第54話 決戦! 大平原! ~その3~



命中ヒット。次――――」


 鼓膜を叩く銃声と銃床ストックが肩を突く発砲の衝撃を感じながら、エイドリアンはきわめて無感動につぶやき、M40A7のターニング・ハンドルを滑らかな動作で素早く引く。


 そんな最中にスコープの中に映し出されていた光景は、眉間に穴をあけられた敵の指揮官イェスゲイが後頭部のほとんどを失って後方へと朽木のように倒れていくところだった。


 排出された空薬莢が傍らの地面を叩き、戦場音楽の中で澄んだ金属音を上げるが、エイドリアンはそんなものには一切関心を払わない。

 

 素早くスコープから目を離し光波レーザー測距儀レンジファインダーを使って次の標的を探す。

 混乱が生じた時こそが最大のチャンスなのだ。この隙に無防備な敵を刈り取るだけ刈り取らねばならない。


「――――ラウラ、奥方オーフェリア様のところへ伝令を頼む。そろそろ“頃合い”だと」


 光波レーザー測距儀レンジファインダーを覗き込んだまま、エイドリアンはラウラに語りかける。 


「えっ……。ですが……」


 矢避けに用意したアラミド繊維のカバーに半ばくるまるようにしていたラウラは、M27 IARを自分の命を守ってくれる相棒であるかのように握り締めており、すぐには動こうとはしない。

 その姿は、まるで自分が命じられた役目を懸命に果たそうとするかのようであった。


 まったく、ヒヨッコが意地を張りやがって。戻ったら上官の命令をまず聞くようにしなきゃダメだな……。


「そんな顔するんじゃねぇよ」


 エイドリアンは小さく溜め息を吐き出す。


「“お前にできること”はもうちょっと後だ。安心しろ、俺もすぐに狙撃ポイントを変える。そちらで合流するぞ。いいな? ……転ぶなよ!」


 彼にしては柔らかな笑みを浮かべて簡潔に内容を伝え、返事を待つことはせずにラウラの背中をポンと叩いて指揮所へと走らせる。

 遠ざかっていくラウラの後姿を見送ると、エイドリアンはふたたびスコープを覗き込んでいく。


 さぁ、続きといこう。次に勇敢な撃たれたいヤツはどいつだ――――。


 素晴らしく正確な狙撃を繰り出した直後だというのに、エイドリアンは撃つ前と同じく冷静な表情のままだった。


 はっきり言って、この戦いはである。


 公爵領軍みかたを巻き込まないように最低限の地雷しか用意していなかったし、迎撃の準備のために鉄条網を張り巡らせたわけでもない。

 機関銃を使おうにも人手が絶対的に足りず、M27歩兵支援火器で代用しているのみ。

 ついでに自分が命を預けるのはM40A7ただひとつだけという始末だ。


 だが、エイドリアンは微塵も不安になど思ってはいない。


 彼はただただ標的に弾丸を送りこむための狙撃手スナイパーとして


 素早く次の標的に狙いをつけると、ふたたびエイドリアンは手早く引き金を絞る。


 そこに本番などと言う気負いは欠片も存在せず、その手つきは精密に造られた機械のようでさえあった。

 何千、何万回と繰り返した動作の再現であるかのように。








「イェスゲイ様!」


 叫んだ兵のひとり――――彼の副官を務める男が駆け寄るが、すぐに事態を察する。

 イェスゲイは人間にとって最重要器官ともいえる頭部の大半を失い死んでいた。


「くっ……! 総員、態勢を立て直すために一度後た――――」


 今度はその男の頭部が吹き飛んだ。


 超音速で放たれた7.62mmライフル弾は、衝撃波を伴いながら飛び込んだ箇所から粘膜を貫通し、脳幹へと達したところで空洞を形成しながら組織や神経・血管網を破壊しながら突き進んでいく。

 突如として頭部内に生じた空洞により、内容物を密閉しておくことができなくなった頭部は破裂するしかない。


「狙われているぞ! 敵の魔法攻撃だっ!」


 立て続けに指揮官クラスを正体不明の攻撃で殺されたアンゴールの先発部隊は混乱状態にあった。


 しかし、何人かは気が付く。


 今行われた二回の攻撃はいずれも指揮官を狙ったものだった。

 つまり、撃たれているのは指揮を執ろうとしている人間だけだ。もしかすると――――。


 そうひとりの兵士が自分は狙われないと安堵の表情を浮かべた瞬間、隣にいた兵士のひとりが上半身から血飛沫を上げて吹き飛んだ。


「なんっ――――」


 自分の脳裏をよぎった考えが安易な幻想であったことを突きつけられ、慌ててそちらを見ようとした瞬間、襲い掛かってきた衝撃と共にその兵士の意識は消失した。


「さ、散開! 散開しろっ! 敵の魔法使いに狙われているぞ! 各自で砦へ急げ!」


 ようやく誰かが大声を上げたことで、半ば恐慌状態に陥りかけていた兵士たちが幾分かの冷静さを取り戻す。


 今の状態から後退することはできない。ならば前に進むのみだ。

 時に部族間での戦いさえ起こるアンゴールの騎馬兵たちは窮地からの立て直しも早かった。


 しかし、本来の指揮官であったイェスゲイが討たれてから今までに過ぎていった時間は戦場においては致命的な浪費と呼べるものであった。

 ましてや相手は長年この地を守護してきた猛将が相手だ。


「じょ、城門が……!」


 その時ようやく動き出そうとしていた兵士たちは“新たな脅威”を目撃することになる。

 いつの間にか飛んでくる矢の数が減っていただけではなく、砦の城門が開かれていたことを。


「ま、まずい……! が――――」


 そう言い切ることはできなかった。

 銀色の鎧に身を包んだ装甲騎兵の群れが一斉に飛び出して来たからだ。


「敵襲ゥゥゥッ!! 敵の騎馬隊だー!!」


 気がついた者はあらんかぎりの声で叫ぶ。

 しかし、機動力を欠いた彼らにはそれに対応することができない。


 先ほどの爆発による戦力の喪失と指揮官を狙った謎の攻撃。

 それらによって引き起こされた混乱により、先発部隊の意識は完全に余所へ向いていた。

 しかも、機動力を殺され“後の先”を取られた形となっている。


 慌てて迎撃に動こうとするも、それは遅きに過ぎた。


「侵略者どもを蹴散らせェェェッ!!」


 オーフェリアの透き通る号令の下、瞬く間にアンゴール兵へと銀色の波濤となって襲いかかったアルスメラルダ公爵領軍が誇る装甲騎兵たち。

 彼らの繰り出す武器――――長槍に貫かれ、あるいは驚異的な膂力により振り回される大剣によって馬ごと斬り伏せられていく。


「う、狼狽えるな、数はこちらが上だ! まとめて蹴散らせ!」


 だが、士気の面では完全に覆されている。


 それに加えて――――


「また“あの攻撃”だ!」


 乱戦へと移行しつつある中で、反撃に転じようとした兵士の何人もがあの“謎の攻撃”に頭部を撃ち抜かれ一撃で地面へと沈んでいく。


「――――敵はあそこだ、右の城壁の上だ! あそこから狙っている! 一斉に矢を射かけろ!」


 ひとりの兵士が叫び指で城壁の上を指し示す。

 見れば男がひとり、城壁の上に出るための階段部分となった場所の屋根からこちらを窺うようにしているではないか。


「よくも今まで! この卑怯者がっ!」


 恨みを晴らさんと集中させるように放たれた矢が一点に向かって豪雨となって殺到。


 降り注いだ矢は彼らを苦しめてきた敵を貫き、よろめいた男はその城壁の上から外へと落下していった。


 ついに謎の攻撃を仕掛けていたエイドリアンの場所が露見し駆逐された――――かに見えた。


「や、やったぞ!」


 歓声が上がったその瞬間――――またひとりの頭部が弾け飛んだ。


「違う! あそこじゃない! またやられているじゃないか!」


「どこだ、探せ! このままじゃ――――」


「余所見している余裕があるのかッ!」


 叫ぼうとした兵士の眼前に銀の煌めきがあった。

 突然の事態。凍りついたように凝視した顔に繰り出された剣が喰らいつく。


 立ち塞がる敵を次々に蹴散らしながら突撃してきた、オーフェリアを先頭にした装甲騎兵の群れがついに彼らへと襲い掛かったのだ。


「立ちはだかる敵は生かして帰すな!」


 猛々しいオーフェリアの叫びを皮切りに、冬の草原に吹きつける風へと新たな鮮血の香りが漂い始める。


「――――!」


 次々に敵を大地に沈めていく剣閃を繰り出すオーフェリアの背後に風がそよぐような気配。

 とっさにオーフェリアが身体を捩じりながら上体を前方に逸らすと、アンゴールの曲刀が自分がつい先ほどまでいた位置を通り過ぎていった。


 すぐに体勢を立て直しながら、オーフェリアは剣を相手の身体へと袈裟懸けに叩き込む。

 悲鳴を上げて斬られた箇所から鮮血を撒き散らしながら、アンゴール兵が馬から転がり落ちていく。


「小癪!」


 別の濃密な殺気を感じて返す刀で切っ先を繰り出すと、その剣先はオーフェリア目がけて突っ込んで来ようとしていた新手の脇腹に潜り込む。

 剣自身の凄まじい切れ味と技量によって内臓深くまで達した剣は、たちまちのうちに相手をショック死させた。


 オーフェリアがその手に握る剣を振るう度に、新たな悲鳴と鮮血が戦場に生まれ出ていく。

 味方は言うまでもなく、敵であれどその舞うような剣技に目を奪われそうになる。



 戦場を駆け抜ける美姫――――いや、美鬼の姿がそこにはあった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る