもこの地に拘泥し過ぎていた。しかも、自身の復讐のためだけに――――」


 なるほど、わたしたちは身内の粛清に利用されたってことなのね。


 利用されたことに対して怒りを覚えるかとオーフェリアは思ったが、存外そうでもなかった。

 むしろ、“勝手なことをして足を引っ張る身内バカはどこの世界にでもいる”という同情すら感じてしまったくらいだ。


 思ったよりも、自分はこの王子スベエルクに対して悪感情を抱いていない。

 そのようにオーフェリアは感じていた。


「しかし、まさかイェスゲイが討ち死にするとは予想もしていなかったのです。あのまま先発部隊を放置していては統率をなくした彼らは野盗と化したでしょう。そうなれば取り返しがつかなくなるところでした。それに、あそこで身内を見殺しにしては直轄軍の士気にも影響が出ていたはずです。兵の中にはそこまで割り切れない者も多い」


 スベエルクの語る内容を聞くアリシアたちは密かに冷や汗が流れ出そうになっていた。


 要するに、自分たちがせいで、かえって戦いが拡大・複雑化してしまったということなのだ。


 だが、あの状況下ではそんな背景など知り得るはずもなかった。

 おそらく、オーフェリアだって今だからこそその可能性を考えることができているに過ぎない。


 むしろ、狂った歯車が回るだけ回ってスベエルクを捕虜にした。

 そのことで複雑化した問題がスムーズに進んでくれることを祈るしかなかった。


「……ある程度の内容は覚悟しておりましたが、思った以上に複雑かつ難解ですわね。しかも、政治的に。これはわたくしの一存で決められる範囲を大きく逸脱しています。夫であるアルスメラルダ公爵に諮らねばなりません」


 さすがのオーフェリアも、あまりの事の大きさに小さく溜め息を吐き出した。


 この砦を任された身として、オーフェリアはそれなりの権限は与えられている。

 ところが、これはあまりにも話の規模が大き過ぎた。

 完全に自分の範囲でが決断を下せるレベルの話ではなくなってしまったのである。


 戦いの前につぶやいたセリフとは別の意味で、クラウスが今ここにいてくれないことが大きく悔やまれた。


「でしょうね。ですが、ここで下手な出し惜しみをするつもりもありません。非常に勝手な申し出となりますが、可能であれば私以外の捕虜を解放していただきたい。それによって“交渉”が進んだことを武成に伝えることができます。そうすれば“ファーン”が動く」


「なるほど。しかし、捕虜の解放によって、武成が大規模な部隊を派遣してこないという保証は?」


 オーフェリアは表面上ではあるが表情に平静さを取り戻すことができていた。


 さすがにすぐさま飛びつくような浅慮な真似はしない。

 そんな権限がないこともそうだが、まだ決定を下せるだけの材料は揃っていないのだから。


 あくまでも、オーフェリアは公爵である夫クラウスに上げる前に、健闘に値するかどうか最低限の見極めをするだけだ。


「アンゴールの “敗者は勝者に従う”という掟に誓ってそのようなことにはさせません。なんなら我が首と共にそれを武成に届けても構わない」


 我が身は一度死んだようなものです、と続けてスベエルクは正面からオーフェリアを見据えた。


 さすがにエイドリアンは「弱ェヤツには従わないとかどんだけ脳筋民族なんだよ、アンゴールェ……」と見るからに呆れた表情を浮かべていたのだが、いい具合にスベエルクの視界の外にいたおかげで彼からは見られずに済んだ。


「そうまでして――――」


 一方、脳筋思考に一定の理解があるオーフェリアは言葉を切って考える。


 正直に言えば、スベエルクの申し出を受けるのが最善策だと思う。


 アンゴールの残存部隊は武成へと撤退中であり、現時点でそれに追いつくというのはほぼ不可能だ。

 それに、この砦の戦力では先ほどの戦いに加えて、敵地への追撃戦に転じるような体力は残されていない。


 よしんば追撃部隊を出せたとしても、敵の残存兵力だけであるならまだしも、他の部族が待ち構えていた場合は完全に数の上で叩き潰されてしまう。


 それこそ自分の意地を貫くために兵士たちに死ねとは言えなかった。


 そもそも、今スベエルクが言っていることは、あくまでも戦いを一度終わらせたという“転換点”を経ているから成り立っているのだ。


 現在援軍としてこちらに向かっているであろう公爵領主力部隊と合流して、アンゴールの地に攻め入った場合はその限りではなくなってしまうし、最悪の場合は彼らとの全面戦争にさえ発展しかねない。


 勝てればいい。

 だが、そんな戦い方がはたしてできるだろうか?


 もし攻め込まれるような事態となった時、戦禍の影響をもっとも強く受けるのは、他でもない対アンゴールの防波堤となっているアルスメラルダ公爵領なのだ。


 しかし、長年に渡って続いて生きた戦いがこんなあっさりと終わるものだろうか?


 そんな疑念がオーフェリアに決断させることを妨げていた。


 まだ語られていない背景があるから? オーフェリアはそう直感していた。


 であるなら、そのためには――――


「お母さま。わたしはこの申し出、受けるべきだと思います」


 そんな逡巡を続けるオーフェリアに代わるように、それまで話を聞くだけに留まっていたアリシアが口を開いた。



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