第43話初雪の舞う空に



 雪が舞っている。


 年の瀬が近付くにつれて王国全土が寒さに染まっていき、空を覆っている灰色の雲からはついに雪がこぼれ落ちてきた。

 暦の上ではすでに冬は始まっていたが、本格的な厳しい季節の到来を告げる光景となると雪が降り出してからとなる。


「降ってきたわね……」


 王都を離れアルスメラルダ公爵領へと向かう馬車に揺られつつ、窓の外に視線を向けたアリシアは静かに誰に向けるわけでもなくつぶやく。


 学園は数日前から冬期休暇へ入り、盗賊の殲滅など――――王都での“用事”もすべて済ませた以上、いつまでも屋敷に留まっている理由は存在せず、アリシアたちはクラウスよりも一足早く領地に戻ることにしていた。


「ええ、この調子なら領地に着くまでは大丈夫でしょう。積もって足止めをされずにも済みそうです。天候までは把握しておりませんでしたが、先にチームの“実地訓練”を行っておいて正解でしたね」


 アリシアの正面に腰を下ろしたアベルが淡々と答える。

 たしかに雪の降る極寒の気候の中、盗賊の根城を襲撃するなんてシチュエーションは出来ることなら避けたいことであった。


「……そういえば、雪の中で戦うための訓練は受けていなかったわね……」


 会話の形こそ成り立っているが、アリシアの視線は依然外を向いたままであり、アベルの言葉にも返事を返してはくるものの、いまいち心ここにあらずといった具合に見える。

 それこそ、普段だったら決して言わないような発言――――いや、失言をしてしまうほどであった。


「……いい心がけであられますね。領地に戻ったら、早速訓練を開始しますか?」


 続くアベルの言葉を受けて、ようやくアリシアはハッとしたように自分が墓穴を掘る発言をしたことに気がつき、視線を馬車の中へと戻す。


「……もしかして、わたし今余計なこと言った?」


 アリシア以外の全員が一斉に頷いた。

 アベルの隣とアリシアの隣にそれぞれ座っているエイドリアンとレジーナの両名に至っては、控えめながらも「そんなこと言っちゃって大丈夫?」と言いたげな視線を向けていた。

 もっとも、そこには多少面白がるような色も含まれていたが。


「ええ、完全に」


 アベルは苦笑して答える。

 べつに失言を利用して意地悪をするつもりはなかった。


「迂闊だわ……」


 やってしまったとばかりにアリシアは額に手を持っていき溜め息を吐く。


被虐趣味ドMじゃないなら言わないようなセリフでした。完全に意識がどっかにいっちゃってますよ? 大丈夫ですか?」


 見かねたのか、とうとう気遣うような言葉がレジーナから投げかけられる。

 とはいえ、必要以上に気負わせたりしないよう、なるべく口調を明るめのものにしていたが。

 いきなり“核心”を突きにいかないのも、同性ならではの気遣いと言えた。


「……そんなに気になる?」


 意識していなかっただけに、アリシアは素直に問い返すしかなかった。

 困ったような表情が少しだけ三人を和ませる。深刻なものではないとわかっているからこそでもある。


「ええ、この馬車のひどい揺れも気になりますが、それ以上にねぇ?」


 そして、こういう時に軽口を叩くのはエイドリアンの役割だった。

 同意を求めるその言葉に、アベルもレジーナもひっそりと頷いている。


 アベルはこの世界で育った身体と経験があるために慣れているようだったが、あとの二人はどうも馬車の揺れに慣れないような表情をしている。


「……少し休憩しましょうか」


 自分自身もそれが必要みたいだしね、とアリシアは小さく笑う。

 アベルは馬車を止めるように連絡窓を叩いて、御者をしているラウラに指示を出す。


 馬車に積んでいた海兵隊御用達の簡易天幕を展開し、内部に置いたロケットストーブで火を起こして暖をとる。

 それから鍋で紅茶を沸かし、全員にたっぷりの砂糖を入れたミルクティーがラウラの手で振る舞われた。


「まさかこんな椅子アウトドアチェアがありがたいと感じる日が来るなんて思ってもいませんでしたよ。おお、主よ。地球の文明に感謝します」


 両手を広げて大仰なセリフを吐くエイドリアン。念のために言うと、彼は無神論者である。


 そんな冗談が飛び出たものの、束の間の平和が各自の尻に訪れていたからだ。

 折り畳み式のアウトドアチェアくらいしか用意はしていなかったが、普通なら馬車に乗ったままか地べたに座ることを選択せねばならず、それらに比べれば雲泥の差であった。


「くしゅん!」


 ふとラウラが無表情な顔には似合わない可愛らしいくしゃみをした。

 場が別の意味で温まる。


「さすがに寒いわね。やっぱり、時間の短縮という意味では、あの自動車という乗り物は使いたかったかな。ちょっと慎重になりすぎたかしら?」


 ステンレスのカップを防寒着の袖越しに掴んで両手を温めながら、火傷しないようにミルクティーを啜ったアリシアが漏らす。

 さすがに移動時間が短縮できるという魅力には抗いがたい思いがあったようだ。


「まぁ、今回は仕方がないでしょう」


 アベルも同意する部分があるのか小さく苦笑する。


 実のところ、べつに無理してまで馬車を選ぶ必要はなかった。

 レジーナとエイドリアンを召喚したことで『海兵隊支援機能』の制限がまた一部解除アンロックされ、戦闘用とまではいかないものの個人携行可能な火器を取り付けられるL-ATVのような一部車両についても使用が可能になっていたのだ。


 しかし、必要以上に目立たない方がいいだろうと慎重論が採用され馬車での帰省となった。

 人間はともかくとして、あのように目立つものを王都近くで使おうとするのはさすがに迂闊だと判断したためだ。

 いずれ好き勝手やらせてもらうにしても、「やはり学園の卒業までは待った方がいいのでは?」との意見も出ていた。


「ですが、だと思われます」


 アベルが意味深なセリフを吐く。

 そう、車輌を使わなかったのは


「まったく、早くしてほしいものですよ」


 エイドリアンがぼやく。

 実際のところ、そんな諸々の背景があって、慣れていない現代っ子二名は尻を襲う衝撃に身体――――主に尻をやられかけている。


 とはいえ、現状他にどうすることもできず、関心を無理矢理他の方面へ向けようとしているのだった。


 そう、野次馬根性的とも言えるが、今のアリシアの様子といった部分へ――――。


「しかし、ずいぶんと考えごとに意識がいってしまっているようで。もしかして、昨日のことですか?」


 やはりいつもの覇気がないアリシア。そこへ話しかけていったのはエイドリアンだった。

 普段軽口ばかりのキャラだからとでもいうべきか、こう見えて感情の機微にエイドリアンは妙に鋭い。


 見た目通りの性格だと思ってると痛い目を見させられそうね。味方で良かったわ。とアリシアは素直に思う。


「それは……。まぁ、多少なりとも自分と関わった人間ともなればね……」


 問いかけに対して、アリシアは少しだけ答えるかどうかで逡巡したものの、“貴族の所作”にのっとって曖昧にお茶を濁すような答え方はしなかった。


 しかし、それは自分自身でも上手く言葉にすることができず、逆にストレートな言葉しか返せなかったというのが正直なところだろう。

 そして、後半部に余計なことを言ってしまったとばかりに、アリシアは恥ずかしさが過ぎ去るまで少しの間沈黙する。


「――――“騎士”を夢見た彼は、これからどんな道を歩むのかしらね……」


 白い息を吐き出しながら、ふっと小さく笑ってつぶやくアリシア。

 自分でも不思議なくらい、今の彼女の思考はそちらへと割かれていた。


 つい昨日――――自ら、新たな道を歩き始めた一人の男のことに。






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