第55話 決戦! 大平原! ~その4~


「おぉ怖い怖い……」


 敵を文字通り蹴散らしながら突き進むオーフェリアの勇姿を眺めながら、エイドリアンは移動したでつぶやいた。


 ここは崩れかけた城壁によってちょうどライフルを潜ませることのできる――――銃眼のようになっている部分で、まさにだ。

 先ほどまでいた場所ほど視界がクリアではないが、そのぶん相手からも見つかりにくい。


 自分の代わりに弓を放つためにあの場所に陣取っていた兵は気の毒だったが、あれは弓兵本人が空いた場所へと勝手に登っただけだ。


 しかも、ライフルと違って弓矢は伏せ撃ちするものではないからどうしても姿が露見しやすくなる。

 エイドリアンがあれだけ敵に警戒心を植え付けた状況下では、隠れ方コンシールメントが甘かったというか無警戒過ぎといえた。


 まぁ、いつまでも同じ場所で撃っている間抜けと思われては困るしな……。


 いくら射撃に優れていようが、敵を撃てる場所へと気付かれずに接近することができなければ狙撃手スナイパーとしては失格となる。

 敵にその居場所を特定されないよう巧妙に狙撃地点を変えながら、相手へとどこから狙われているかわからない心理的な不安感を植え付けることが狙撃手スナイパーの役目でもあるからだ。


 現にアンゴール軍はどこから狙われるかわからない恐怖に気を取られ、オーフェリアが率いる騎兵部隊の突撃に


 これは敵が考えなしなのではなく、早々に指揮官を殺られて残存戦力を上手く連携させられない上に、“海兵隊”からのイレギュラーきわまりない攻撃を受けたからだろう。


 そんな中、地面を蹴りつけるように近付いてくる足音とともに、ひとりの影がエイドリアンのすぐそばへ飛び込むようにして転がり込んでくる。

 息を切らせたラウラだった。


「た、ただいま戻りました……」


「オーケー、ご苦労さん。おかげさまで戦場が


 目だけをそちらに向けてエイドリアンはラウラに労いの言葉をかける。


「……ぶ、無事に、奥様は打って出られました」


 顔に無感情の仮面を貼り付け、呼吸を落ち着けながらラウラは答えた。

 最低限の言葉だけ。こんな時でも、感情を露わにすることを拒もうとするかのようだ。


「ああ、こちらでも確認した」


 それに軽く肩を竦めてエイドリアンはスコープを覗き込み幾度目かの弾丸を送り込む。


 ――――弾が切れた。


 静かに弾倉マガジンを外して新たなものへと交換リロード

 硬質の作動音を響かせながらボルトを引くと役目を終えた空薬莢が跳ね飛び、その代わりに次の弾丸を薬室に送り込む。


「……そろそろか。もうちょっとだけ持ちこたえてくれよ……」


「そろそろ?」


 呼吸が落ち着きつつあるラウラが小さく首を傾げる。


「敵の増援だよ。あんな風に容易く踊らされるヤツらは本命じゃない」


 そう、エイドリアンの言う通り、敵の攻撃もこれで終わりではなかった。


 しかも、真の意味で。


「あれは……」


 ラウラが視線を動かしてみれば、押し込まれつつあったアンゴール先発部隊のはるか後方に新たな黒影が浮かび上がっていた。

 それを確認したエイドリアンは鋭い瞳を一瞬だけ作ってインカムに手を伸ばす。


「こちらゲッコー。予定通り来たぞ、“新しいお客様”だ」


『こちら、カウボーイ。確認している。――――思ったよりも早かったな』


 インカムの向こう側でアベルの声が少し固くなる。


「ずいぶん待たせるじゃないか。こっちはみんな熱くなってる。デートに遅刻は厳禁だぜ?」


『登場の仕方も大事なのさ。これより吶喊する。以上Over


 向こうも急いでいるのか、通信は半ば駆け足気味に終了される。

 おそらく、敵が何処にいるかわからない以上、念には念をとそれなりに距離をおいて隠れていたのだろう。


 しかし、そんなことにエイドリアンは文句など言いはしない。ただ与えられた役割を果たすだけだ。



 いずれにせよ、この砦を巡る戦いは終盤に差し掛かりつつあった。







「見ろ! 後方の部隊が来てくれたぞ!」


「おお、動いてくれたか! これで勝てるぞ! 押し込めぇっ!」


 増援の姿にアンゴール軍から口々に安堵の声が上がる。


 やはり味方の影響というものは大きい。これは時代が変わろうが世界が変わろうが不変のことらしい。

 みるみるうちにアンゴール軍が士気を取り戻していくのは誰の目にも明らかであった。


 ――――なんだろう、この変な感覚は……。


 アンゴール軍から上がる声を聞いたオーフェリアは妙な違和感を覚えるが、この状況下ではそれが何であるかまでには気が付けない。


「狼狽えらずに受け止めなさい! あれが敵の本隊よ! あれを退ければ我々の勝ちだわ!」


 思考を切り替えてオーフェリアが味方の兵たちを鼓舞する中、絶妙のタイミングで押し寄せた新たなアンゴールの部隊が迎え撃たんとするオーフェリアたちの騎兵部隊に襲い掛かった。


 新たに表れた集団は、先ほどまでイェスゲイの部隊とは違って格段に素早い動きを見せる。


 悲鳴よりも怒号や剣戟の音が辺りに響き渡る。


「こいつら……手強いぞ……!」


 馬上で剣と剣で鍔迫り合いを演じながら騎兵の一人が呻きを漏らす。

 明らかに今まで相手にしてきた連中とは技量が異なっていた。


 ――――コイツらは幾多の戦場を潜り抜けてきた者たちだ。


 目つきが違う。身のこなしが違う。剣を振るう技が違う。


 これが略奪に来た騎馬民族アンゴールの兵士などではなく、自分たちと同じ騎兵であればどんなに心強いことだろうか。そう思ってしまうほどの技量を持つ集団であった。


 そんな新たな敵の登場を受けて、再び形勢に変化が現れてくる。


 にわかに戦場の空気が変わりつつあった。





「おいおい、あんな連中タフガイを温存してやがったのか……」


 形勢を逆転させかねない新手の登場に、さすがにエイドリアンの声にも苦渋の成分が混じる。


「エイドリアン様、このままでは――――」


「落ち着け。終わりじゃないのは


「それって――――」


 傍らで上がったラウラの呻くような声に対して、新たなターゲットを物色しながらエイドリアンが静かにつぶやいた次の瞬間、今度は後方のアンゴール軍から新たな悲鳴が上がった。


「今度はなんだ!」


 立て続けに起きる予想外の出来事の連鎖に、いい加減にしてくれと言わんばかりの叫び声がアンゴール軍から上がる。


「……やれやれ、ずいぶん遅かったじゃねぇか。騎兵隊め……」


 一方、ほぼ同じタイミングでM40A7のトリガーを引き続けながら、新たな戦果を生み出し続けていたエイドリアンは唇を不敵に歪めながらつぶやく。


 そう、この時点ですでに“目標”は達成されていた。


 エイドリアンの役目は積極的な狙撃によって敵の数を減らすのではなく、敵が砦へ接近するのを効果的に妨害することにあった。

 さらに言えば、それにより後続との連携による波状攻撃を阻止し、オーフェリアの騎兵隊と合わせて“本命の登場”まで敵に上手いこと連携をさせないようにすることだった。


 自分たちの策が発動するまで――――。


射撃用意エンゲージ撃てファイア!』


 インカムからアベルの声が流れ出る。

 “作戦開始”に備え、チャンネルをオープンにしたのだ。


 ――――いよいよ仕上げか。さすがに滾ってくるな……!


「さぁ、大盤振る舞いだ! ラウラ、出番だぞ! 見える敵は全部お前の獲物だ! 弾切れカンバンまで好きに撃ち続けろ!」


 突然、エイドリアンが叫んだ。


「は、はいっ!」


 待ちかねたんだろう? とエイドリアンに促されたラウラはついにM27 IARを構え、訓練や一部の戦闘で培った感覚を頼りにその引き金を引く。

 慣れた手つきとはいかないながらも、鋭い反動を肩に受けつつ銃身の動きを全身で制御して5.56mmライフル弾を眼下にいる敵目がけて躊躇なく撃ち込んでいく。


 自分が放つ弾丸こうげきが敵を地に這わせていくことで、ラウラはようやく自分がこの戦いに参加できたという気分になれた。

 おそらく、純粋な地球出身のエイドリアンやレジーナからすれば、何を好きこのんで戦場に出たがるんだと思うだろうが、彼女にはアリシアに拾われた日からそれしかなかったのだ。


「なんだ、報告しろ! いったいどうなっている!」


 次々に味方が謎の遠距離攻撃によって前後で討ち取られていく中、増援に現れたはずのアンゴール軍の横合いから新たな存在の登場を告げる音が鳴り響いてくる。


「あらあら、あのったらまぁ……。いったい誰に似たのかしらねぇ……」


 馬上で剣を振るっていたオーフェリアはその存在に気付き、手近の敵を討ち取りながらも小さくつぶやいた。


 ディーゼルエンジンの咆吼と重なる銃声を背景音楽BGMとして、先ほど砦を離れたアリシアたちのL-ATVがついにその姿を現す。


「待たせたわね、侵略者ども! 主役ヒーローは遅れて登場するものよ!」


 自分でヒーローって叫んでどうするのよとレジーナが内心でツッコミを入れながら銃を撃ちまくる中、銃座から上半身を乗り出したアリシアが、100連弾倉Cマグを取り付けたM27を放ちながら透き通る声で吼えた。





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