第47話いい日海兵隊〜西へ〜


 アルスメラルダ公爵領の西部に位置する国境には、この地の守護を任されている西部方面軍の一部が駐屯するフォーレルトゥン砦が存在している。

 王国の西方から毎年決まったように侵攻してくる“アンゴール”と名乗る遊牧民の略奪を防ぐことを目的として半世紀ほど前に建てられた砦だ。


 余談とはなるが、このフォーレルトゥン砦は作られてからこの方、防衛用でしかその機能を果たしていなかった。

 王国内において、敵策源地を潰すためにこの砦を拠点として攻め入らんとする反攻作戦は、実施どころか計画されたことすら未だかつて一度もない。


 風物詩のように毎年侵攻があるとわかっていながら、王国はなんら有効な手立てを打てていなかったのだ。


 もちろん、それは王国がアンゴールなど大したことはないと楽観視していたからではない。


 伝統的に部族社会を形成し、その大半が定住生活を送らない彼らアンゴールを相手に勝利を収めるには、敵地の奥深くまで侵入した上で彼らの支配階級層が唯一数定住する都――――“武成ブセイ”と呼ばれる地を陥落させねばならず、そのためには大規模な遠征が必要となる。

 これが最大の要因だった。


 さりとて、王国の擁する各貴族の軍を動員して差し向ければ、最終的には勝利を収められる可能性とてあるかもしれない。

 だが、そもそもにおいて王室派と貴族派が対立している中ではそのような連合軍が組織される可能性は極めて低く、それ以外にも周囲を帝国や聖光印教会総本部などに囲まれており、西方に兵力を割くこともできない背景があった。


 そんな消極的な王国の姿勢がありながらも、この地は西部方面から王国が崩されないようにするための生命線でもあり重要度は高い。


 そしてなにより――――この砦はアリシアの実家であるアルスメラルダ公爵領の中に存在していた。





 ここ数日晴れ間を見せぬ空から雪がまばらに舞う中、フォーレルトゥン砦の東門へと近付く一台の馬車があった。

 アルスメラルダ公爵家の家紋入りの馬車である。


「着くわよ、エイドリアン」


「んあ?」


 レジーナに脇腹を小突かれ、舟をこいでいたエイドリアンが間の抜けた声とともに目を開ける。

 眠っていても肩に預けたライフルケースを手放さないあたりはさすがと言えるが、それでもこの馬車の揺れの中でぐっすり眠れる順応性の高さと図太さは大したものだと、二人のやり取りを見ていたアリシアは思う。


「ぐっすりだったな」


 正面に座ったアベルが苦笑する。


「昨夜は素晴らしい客間だったんですがね、さすがに緊張して眠れませんでしたから……」


 そう言ってエイドリアンは嘯く。

 そんなナーバスな理由ではなく、単純に馬車での移動が退屈で眠ってしまっただけだ。

 もちろん、そんなことはみんな承知している。


「そんな繊細さを持っているなんて初めて知ったわ。明日は槍でも降るんじゃないかしら」


 よくもまぁそんな言葉が出てくるものだとレジーナは呆れ顔を浮かべる。


「おいおい、ひでぇことを言うなよ。昔は多感な美少年って言われたんだぞ?」


「何言ってるのよ、多感な人間が海兵隊なんかに入るわけないでしょ」


 正論だった。


「漫才は終わったな? さぁ、もう着くぞ」


 アベルがそう言ったタイミングで、ちょうど馬車の接近に気付いた見張りが、司令官へと伝令を走らせていた。

 数日前からアリシアがこの砦を訪れることは伝えられていたため、その対応は客人を告げるための手順プロセスに沿ったごく普通のものだった。


「おいおい、なんだこりゃ。西部劇でも見たことない砦だぜ……」


 砦の門の前で馬車から降り、目の前に聳え立つ砦を見上げた一行。その中でエイドリアンがぽつりと漏らした。


 彼――――厳密に言えば、地球人の常識では砦というものはすでに過去の遺物である。


 しかし、実際に目の当たりにしてみれば、やはり人間ひとりが相対するにはあまりにも大きな存在である。

 道中で散々見せた軽口の冴えもイマイチなあたり、本格的に別の世界に来てしまったことへの驚きを実感しているようだった。


「そりゃそうだ。アラモ砦じゃ玉砕してしまうからな。デイビー・クロケットみたいになりたくはないだろう?」


 代わりにアベルが軽口を叩いた。


「斬首なんて死に方はイヤですね。国際法に乗っ取った扱いにして欲しいもんだぜ」


 もちろん国際法などといった気の利いたモノは存在していない。

 勝った側が負けた側を好きにするのが当たり前の世界である。


「案外、腰が抜けるまでファックかもしれないぞ。お前、顔だけはいいからな」


「……おぉ、神よ。せめて、相手が美女軍団であることを祈ります」


 貴族の感性からすれば下品極まりない会話が繰り広げられている。

 あの召喚以来、アベルの口調がずいぶんとラフなものになっているとアリシアは感じていた。


 もちろん、それが不愉快だということではない。

 軽口にしても、ちゃんとアベルは従者として場を弁えてくれるのでアリシアとしてはなんら問題はない。


 なんていうか……今まで知らなかったアベルを見ているみたいで新鮮だわ。


 そう思うのと同時に、アベルと親しげに話すエイドリアンとレジーナにちょっと妬けてしまうのだが、そこは自分と彼らの立場の違いもあってどうしようもないことだった。

 

 でも――――もう少しくらい距離が詰められたらな。


 アリシアは少しだけもどかしく思う。


「いずれにせよ、ココを攻める側にはなりたくないもんですね。少なくとも突入するなら散々に砲撃をカマしてからでなきゃご免です。砦って言うよりも、これはれっきとした城塞ですよ」


 エイドリアンが感心したように漏らす。


 彼の言う通り、実際の見た目は城に近い――――というよりも、規模こそ小さいが地球人がほぼ城と言って思い浮かべる形状となっている。

 城の中心である天守を三重四重にも及ぶであろう城壁カーテンウォールで取り囲んで防御しているため集中式城郭と呼ぶのだが、エイドリアンはおろかアベルにもそんな知識はない。


「ホントすごいわね、十二世紀とかそれくらいの砦と似ているようだけれど。やっぱり、真新しいと遺跡とは全然違って見えるわ……」


 レジーナは少しだけかじったことのあるのか、城塞関係の知識を記憶から引っ張り出して砦を興味深げに分析していた。


 この砦は西に広がる平原から丘陵地帯へと移り変わる境界ともいえる場所に建てられており、その城壁の建て方からも防御は堅牢であることを匂わせている。

 少なくとも、伊達に長年この地を守っているだけのことはあると見る者に一目で知らしめるものだった。


「見とれてないで中に入るわよ。いつまでもこんな寒いところにいたら風邪を引いてしまうわ」


 砦を見て驚きの表情を浮かべている仲間たちを見て、小さくクスリと笑ったアリシアが先を促す。


「「アイアイ・マム」」


 進んだ文明の世界から来たというのに、不思議な反応をするのね。


 城門が開かれるのに合わせて先頭を歩きつつ、アリシアは「こんなことなら王城でも間近で見せてあげたらよかったかしら」と、急いで王都を離れたことを少しだけ残念に思うのだった。



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