第42話 このイカレた世界へようこそ
「はじめまして。わたしはアリシア。アリシア・テスラ・アルスメラルダ。一応、この国の公爵家の娘をやっているわ」
アベルに連れられ部屋に入ってきたアリシア。
初めて会う二人にもなるべく緊張などさせないよう、できる限り穏やか且つ
「アメリカ合衆国海兵隊第五武装偵察中隊エイドリアン・スミス中尉であります!」
「同じく、レジーナ・グラスムーン中尉であります!」
一方、相対する二人は直立不動の姿勢を作り、海兵隊員としてアリシアの自己紹介に対してビシッとしたもので応えた。
そのきびきびとした動きを見て、アリシアは妙な親近感を覚えてしまう。
「アベルの同僚だったと聞いているわ。色々と不慣れな所で大変だとは思うけれど、よろしくね」
柔らかな笑みを浮かべて自己紹介をする美しい少女を見て、高位貴族の令嬢とだけ聞かされていた二人は素直に好感を持った。
よくある創作物に登場するステレオタイプの貴族が相手ではないかと必要以上に身構えていた部分もあって、アリシアの気取らない振舞いは二人に良い印象を与えたらしい。
最初のハードルがある意味で高かっただけに、悪くない結果を出せたとアベルはようやく内心で一息つくことができた。
「まぁ、あまり礼儀がどうのこうのと、とやかく言うのは好きじゃないの。余所行きの時にでもそれらしく振る舞ってくれたらそれで構わないわ。わたしのことはアリシアと呼んでちょうだい」
「「マム、イエスマム!」」
返事とともにいつもの癖で敬礼を送るレジーナとエイドリアン。
それを受けたアリシアもほとんど反射的にではあるが敬礼で返す。
アリシアからの素早い反応を見て、二人の表情がわずかに固まる。
「……こいつは驚いた。ちゃんと敬礼が板についているなんて。少佐、このお嬢様に何を仕込まれたんです?」
エイドリアンなどはわざとらしく「ヒュー!」と口笛を鳴らしてみせた。
下品だとレジーナが軽く睨みつけるように視線を送ると、エイドリアンは肩を竦めて黙る。
「あー……。さっきもさわりだけ話したが、イロイロあって新兵教育プログラムを受けてもらった。二ヵ月にも満たない促成栽培だったが、アリシア様は優秀であらせられるぞ」
「よくもまぁ……。そんな残酷なことを……」
若干呆れたような表情を浮かべるレジーナとエイドリアン。
「……そう言ってくれるな。こんな風にお前たちを呼べるかどうかだってわからないような――――それこそ已むに已まれぬ事態だったんだ。……そうだな、その辺も説明しないといけないな。よろしいですか、アリシア様?」
「ええ、アベルに任せるわ。状況説明もせずに協力してくれなんて言えないし。座って話をしましょう」
アリシアの言葉を受けて、四人はソファに腰を下ろす。
「まず、俺にはこんなけったいな能力がある」
懐から取り出したPDAを操作して、M-14バトルライフルを“召喚”するアベル。
「「ちょ、なんなんですか、これは!」」
目を真ん丸にしたレジーナと叫び声を上げるエイドリアン。
「知らん。気が付いたら使えるようになっていた」
「そんな雑な――――」
「あ! 武器が取り出せるってことは! ま、まさか……ニンジャ・ブレードやサムライ・ソードも……!?」
急に何かへと思い至ったかのようにエイドリアンが大声を発する。
アリシアは何事かと目を見開く。
「あのな、エイドリアン……。お前は俺がこの世界に来てそれをやらなかったと思うか?」
「それじゃあ、もしかして……!?」
アベルの返答を受け、エイドリアンは期待に目を輝かせる。
「……いや、残念ながら、海兵隊か米軍に関係のあるモノしか召喚できないんだよ!」
「オーマイ、ガッ……! そんな……そんな残酷なことってありなのかよ……!」
アベルの言葉に悲嘆した表情を浮かべ、膝から床に崩れ落ちるエイドリアン。
その様子を氷点下の視線で見つめるレジーナ。
「……ほんと男って子どもばっかり。ああいうのは見ちゃダメよ、アリシア」
「よくわからないけど……。触れちゃいけないのはわかったわ」
困惑した表情のままアリシアはレジーナに言葉を返す。
その際、早速新たな仲間から名前で呼んでもらえたからか、アベルにはアリシアがすこしだけ嬉しそうな表情を浮かべているように見えた。
「さて、コントもここまでにして話を続けるぞ」
気を取り直し、アベルはアリシアを含めた自分たちを取り巻く状況について説明しはじめる。
ヴィクラント王国の権力構造、すべての契機としてアリシアが突如として第二王子から婚約破棄を告げられたこと。
「政略結婚をひっくり返すとか、その王子イカレてません?」
「ノーコメントだ」
早速発せられる予想通りの言葉へとアベルは短く返しつつも、まずは説明を優先する。
婚約破棄によって急展開を迎えた公爵家がこのままでは破滅の道しか残されていないこと。
そこで、あらゆる手段を駆使してでも対抗すべく、まずはアリシアを独断と偏見で恐怖の
そして、ついでにこの国を取り巻く状況などなど……。
話を聞くにつれて、レジーナとエイドリアンの顔色が微妙なものへと変わっていく。
それどころか頭痛を堪えているような気配さえあった。
「……話を聞いた感想を率直に述べさせていただきますが、この国わりと詰んでませんか? 周辺が敵だらけでどんどんマズい事態になっているのに、それでもまだ内部でしょうもないことで争おうとしているんですか?」
いつもなら茶化すであろうエイドリアンも「気の毒すぎてとてもツッコミができない」といった表情になっていた。
「まぁ、そこは百歩譲ったとしても、せっかくの融和策を王族みずからが吹き飛ばしたのは極め付けの悪手ですね。世襲制の一番悪い部分が出ちゃったのでしょうけれど……」
続くレジーナのコメントも割と容赦がない。
彼らは王制など地球の歴史における“過去の遺物”としてしか知らない上に、生まれもっての身分としての社会階級など存在しない二十一世紀の民主主義の世界で生きてきたのだ。
そんな人間から見れば、凄まじく非効率な政治体制に思えることだろう。
もっともこの場にいるアリシアに配慮してストレートな物言いは避けていたが。
「……ええ、そう言われても仕方がないわね。初めて会った人間からそう言われてしまえば、本当に危険なところまで差し掛かっているのだと、あらためて認識するしかないわ」
指摘されたアリシアは「やっぱりそうなのね」と深い溜め息を吐く。
「まぁ、だからこそ、
含みを持ったアリシアの言葉。
明言こそされないものの、アベルたちはその言葉が意味するところを
「そして、
迷いを捨てた表情でアリシアは語る。
それどころか、この場で召喚の責任が自分にあるとまで言い切った。
レジーナもエイドリアンも、今回の召喚に際して、アリシアとその親であるクラウスに許可こそ得たものの、それに至るまでの根本的な部分ではアベルが決定を下したと聞かされている。
しかし、アリシアはそれをあえて「自分の責任だ」と断言した。
――――そう簡単に言えることじゃない。
自分たちを前にしてもそう言える胆力。
二人はアリシアのことを、今は遠い存在となってしまった
召喚こそされたものの彼らにも意思がある。
アベルの指示を受けて動くことと、この少女からの指示を受けて動くことは、彼ら二人にとっては別問題なのだから。
もし相応しくない相手であれば、遠慮なくそう申し出るつもりであった。
「……後輩としては、一騎当千の
しかし、その不安もたった今――――にっこりと微笑むアリシアの表情を見ていたらなくなってしまった。
「……わかりましたよ、お嬢様。帰る
「ええ。こういう状況での回答としては無作法かもしれないけれど、プロとして決して失望させないようにさせてもらいます。……同性の仲間がいるのはうれしいから」
それぞれの言葉でアリシアに向けて敬礼を送るエイドリアンとレジーナ。
彼らの様子を見ていたアベルは、なんともいえない感覚に襲われると同時に、不思議と肩の荷が急に軽くなったような気分にもなっていた。
そんな中、不意にレジーナとエイドリアンがアベルの方を向いて横一列に並び、直立不動の姿勢をとるとそのまま真正面から敬礼を行う。
「現時刻を持ちまして、レジーナ・グラスムーン中尉およびエイドリアン・スミス中尉の両名は、アベル・ナハト・エルディンガー少佐の指揮下に入ります!」
レジーナとエイドリアンからの一分の隙もない敬礼と報告受けた瞬間、姿勢を正して答礼を返すアベルは「戻ってきた」とでも表現するべきなのだろうか、ひどく懐かしい感情を覚えていた。
胸にこみ上げてきそうになるものを堪え、アベルは胸を張るようにして口を開く。
「ご苦労。二人の着任を心から歓迎する。あらためてようこそ、このイカレた世界へ――――」
『
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