第53話 決戦! 大平原! ~その2~
「取りつかれるぞぉぉぉっ!! もっと矢を放てぇぇぇっ!!」
ついには公爵領兵たちからも切迫した叫び声が上がる。
砦を正面から見て左側から緩いカーブを描くようにして、二つに分かれたアンゴール騎馬兵集団のうち、先頭を走る部隊が城壁すれすれの位置を通り抜けようと針路を変更する。
「くそぉっ!! 数が多い! しっかり射かけろ!」
迎撃せんとする公爵領軍弓兵を城壁から乗り出させようとする目的もあるが、それはあくまでも彼ら自身ではなく後衛の弓矢部隊を“援護”する副次的な物だ。
すでに彼らは城壁をよじ昇るためのお家芸としている
「おいおい、なんなんだアイツら。ニンジャか何かかよ……」
その光景を見たエイドリアンが感心したようにスコープから目を外して「オーマイガー」と言葉を漏らす。
時折敵から放たれた矢がすぐ近くの城壁へと突き刺さるのだが、エイドリアンに気にした様子は一切見受けられない。
「ちょ、ちょっと、エイドリアン様……? 敵の攻撃を受けているのですよ……?」
自分を殺そうと大量の矢が間近へと飛んでくる恐怖にラウラの声は上ずっていた。
こういう時はちゃんと感情の揺らぎを見せてくれるんだな、とエイドリアンは不謹慎とは思いつつも感心してしまう。
「あぁ、思ったよりもずっといい腕をしている。さすがは騎馬民族だな」
感心したように漏らすエイドリアン。
「いや、感心している場合では――――」
「
なぜ敵を撃とうとしないのか。
そう口にしようとしたラウラの言葉を遮るように、エイドリアンが不敵な笑みを浮かべて発言した瞬間、突如として城壁近くの地面が凄まじい音を上げて爆発を起こした。
「きゃっ!?」
城壁の
重量1.6㎏の湾曲したボディに内包された
それらが、最大加害距離二百五十メートル内に存在する馬と人の区別も一切なく貫通しながら引き裂き、物言わぬ
対人地雷全面禁止条約など存在しないこの世界では、引っかかる者は無差別に殺傷するワイヤートラップも使いたい放題だ。
ちなみにこのクレイモア、馬鹿正直に城門を狙って突き進めば発動しないように設置されていた。
より正確に言えば、タイミングを見計らって城門から出撃する味方を巻き込まないようにするためなのだが、敵はどうしても守りが薄くなりがちな部分を狙ってくると判断し、その場合にトラップがフルコースで発動するように仕掛けていたのだ。
爆発物を扱わせたら右に出る者はいない、エイドリアンあたりに言わせると
「なっ――――!? あれは……」
「ほらな? ちゃんと備えていただろう? さて、これで足並みが乱れたな」
ラウラが驚愕に言葉を失っている横で、クレイモアの効果を確認したエイドリアンはにやりと笑う。
これが、異世界で幾多の戦場を潜り抜けてきた戦士なの……?
目の前の人間に対して、ラウラは会ってからこの方軽薄な印象しか受けてこなかった。
しかし、実際にはどうだ。この戦場の中で驚くべき冷静さを保っているではないか。
ラウラが内心で戦慄している中、エイドリアンは冷静な表情に戻るとインカムを起動。
「カウボーイ、こちらゲッコー。敵がパーティグッズを開けた。ハンバーガーができて
『カウボーイ、了解。こちらでもクラッカーの音を確認した。そろそろ歓迎会の準備に入る』
「ゲッコー、了解。ぼちぼちこちらも頃合いだ。
顔のすぐ真横を矢が通り過ぎていったが、自分が明確に狙われていないと承知しているエイドリアンは構わずスコープを覗き込む。
怯むな、ライフル弾の衝撃波に比べたら子供騙しじゃないか。
反射的に分泌されそうになるアドレナリンを、エイドリアンは懸命に抑え込む。
一方、突然の事態を受けた砦の兵士たちは、驚きのあまり弓を射かけるのを忘れていた。
事前にそのようなことが起きると聞いていたにもかかわらずそうなってしまったが、何も知らずにクレイモアの直接的な被害を受けたアンゴール軍はさらにひどい状況に陥っていた。
即死できなかった人間の悲鳴が響き渡り、爆発に驚いた馬は気が動転して暴れ回っている。
あまりにも予想外となる事態――――吹き飛んできた人馬の
そんな中で、エイドリアンは淡々と銃口を滑らせるように動かしていく。
いよいよ本番だ。
狙うのは――――いた。何やら怒鳴り散らしている偉そうなヤツが。
実際に標的を目の前にすると、先ほど落ち着かせたばかりであるはずのアドレナリンが滾りそうになる。
条件反射的な興奮程度じゃ、俺の弾丸を狂わせることはできない。
ただ確実に弾丸を送り込むだけだ。
そんな意識を保ちながら己の肉体をコントロールし――――エイドリアンは繊細な手つきのままで引き金を引き絞った。
「なんだ、あれは! 敵の魔法攻撃か!?」
クレイモア地雷群の爆発を目の当たりにした指揮官イェスゲイの表情は凍り付いていた。
「わかりません! あの一撃で負傷――――いや、死傷者多数です! 先頭を走っていた部隊の大半がやられました!」
近くにいた副官から伝えられた被害状況に、後方で突撃を仕掛けようとしていた先頭部隊の様子を見ていたイェスゲイの表情がどんどん険しいものになっていく。
「クソ、ここにきて魔女の呪いでも受けたというのか。冗談ではないぞ……! 兵たちに怯むなと伝えて回れ!」
副官を怒鳴りつけながらイェスゲイは考える。
完全に油断をしていた。
これまでの長年繰り返してきた戦いによって、敵には魔法使いがいないという認識のままだった。
実際に、アンゴールではアルスメラルダ公爵領軍どころかヴィクラント王国軍にさえ高位魔法使いがいるという情報は掴んでいない。
それがどうだ。
優勢に傾きつつあったと思えば、たった今起きた謎の爆発で多くの兵を失っただけでなく、その後を進んでいた味方の足までもが完全に止まってしまった。
さらに悪いことに、中途半端に
もう一度あんな攻撃を喰らえば、今度こそ自分が率いる部隊は壊滅状態となってしまう。
いや、それどころか自分もあのような――――人間らしい死に方ができなくなってしまうのではないか。
イヤな想像をしたイェスゲイの背中を、冬の寒さの中にもかかわらず冷や汗が流れ落ちていく。
なんとかせねば……。こちらに向かいつつある別部隊が自分たちと合流をする時に敵の砦に取りついていなければ自分は無能の謗りを受けるばかりか――――。
そんな中、生存本能に背中を押されるようにして急速に回転を始めたイェスゲイの脳が新たな答えを見つける。
なぜ、我々の足が止まっているにもかかわらず、あの攻撃は二発目がこないのだろうか。
「怯むな! 動き続けろ! あのような攻撃、そう何度もできるものでは――――」
先頭に立ち、腕を振って兵たちを鼓舞しようとしたその瞬間、
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