第46話 わかれみち




撃てファイア!」


 フルオートの銃声が重なり、驚いたこちらの馬が明後日の方向へ駆け出していく。

 そんなことは気にも留めず、エイドリアン以外の全員がマガジン内の銃弾を一切惜しまず目標に向かって撃ち込む。


 彼我の距離は二百メートルほど。

 この世界での戦いにおける常識からすれば相当な遠距離になる。


 だが、高度戦闘光学照準器ACOGを装備したM27 IAR が放つ5.56mm×45NATO弾にしてみればでしかなかった。

 瞬く間に、四つの銃から目標へと吸い込まれるように飛翔した弾丸が、“盗賊もどき”たちを正確かつ無慈悲に討ち取っていく。

 全員の射撃姿勢が整っていることもあるが、それ以上に銃の持つ恐るべき集弾性が発揮されていた。

 突然のことに対応することもできないまま、盗賊に扮した騎馬兵たちはライフル弾に身体を蹂躙され地面に沈んでいった。


「甘いわね。わたしたちとりたかったら、もう二十倍は用意することよ!」


 M27を構えたままレジーナが鼻を鳴らし、仕上げとばかりにピカティニー・レール下部に取り付けてあったM320 40mmグレネードランチャーを放つ。

 ほとんど残っていなかった敵たちは40㎜×46 高性能炸薬弾HEの直撃を喰らって無残にも馬ごと吹き飛び、その荒れ狂う破片の一撃を以って完全に沈黙する。完全な過剰殺傷オーバーキルだ。


直撃ストライク!」


 左拳を突き上げヒャッハー!と叫ぶレジーナ。


「出たよ、トリガーハッピー……」


 エイドリアンがボソリとつぶやいたのをアリシアは聞き洩らさなかった。

 そう、銃を握るとレジーナは少しばかり性格が荒っぽくなる。

 ところが、そのことをアリシアは知らされていなかった。


 やっぱり、アベルの仲間だけに一癖も二癖もあるのね……。


 そう内心で若干引きつつも、アリシアは見せつけられたその実力に唸っていた。

 エイドリアンの狙撃スキルも然ることながら、レジーナの射撃能力もアリシアのそれよりも遥かに安定している。

 性格に多少難があるとしても、彼らは紛れもなく一騎当千の戦力であった。


「エイドリアン、馬車の馬を潰せ。馬車本体ハコは撃つなよ」


「了解」


 逃げ出そうとした馬車は早々に馬をエイドリアンに狙撃されて沈黙。

 突然馬の頭部に穴があいて死ぬという理解不能な事態に、恐慌状態へと陥ってしまった御者らしき人間は、馬車から飛び降りるとわき目もふらず逃げていく。


「あらあら、主人を見捨てて行くなんて大したものね」


 M27を構えていたものの、逃げ出した名もない人間などどうでもいいと判断したかアリシアはゆっくりと銃口を下ろす。


「命を捨ててまでという契約をしていなかったのでしょう。金さえ払えば簡単に雇えますが、やはり最後まで面倒は見てくれないようで」


 伏兵がいないか視線を周囲に送って確かめている中、アベルが答える。


「まぁ、自然がカタをつけてくれますよ」


 エイドリアンが冗談めいた口調で漏らす。


 寒い季節にこのような場所で徒歩のまま放り出されればどうなることか――――。

 それは誰も口には出さなかった。


 引き続き周囲を警戒しつつ、アリシアたちはゆっくりと動かなくなった馬車へと近付いていく。

 扉から距離を置き合図を出すと、レジーナが横合いに回ってゆっくりと扉を開ける。


「あら、数日振りですわね」


 アリシアから放たれた声は、たまたま出くわした知人にかけるような口調であった。


「ア、アリシア……!? なぜお前が生きている!? 」


 返されるのは驚愕の声。


 開け放たれた扉の向こう側にいたのは、ファビオ・プレディエーリであった。

 突然の事態に腰を抜かしたのか、馬車の床に座り込んで後ずさり――もっともそれ以上は下がれないのだが――をしていた。


「まるでわたくしが死ぬことが前提のようなお言葉。そのような言葉を投げられるなんて本当に残念なことですわ」


「お、お前、まさかあの者たちを――――」


「まさかファビオ様がこのような凶行に及ばれるとは……。もう少しは聡明な方だと思っていましたが……」


 ついでに言えば、名前を呼び捨てにされるほどの仲ではなかったはずだけれど。

 アリシアは不快感に小さく鼻を鳴らす。


 それを見たファビオは自分たちがかつてアリシアを断罪したことを思い出したのか、少しだけ勢いを取り戻すかのようにその整った貌を歪ませた。


「ふざけるなよ、アリシアァ……! 殿下に捨てられた負け犬のくせに余計なことをしてくれて! お前さえいなければ父上は……!」


 憎悪の感情に殺意まで上乗せした呻きのような声がファビオから浴びせかけられる。


 だが、そんなものは今のアリシアの心になんら影響を与えることもない。


 彼の父親であるセノフォンテ・プレディエーリ“元”枢機卿が、単純に派閥の長というだけであれば、このようなことにはなってはいなかっただろう。

 おそらく、マウリツィオの通じて何らかの利益を得ていたからこそ、彼の失脚を狙う別派閥からの追及の手が及んだのだ。


 王国への干渉を快く思わない派閥以外にも、彼のことを邪魔に思う存在は掃いて捨てるほどに存在するはずで、足元を掬われたのは完全にセノフォンテのミスである。

 そこをアリシアのせいにされても困る。


「まるで三文芝居の悪役が放つようなセリフですわね。同じ目に遭われたギルベルト様はそのようなことは申されませんでしたわよ?」


 わざとらしくギルベルトの名前を出してみるアリシア。

 この後の反応で、ある程度まではこの襲撃の背後関係を推察することができるからだ。


「そうか……! おかしいと思っていたが、やはりギルベルトはあの時から……!」


 確信を抱いたという表情を浮かべるファビオ。

 今の発言のどこをどう素敵に解釈したのか、ファビオはギルベルトとアリシアが裏で繋がっていると判断したらしい。


 なるほど、今の時点では“彼”は白かしら――――と思うのと同時に、的外れな発言にもほどがあるとアリシアは呆れそうになる。


「勘違いされないでいただきたいものですわ。あの方は自分で生き残るための道を選ばれました。そこにわたくしは関与しておりません」


「白々しい嘘をつくな!」


 ファビオは叫ぶが、それを聞いたアリシアは頭が痛くなってくる。


 仮にアリシア――――貴族派と繋がっていたのだとすれば、ギルベルトがウィリアムの派閥から弾き出される時点で内通者としても使えないことになってしまう。

 百歩譲ってあの模擬戦後に内通し始めたのだとしても、当主でもないギルベルトにゼーレンブルグ子爵家そのものを鞍替えさせるだけの権限は存在しない。

 それどころか、今回の騒動の煽りを受けて父親は失脚、実家はお取り潰しの憂き目に遭っているのだ。


 まぁ、単純にそこまで考えるだけの余裕がないのでしょうね……。


 こんなしょうもない連中に幽閉の一歩手前まで追い詰められたのかと、アリシアは小さく嘆息してしまう。


「嘘もなにも……。すこしは現実を見られてはいかがですか?」


「うるさいうるさい!」


「はぁ……。聖光印教会の未来を担う俊英と呼ばれたお方が、地に墜ちたものですわね。少しはギルベルト様を見習われてはいかがでしょう? 冒険者に身をやつしてでも這い上がるとおっしゃられておりましてよ?」


 安っぽい挑発だとアリシアは言っていながら自分でそう思った。

 しかし、冷静さを欠いているファビオへの効果は抜群だった。


「黙れ! あのような子爵位程度の家の者と、名家出の僕を一緒にするな! 次代の聖光印教会を統べるプレディエーリ家をぉ……っ!!」


 アリシアの言葉はファビオには届かなかった。


 そもそも、彼にもう少しばかりの冷静さが備わっていれば、このような軽挙を犯すこともなかったであろう。

 もっと言えば、マウリツィオがアリシアたちに敗れたところから、すでにこの国における権力構造は変わり始めてしまっていたのだ。

 こればかりはいつまでも自分の描いた人生図に囚われ、新たな身の振り方を考えられなかったがゆえに招いた結果でしかない。


「にしてはずいぶんと謀略がお粗末でしたわね。このタイミングで動くだなんて」


 当然のことながら、クラウスは今回の騒動の煽りを受けた人間からの報復が起きるであろうことを予測していた。

 それなりの規模の人間を巻き込んだのだ。ひとりくらいは怒りから短慮に走り、襲撃をかけてくると踏んでいた。

 もちろん、当主であるクラウスに手を出すことはあからさまであるため、狙われるのは必然的に彼の身内――――アリシアとなる。


 ならば逆にとクラウスは、その“敵”を釣り出し憂いを断ち切るため、わざわざ護衛もなしの馬車一台だけでアリシアを公爵領に戻らせようとしたのだ。

 アリシアたちにその程度なら容易に退けられるだけの戦力があるとを知った上で。


 ただ、誰にとっても予想外だったのは、その“誘い”に乗ってきた“敵”が王国内の貴族ではなく、ある種の部外者であったことだが――――。


「そんな目で僕を見るなぁぁぁぁぁっ!」


 突然、金切声を上げて叫んだファビオがアリシア目がけて動き出す。背後から飛び出て来たのは短剣を握る右腕。

 最初からファビオはこの瞬間――――アリシアを殺すことだけを考えていたのだ。

 すべてを失ったがゆえに、その“元凶”を生かしておくことを許さなかったひとりの男の執念だった。


「はぁ……。どうしてわたしが殿方から受ける“アプローチ”はばかりなのかしら……」


 しかし、アリシアはファビオの短慮に呆れてこそいたが、油断だけはしていなかった。


 馬車の中から飛び出るように突き進みながら心臓目がけて突き出される殺意それを、アリシアは表情を動かすことなく左手で相手の手首を押し出すようにして軌道を逸らす。

 それと同時に繰り出された右の肘が、驚愕に歪むファビオの顔面を急襲。


 鈍い音と感触が、アリシアの肘へと伝わってくる。

 ギルベルトの時とは違い、一切の容赦なく突き刺さった肘による打撃がファビオの秀麗な鼻骨を一撃で粉砕。


 鼻血を撒き散らしながら、戦意を喪失してしまったファビオはくぐもった呻きを上げて地面に倒れ込む。


「殺る気なら、せめて腰だめにでもするべきでしょうに……」


 溜め息を吐き出しながらアリシアは指摘するが、鼻骨を粉砕され顔面を押さえながら苦鳴を上げて地面で悶えるファビオには届かない。


 そして、激痛に襲われる中、アリシアを睨みつけようと顔を上げた彼に向けられていたのは、冷たい翡翠色の瞳と――――HK45CT自動拳銃の銃口だった。


「やはり゛、あ゛の時お゛前を破門にじてでも潰じてお゛くべきだった! 貴様のよう゛な魔女がっ!」


 潰れた鼻骨でまともに喋れない中でもさらなる憎悪を漲らせてファビオは呪詛の言葉を叫び、仇敵となったアリシアを睨み付ける。

 そうして、彼はアリシアを理解することはできなかった。


「そう……。悪いけれど、わたくし――――いいえ、わたしは。邪魔をするのなら、何人なんぴとたりとも容赦はしないわ。そう決めたの」


「ア゛リシ゛ア゛ァァァッ!!」


 ファビオの怨嗟の叫びを掻き消すように、雪の舞う空の下、乾いた銃声がひとつ木霊した。


 静まり返った空気の中で、力を失い仰向けに地面へと倒れ込むファビオ。

 その胸には鮮血で真っ赤に染まった穴が開いていた。


 彼の身体が動くことはもう二度となく、このまま放置すれば降り続ける雪に覆われていくのだろう。


「……先に行って待ってるといいわ。遠くないうちに、にぎやかになるでしょうから」


 踵を返しながら漏らしたアリシアのつぶやきは、吐き出した白い息と共に静かに消えていった。


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