第50話 Assault Diver
「やーれやれ。攻め込まれたらって懸念がまさか現実になるなんてなぁ……。職場が変わって早々アラモ砦かと思ったけど、まぁ砦が丈夫そうで少しはマシだと思っていいのかね?」
戦いに備えるべく砦内部のチェックを終え、元来た通路を歩くアリシアたちは枯草色の戦闘服に身を包んでいた。
その中でライフルケースを肩に担いだエイドリアンが嘯く。
例のごとく気だるげな声こそ出しているものの、すでにその目は戦いに臨む兵士のそれになっている。
いくら軽薄な態度で誤魔化そうとしても隠しきれない、幾多の激戦を潜り抜けた兵として培ったオーラがそこにはあった。
「隅々まで見せてもらって堅牢なのはわかったけれど、映画みたいに騎兵隊は来てくれそうにないわよ。ないとは思うけれど、兵糧攻めにでもなったらアウトになるわね」
「いい減量ができるぞ?」
「冗談。こんな場所でダイエットなんかしたくないわ。成果を見てくれるイイ男がいないもの。籠城戦なんてゴメンよ」
レジーナも合わせるように軽口を叩くが、すでにエイドリアンと同様に戦いへと備えた表情に切り変わっている。
「おいおい、籠城を考えるなんて随分と弱気になってるじゃねぇかよ、レジーナ。俺はこの戦いが終わったらさっさと帰ってメリージェンと――――」
「どこのメリージェンよ。淫乱ペギー相手にくだらない死亡フラグを立てるつもりなのかしら? この世界に来て間もないってのに、手の早いこと……」
エイドリアンのしょうもない冗談を遮りながらレジーナが小さく溜め息を吐く。
「お前ら、下品なジョークでじゃれるな。まぁ、騎兵隊の役目は俺たちでやるしかあるまい。そんな大それたものは組織できないがな」
PDAを操作しながら口を開いたアベルだが、先ほどからなにやら思案したままでいる。
そうしてふたたび食堂へと戻った一行は、臨時のブリーフィングルームとして陣取ったテーブルの上に簡単な周辺の地図を広げる。
「周辺の見取り図はこんな感じね。こちらが国境の向こう側になるわ」
兵たちには戦闘に備えての指示を出してきたため、ふたたび手持無沙汰になったオーフェリアが合流し、この砦の周辺地理について簡単に解説してくれる。
その姿は先ほどとは大きく異なり、シンプルだが美しい装飾の彫り込まれた鎧を身に纏い、腰に細身の剣を佩いていることから、いざとなれば自らも戦うつもりでいるのだろう。
褒められた行動かはわからないが、先頭に立って戦おうとする指揮官がいれば兵の士気は保てるものだ。
そのあたりも理解しての行動なのだとアベルたちは理解する。
「来るとしたら当然この方向でしょうが、それを素直に信じていいものでしょうか?」
アリシアが地図を見て唸る。
砦から見て北部と南部には山岳地帯が広がり、ちょうどこの国境部分はその切れ目――――少し凹んだ丘陵地帯に存在しているような形となる。
それゆえ、過去においてはアンゴールの大規模侵攻を避けることができたとも言えるのだが、今回のような大規模侵攻の目的がわからない以上、公爵領への侵攻を優先して砦を迂回しようとする可能性もある。
「丘陵地帯に入るから迂回して後方を突くというのも考えにくいわ。砦を無視するとしても今頃は緊急用の“魔信”を受けた公爵領軍に動員がかけられている頃だし、下手をすれば向こうが砦と領軍からの挟み撃ちを受けることになる。そこまで連中が考えなしだったら楽に勝てるでしょうけどね」
結局のところ、どの程度の軍が差し向けられているか。それがわからなければ正確な対策も練ることはできない。
最初に伝えられた偵察兵からの報告が正確――――全てであるとは限らないのだ。
「それはUAV――――あー、使い魔のようなものを飛ばして敵に後続部隊がいないか確認をしましょう。それで敵がココを無視するかどうかがある程度は見えてきます」
先行部隊が砦を無視する形で国境を突破して、それを追いかけようと砦を出たこちらの部隊の背後を後続の敵が襲うというパターンが最悪のシナリオだ。
公爵領軍の本体が出陣の準備をしていても、それまでに砦の兵力が全滅してしまえば何も意味がない。
「とりあえず、迂回された場合は本領軍に任せるとして、我々は砦の防衛を考えましょう」
オーフェリアは決断する。相手の目的がどうであれ、最前線にいる自分たちが下手に戦力を分散させることを下策としたのだ。
「数に任せて突っ込んでくると考えるのは楽観的過ぎるわね。砦に取りついてくることを考えれば、それなりに部隊を分けるくらいはしてくるでしょう。こちらは緒戦ではなるべく消耗させて、流れが変わるまで騎馬隊は出さないでおくわ」
オーフェリアは自分たちのプランを開示する。
「であれば、我々もそれを間接的に支援できるような戦い方が望ましいでしょうね」
「そうね。でも五人でそれをやるっていうのは並大抵のことじゃないわよ?」
オーフェリアはアベルに向けて挑むように言う。
不愉快な響きはない。おそらくこちらを奮い立たせようとしているんだろうなと聞いていた人間はそう理解した。
「なぁに、ワンマンアーミー……もといマリーンが五人も集まれば一大兵力ですよ、奥方様。……あとは戦い方ですね。少佐、M27だけじゃちょっと火力が足りないんじゃないです?」
数百の騎馬を相手にするのであれば、五人でM27を撃っている場合ではなくなる。
しかも、エイドリアンの専門は狙撃なので実際には四人でやらねばならない。
そんな中で固まって射撃などしていれば弓矢を雨あられと降らされるだろうし、かと言って分散してしまうと火力も同じく低減されてしまう。
「何百人も相手にするなら一番手っ取り早いのは砲撃だが、支援機能はロックされたまま、か……。おいおい、今使わずにいつ使うって言うんだ?」
PDAを手に持ちながら、もう一方の手を額に当ててアベルは嘆く。
「でしたら、迫撃砲はどうでしょう?」
レジーナが小さく手を上げて提案する。
彼女の言うとおり、迫撃砲は少人数で運用でき操作も
その上で、今までアリシアたちが存分に威力を発揮させてきた銃弾でさえ比較にならない威力の砲弾――――榴弾を敵の真上から降らせることのできる高火力武器だ。
砲兵ではなく歩兵の装備であるため、現時点での『海兵隊支援機能』でも使用可能だとレジーナは予測したのだ。
今回のような最前線の戦闘部隊にとっては数少ない間接照準による火力支援が行える武器でもあり、これが使えるとなれば事態は大きく改善できる可能性がある。
「威力は申し分ないな。だが、俺たちだけで運用できるか?」
エイドリアンが疑問を呈する。
「ちょっと難しいだろうな。砦の中から撃つなら観測手がいないと話にならないし、そうなると扱えるのもいいところ一門かそこらだろう。歩兵が相手ならまだしも今回の敵は機動力が高い。迫撃砲では対応しきれないだろう」
かえってこちらの人手を取られるだけで身動きとりにくくなるだけだとアベルは鼻を鳴らす。
「それならまだ
考え込むような素振りを見せるエイドリアン。
彼の専門分野は狙撃だが、
「とりあえず、数の上ではこちらは負けています。効果的にやるなら指揮系統を攪乱するしかないでしょうね。エイドリアン、お待ちかねの出番よ」
「へいへい。一番偉そうにしてるヤツの頭を吹っ飛ばせばいいんですかね。それとも?」
面倒臭そうに応じるも、エイドリアンの瞳は既に“やる気”を漲らせていた。
「相手の素性もわからないのにそれはダメでしょう。雑兵はともかくとして、頭を殺してしまったら後々に響くわ。残敵掃討なんて年末の仕事を増やしたくないでしょう?」
そこでアリシアが苦笑しながら指摘を入れる。
あくまでも自分が理解できる部分だけに口を出せばいいとわかっていての行動だった。
「あー、ではアレですね。昔の
得心に至ったようにエイドリアンが笑う。
「そうだ、“将を射んと欲すればまず馬を射よ”ってヤツだ。敵を騎馬民族くずれの盗賊にするわけにはいかないからな。さぁ、諸君。指揮下で大人しくしている間に潰せるだけ潰すぞ」
アベルが物騒な言葉で引き継ぐ。
彼らのやり取りをオーフェリアは口を挟むことなく楽しそうに眺めていた。
「なるほど、アンゴールの連中に領収書を発行するんですね」
レジーナが嬉しそうに口を開く。
「
素早くペンを取り出したアベルは見取り図に書き込みを行いながら、作戦内容を説明し始める。
それから約一時間後。
「あ、あのアリシア様。どこへ行かれるおつもりなのですか?」
城門の前にゆっくりと進み出て来たL-ATVを見てひきつった顔を浮かべている兵士がいた。
彼はこの西城門を守る部署の責任者でもある。
先ほどまでピリピリとした空気に包まれていたこの場所は、今は別の空気――――困惑によるざわめきの中にあった。
「外よ。敵が来ているんでしょう? ちゃんとお母さまの許可はいただいています」
兵士がひきつった表情を浮かべている“原因”の上からアリシアは答える。
「しかし、
そして、そんな彼の目の前で明らかに異彩を放っている鉄の箱――――L-ATVは、4×4輪駆動の装輪式多目的軍用車両である。
一九八〇年代からアメリカ軍で広く使用されているハンヴィーの後継車種を選定する
この世界には概念すら存在しない金属の鎧で覆われた乗り物だ。
さすがに大規模な攻撃魔法でも撃たれたらどうかわからないが、敵が装備している剣や槍、弓矢程度でどうにかなるものではない。
しかも、そこから弾丸を雨あられと撒き散らすのだ。さぞや凶悪な威力を発揮してくれることだろう。
「アベルの固有魔法で召喚したわたしたちの
「えっ!?」
本来は銃座となるガンナー席から上半身を乗り出したアリシアは冗談で言ったのだが、真に受けた兵士は顔を青くして二三歩後ずさってしまう。
一方、中からはレジーナの押し殺した笑い声が聞こえてきた。
たしかに、このように大きく鉄でできており、馬などの動物が牽引しない乗り物など存在していない世界では、自分で動く“自動車”など化物にしか見えないだろう。
エンジンの駆動音は唸り声にも聞こえるだろうし、フロントグリルは口に、ランプは目にでも見えるかもしれない。
初めて見た時はアリシアもひどく驚いたものだった。
「冗談よ。細かいこと気にすると戦いの前にバテてしまうわ。さぁ、門を開けてもらえるかしら? これから敵を迎え撃たなきゃならないのだから」
アリシアが優しく微笑みかけると、その兵士はそれ以上深く考えることを止めたらしい。
彼は自分の理解が及ばぬことは考えないようにする――――つまるところ前線のいち兵卒としては十分なほどに聡明な頭を持っていた。
「開門しろ! アリシア様が打って出られる!」
その命令は半ばやけっぱちのような叫びだった。
「砦の防衛、よろしく頼むわね! さぁ、アベル。行くわよ!
アリシアが右手を掲げ、次いで振り下ろす。
不思議なことに、その凛々しいばかりの姿はその場にいた兵士たちの目にはまるで軍を指揮する歴戦の将のようにも映るのだった。
「
返事とともにアベルはアクセルを強く踏み込む。
ディーゼルエンジンの唸り声を響かせて、L-ATVが砦から外に勢いよく飛び出して行く。
異世界の戦場を縦横無尽に駆け抜けるために。
「やべぇ、かっこいい……。俺、惚れちまいそうだよ……」
「えぇ、本当に。その気持ちわかりますよ、分隊長」
そうつぶやきながらアリシアたちを見送った城門の守備兵たちの頬が気持ち赤くなっていたのは寒さのせいだけではなかった。
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