第58話貴公子は草原の匂いを纏って

 


 砦を巡る戦闘が終了し、指揮官室オーフェリアのへやへと場所を移した一行は、捕虜の代表者であるスベエルクとの面談を行おうとしていた。

 

「はじめまして、アンゴールの王子。わたくしはオーフェリア・テスラ・アルスメラルダ。この領地を治めるクラウス・テスラ・アルスメラルダの妻であり、この砦の指揮官の役目を任されております」


 まず最初に口を開いたのはオーフェリアだった。

 ちなみにアリシアはその隣に座って静かにしている。


 他の捕虜となった者で致命傷を受けていない人間に関しては、武装を解除させた上で空いていた倉庫を牢屋代わりに拘束している。

 公爵領兵たちはまだ外で戦闘後の処理を続けており、その段階でこのように敵捕虜の代表者と面談をするのはきわめて異例の事態とも言えた。


 しかし、それには理由がある。

 たとえ本人にその気がなくとも、アンゴールの王族であるスベエルクと一緒にしておくことで捕虜に反乱や脱走を試みられても面倒だ。

 そのため、早急に今後の流れなどを明確にしておく必要があったのだ。


「お初に御目にかかります、公爵夫人。私はスベエルク・ウランフール。アンゴールの王“ファーン”の長子です。かの有名な女将軍オーフェリア殿にお会いできて光栄です」


 そう言ってスベエルクは小さく微笑みを浮かべた。


「あら、仇敵ではなくて? ……まぁ、実際にわたくしは将軍の地位にはありませんけれども。あくまでも領主から代行として任命されているだけですわ」


「名ばかりを追い求める者を気にされる必要はありません。紛れもない事実として、あなたは我らの侵攻をすべて退けてきた上に、こうして私をも下したのですから」


 そこまで言うと、軽く頭を下げて見せるスベエルク。


 どうにも手持無沙汰なアリシアはあらためてスベエルクに視線を送る。


 少し癖のある黒い髪に茶色がかったくっきりとした瞳が彫りの深い精悍な顔立ちの印象を強めているが、おそらく美青年として十分に通用するのではないだろうか。

 それに加え、やや浅黒く焼けた肌をしており、王国民から見れば異民族と感じる容貌をしている。


 しかしながら、それらは決して野卑な印象を与えるものではなく、彼自身の王族としての育ちもあるのか、どことなく落ち着いた気品を漂わせていた。

 アベルたちのような地球出身者からすれば、中東アラブ系の肌の色をもうすこしだけ白くしたような人種と答えるだろう。


 しばらくの間見つめていると、アリシアの視線に気づいたスベエルクが一瞬だがアリシアへと視線を向けて小さく微笑みかけてくる。

 今までに見たことのない人種の笑みに、アリシアは不思議な感覚を覚える。


「殿下にそう仰っていただけるとは、わたくしとしましてもひどく光栄ですわ」


 スベエルクの笑みに呼応するように、オーフェリアも最初から比べると表情を和らげて返す。


 ――――名前はモンゴルっぽいのに、見た目はアラビアのロレンスか? さすがは異世界だな。


 一方、完全に傍観者に徹していたアベルは内心でそうつぶやいた。


 いずれにせよ一国の要人と、公爵家の人間が話す場にアベルたちが口を挟むことはできない。

 本来なら同席も厳しいわけで、警備役としてこの部屋に残すことがギリギリのラインであった。


 アリシアは言うまでもないことだが、オーフェリアも少数であれだけの戦果を挙げたアベルたち“チーム”のことを、この世界の水準で考えれば有り得ないほどに買っている。


 だが、それはあくまでも身内だけでいられる時の話であり、この社会階級がきわめて煩雑な世界では、通例に則らなくては侮られるばかりか攻撃材料とされてしまうのだ。


 オーフェリアを危険視する貴族はかなり多い。


 本来ならアンゴールは王国の敵として扱われるのだが、下手を打とうものなら叩く側はそんなことは棚に上げて一斉に非難してくるだろう。

 それこそ「アンゴールの王族を相手に、貴族でもない一兵卒を同席させた無礼な貴族」と。

 試合に勝って勝負に負けるような事態はご免だった。


「……さて、話を進めさせていただきましょうか。正直に申し上げて、このような形でアンゴールの王族に名を連ねる方の御尊顔を拝することとなり残念ではあります。ですが、この度の殿下が下された賢明な御判断には感謝しておりますわ」


 そこでオーフェリアが自分の番とばかりに軽く頭を下げた。


「……よしていただきたい、公爵夫人。それは勝者のとるべき態度ではない。私が“ファーン”の血族であるとしても今は敗軍の将です。本来なら、どのように扱われても文句は言えない立場だ」


 彼にとっては予想外の対応だったのだろう。

 スベエルクが若干だが恐縮したような態度を示す。

 彼は自身が受けてきた教育によって知っている。貴族が相手に頭を下げることの意味を。


 しかし、オーフェリアがこのように一定の礼節を保った態度を示したことで、スベエルクの表情からは先ほどまでに比べて緊張の色が大きく薄まっていた。


「そうかもしれませんわね。ですが、我々は勇敢に戦ったアンゴールの兵士たちに敬意を表しています。馬だけは戦利品としていただきますけれども」


 オーフェリアの言うとおり、兵士に対しては大人しくしている限りは丁重に扱うよう指示を出しているが、持ち主をなくした上で特に大きな傷のない馬は、戦利品として一カ所にまとめて後で公爵家お抱えの商人に売却する予定だ。


 騎馬民族として名を馳せているだけのことはあり、アンゴール産の馬は人気を誇るものの滅多に出回ることがないだけに高く売ることができる。

 基本的には戦力拡大のために公爵領軍へと組み込む予定だが、今回戦った兵への報酬にもするべく一部を売却する予定としていた。


「結構です。普段は略奪を行う側が自分の番になった途端、「取られるのはイヤだ!」と言うようでは、それはあまりにもワガママが過ぎるものでしょう」


「あら。そうは仰られますが、痛手にはならないのですか? 今回の一件は単なる略奪が目的の侵攻ではないのでしょう?」


 柔らかな表情を浮かべたまま、唐突にオーフェリアが切り出した。


 うわー、一旦世間話風にしておいてからいきなり本題をぶっこむなんてエゲつないわね……。


 警備担当として部屋の中に控えていたレジーナは、オーフェリアの不意討ちに顔をひくつかせる。

 見れば他の皆も程度の差こそあれ同じような表情を浮かべていた。


 とはいうものの、相手のペースをかき乱して情報を引き出すことは交渉事における常套手段ともいえる。


「……それはさすがに穿ちすぎです。アンゴールは“ファーン”のみが絶対的な権力を持つものの、身内にまでそれが適用されるわけではありません」


 アンゴールの風習はご存知でしょう?と続けて、スベエルクは一旦言葉を切る。


「それに、我々は先発隊を務めていた指揮官――――イェスゲイ殿の部族を通じた援軍として駆り出されたようなものです。そこに仰られるような意向を潜ませることなど、とてもとても……」


 どうやらオーフェリアから不意を打って切りこまれることは想定の内だったらしい。

 スベエルクは先ほどと変わらぬ表情のままでやんわりと否定する。


 何も考えていないのであれば、勝者にしてはずいぶんと腰が低い。

 この時点でスベエルクはオーフェリアを警戒していた。


 これを生来の性格と断定するには、あれだけ戦場で暴れ回っていたオーフェリアではまるで結びつかないからだ。

 つまり、アンゴールこちらに何かしらの意図があると踏んだ上で、彼女はこの話し合いに臨んでいる――――スベエルクはそう睨んでいた。


「であれば、その先発隊の指揮官が戦死した時点で撤退を始めていたのでは? 彼らの部族の軍が壊滅した時点で義理は立ったようなものでしょう」


 やはり、オーフェリアは引き下がろうとはしなかった。


 現状はあくまでも会話の中での違和感を口にしただけという様子だが、なにか確信があってのことなのだろう。

 表情にたたえた穏やかな表情はそのままで口調を荒げることもしなかったが、その翡翠色ジェイドの瞳には相手の心底を測るかのような冷静な色がある。

 

「そう思われるのも無理はないかもしれません。ですが、我々は後続部隊でした。イェスゲイ副族長が戦死されていることはあの戦闘が終わるまで知らなかったものです」


 スベエルクもをわかっているのだろう。

 オーフェリアにペースを乱されたことを警戒こそすれども、表情を険しくするような真似はせず泰然自若な態度を保ったままだ。


「いえ、それこそあり得ないでしょう」


 だが、そこで間髪を入れず、オーフェリアはスベエルクの言葉を否定する。

 なるべくやんわりとした口調になるよう試みてはいたが、その声には確信を得ているとしか思えない響きさえも含まれていた。



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