第52話決戦! 大平原! ~その1~



 曇天の空の下、大地を揺るがさんばかりの音が鳴り響く。

 地平線を埋め尽くすのではないかと錯覚を受ける黒の点の集合体。

 数百騎の馬を以って地面を踏み固め突き進むアンゴール騎馬兵の群れがそこにはあった。


ガウーラン・ファーン偉大なる王ガウーラン・ファーン偉大なる王!」


 アンゴールがやって来たぞ――――と彼らの襲来を告げる鬨が黒の群れから発せられる。


 そう、雄叫びが主張を繰り返すように彼らはやって来た。遥か西方から幾多の軍勢を連れて。

 その黒影を津波としてアルスメラルダ公爵領を侵略し、略奪し、蹂躙するために。


 しかし、突き進まんとする彼らの目の前には堅牢な城壁に守られた砦が聳え立っていた。


 ――――あの砦には幾度となく煮え湯を飲ませられてきた。だが、それも今日までだ……!


 先頭集団のやや後方を走る他の兵よりも鎧の装飾が多い男――――アンゴールの東部方面に領地を持つ部族の副族長イェスゲイ・ドルトーバンの手綱を握る両手に力が入り、ぎしりと音を立てた。

 彼は今回こそヴィクラント王国の連中に目にモノを見せてやれると確信していた。


 十年近く前から、イェスゲイの部族はこの地に幾度となく侵攻を試みてきた。


 しかし、それらはすべて撥ね退けられた。異民族の女オーフェリアが率いる精強な軍によって。


「今日こそはごとこの地を蹂躙してくれるわ……!」


 左目を縦に走る傷を押さえながら、ついにイェスゲイの内心だけに秘めておくことのできなかった感情が肉食獣の唸り声となって口から飛び出してくる。

 自分たちの族長を通じて彼らのファーンが住む都“武成ブセイ”から大部隊を派遣させることに成功したイェスゲイはすでに勝った気分になっていた。


 それはいつもなら迎撃に出てくるはずの公爵領軍騎馬部隊の姿が一切見られなかったためだ。

 完全にこちらが先手を取ることができたからだろうと考えていた。


 顔に刻み付けられた傷を含め、積もるに積もったイェスゲイの恨みは根深い。

 今回の戦いに勝利できれば次期族長も夢ではない。

 そんな先走る感情が彼の判断を幾分か鈍らせていたのだが、彼を含めそれに気がつく者はいなかった。

 先発隊の誰もが、積年に渡る恨みが晴らされる時を待ち焦がれていただけにそうなってしまったのだろう。


 だから、彼らはを不自然とは受け取らなかった。


「聞けい! 敵は泡を喰らっているぞ! いち早く砦の内部に侵入した者は功績一等を与える! 恩賞も思いのままぞ! いいか、敵将は殺さず捕らえよ!」


「「「オオオオオオオオオオオオオオォッ!!」」」


 イェスゲイの声は周囲の彼の部族出身者で構成された部隊に届き、彼らから鬨の声を上げさせた。

 戦場で放たれる男たちの叫び声が周囲に伝播し、それが自然と彼らの士気を上げていく。


 そうして先発部隊の先頭が砦へと近付いていく。


 その瞬間、彼らの頭上へと砦から放たれた矢の雨が一斉に降り注いだ。


「なんだこれは!」


 前方の味方から悲鳴が上がる中、イェスゲイは叫ぶ。


「敵の矢です! 凄まじい量です!」


 部下からの報告に「そんなことはわかっている!」とイェスゲイは怒鳴りつけそうになったが、動揺しそうになる馬をコントロールするのが先だった。


 前方では、先を進んでいたはずの馬と兵とか降り注いだ矢の雨によって地面に沈んでいた。

 人が地面に落ちた場合は


 だが、馬の身体が行く手を塞いだ場合は――――。


「いかん! 避けろ!」


 突然の前方を走る騎馬の転倒に対応できなかった真後ろの数騎がそれに引っかかり、一気に後続の十数騎を巻き込んだ。

 とてつもない連鎖反応となって、数百キロの体重によって身体を踏み潰される人間の絶叫と悲鳴が上がる。


 しかし、彼らも騎馬民族としてには慣れていた。

 咄嗟に対応できなかった不幸な騎馬兵たちは別として、その後ろを走っていた兵たちはすぐに進路を変更し、お互いの間隔を空けることで巻き込まれ事故を回避しようとする。


「おのれ、小賢しい真似を! 散開しつつ怯まず突っ込め!」


「しかし、敵の騎兵が出て来ていません!」


「惑わされるな! この矢数は尋常ではないが、それは敵が騎兵にも矢を撃たせているからだ!」


 予想外となる敵の大規模な攻撃によって士気が崩れないよう、イェスゲイは都合のいいことを言葉に多く含ませて叫ぶが、その見立ては実際のところ間違ってはいなかった。


 絶えず降り注ぐ大量の矢に反して、ここまで砦に接近しているにもかかわらずあの中にいるはずの騎馬兵が一向に出て来る気配のない理由はそこにあったのだ。


 今回のような大規模な敵を相手に秘蔵っ子とも言える騎馬戦力を繰り出しても、真正面から戦えば数の上で押しつぶされて飲み込まれてしまう可能性が高い。


 だからこそ、オーフェリアはまず先に弓矢での間接攻撃によって敵を削れるだけ削り、タイミングを見計らって騎馬戦力を投入しようとしていた。

 残念ながらこの砦には戦いに使えるだけの高位魔法使いもいない。多勢に無勢な中ではこうするしかないのだ。


 矢の投射に大半の戦力を充てているだけのことはあって、王国軍は確実にアンゴールの騎馬戦力を削り取りつつある。


 しかしながら、“数の違い”という係数の差がある以上、両者の差を埋めるのは容易ではない。例えばひとりが欠けた場合の意味合いは大きく異なってしまう。


 そして、その明確な差は、戦局に対して容易に影響を及ぼしてくる。


「砦に取りつけば勝てるぞ! 矢を放って牽制しろ!」


 イェスゲイの指示を受け、アンゴール軍からも果敢に矢が放たれる。


 初撃は山なりの軌道を描く――――いわゆる曲射であったが、王国側がアンゴールの接近によって直接照準で矢を放ち始めると、アンゴール側もそれに対応するように敵の弓兵を直接狙うようになる。

 騎馬民族として馬上での戦い方を叩きこまれているアンゴール兵からすれば、王国兵たちが自分たちの土俵に降りてきたようなものだった。

 こちらは移動しながら矢を放っているのに対し、相手は位置が高いとはいえ止まったまま――――静止目標である。


 あんな大きな標的、夕飯の食卓に並ぶ野ウサギを仕留めるよりも容易い。

 多くのアンゴール兵がそう思いながら矢を放った。


 馬上から放つために射程を犠牲にしている短弓であっても、この距離まで近付いてしまえばもはや関係ない。

 当たろうが当たるまいが関係ない。とにかく前に進みながら敵を一人でも潰し、先頭部隊を砦へと侵入させるために矢を放つのだ。


 そして、その強い意志はついに王国兵の悲鳴となってこの世に具現化される。


「がっ!」


 飛来したアンゴール軍の矢によって何人かが城壁の上に倒れていく。


 防御用として木で作られた急増の盾は用意してあったが、それが都合よく自分の身を守ってくれるとは限らず、すり抜けた矢が何人かの兵士の身体に突き刺さる。

 ある者は肩口に突き刺さるだけで済むが、またある者は眼球に直撃し鏃に脳までを蹂躙され崩れ落ちるように死んでいく。


 犠牲者の上では明らかに馬上で戦うアンゴールの方が多い。

 しかし、彼らの大半がまだ健在である。


 攻勢に持ちこたえているように見えても、絶対数で劣る王国軍は着実に押し込まれつつあった。




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