第41話また、会えたね……



 すらすらと淀みなく海兵隊信条を唱和した二人を見て、アベルは満足げに微笑む。

 その表情に、郷愁にも似た感情が混ざっていたことには誰も――――アベル本人さえ気が付かなかった。


「……ふむ、べつに腑抜けた訳じゃなさそうだな。ごきげんよう、紳士にも淑女にもなれない海兵隊マリンコの――――グラスムーン中尉にスミス中尉。新しい戦場せかいへよく来てくれた! ……そして、ひさしぶりだな」


 M-14を肩に担ぎながら、多少芝居がかっているようにも感じられるアベルの喋りを受け、未だに状況が呑み込めないでいた二人はなにかに気付く。


「そ……その喋り方に、海兵隊信条。もしかして、デヴィッドソン少佐、なん、ですか……? というか、ここは……?」


 女性――――レジーナ・グラスムーン中尉が、信じられないものを目の当たりにしたような驚愕の表情を浮かべながら、アベルと部屋の中、そして窓の外に視線をさまよわせる。

 隣にいるエイドリアン・スミス中尉も同様の反応であった。


 だが、それも無理のないことだとアベルは思う。

 見た目でいえば明らかに別人でしかない白皙の美少年が、彼らにとって馴染み深い上官そのものの振舞いをしているのだから。


「想像はしていたが、実際に見るとなかなかにいい反応リアクションだな。だが、サプライズはそれだけじゃないぞ。……鏡を見てみろ」


 アベルはレジーナの質問には答えず、部屋の中に用意しておいた海兵隊備品でよくある飾り気のない鏡を指さす。


「!? こ、これは……」


 ふたりの顏に浮かんでいた驚愕の表情がさらに大きなものへと変わっていく。


「「わ、若返ってる……」」


 震えの混じった声が揃ってステレオで漏れ出る。


「良かったな、ピチピチになれて。もう一回青春を楽しめるぞ。ハイスクールにでも通うか? まぁ、にそんな気の利いたものは存在しちゃあいないんだが」


「い、いったい、どういうことなんですか、えっと……少佐……?」


 予想外の連続に困惑しっぱなしでアベルの冗談にも返事ができないでいるレジーナ。

 エイドリアンに至っては、すでに考えることを半分放棄している様子だった。


 そもそも、目の前にいる人間が本当に自分の知っている人間カイルであるかどうかさえ、本能が認めていたとしても定かではない状況なのだ。

 その上で、自分の肉体まで十年以上昔のものに戻っているとくれば、もはやどうしていいかわからないに違いない。


「まぁ、聞け。お前たちが混乱するのも当然のことだ」


 落ち着きをはらったアベルの言葉に、相対するふたりが説明をしてもらえるのかと希望に縋るような目を向けてくる。


「そうだな……。とりあえず言えるのは、俺がこんな姿になっているのも、お前たちがそんなハイスクールを出たばっかりのガキみたいになっているのも、そしてこの世界にいるのも……」


 アベルは一旦言葉を止める。


「俺にはなにひとつわからん」


 レジーナとエイドリアンがガクっと肩をこかす。


「だが、可能な範囲でなら答えよう」


 自分の一挙一投足を窺うふたりの視線を感じながらも、アベルはそれを無視して応接セットのソファに腰を下ろす。


 表情にこそ出さないが、アベルは内心で安堵していた。

 二人とも混乱してはいるようだが、錯乱されるよりは万倍もマシだった。ちゃんと正気を保っているようだし、このまま事態を理解させるまでは会話の主導権を握っておきたい。


「ええと、少佐……でいいんですよね? いや、そもそも“この世界”ってどういうことです? 我々を担いでいるわけではなさそうですが……?」


 アベルの発した言葉の中から、不穏当な単語を聞きとがめたレジーナが問う。

 彼女は元々優秀である。先ほど窓の外にも視線をやっていたことから、なんとなくどんな状況にあるかはわかっているのだろう。

 ただ脳が判断を下すことを拒んでいるだけで。


「あいにくと新しい宗教に目覚めたワケでもないし真面目な話だ。俺だって最初は戸惑った。自分のことを一方的に知っている人間がイカレたことを言っていると思うなら今は好きにしてくれ。……そうだな、いずれにせよ話すとIt's a長くなるlong story。とりあえず、まずはゆったりと座ってくれ」


 相手を落ち着けるには、まず先に自分が落ち着いていなければならない。

 アベルはゆっくりと相手に言い聞かせるような口調で言葉を吐き出し、それから自身が率先して肩の力を抜いて、鷹揚に構えてみせる。


 両名とも不信感を完全に拭えたわけではなさそうだが、視線を交わして小さく頷き合う。

 すくなくとも、一切の判断材料がない現状ではアベルの話に耳を傾けざるを得ないと判断したようだ。


 多少ぎこちない動作ではあるものの、二人はソファに腰を下ろしていく。


「まず、俺がこの世界で“自分のこと”を認識したところから話していくが……」


 ふたりがソファに腰を下ろすのを確認してから、アベルは魂だけが召喚されてからこれまでの経緯を簡単に語り始める。 


 カイルとしての最後の記憶は、例の上陸作戦の直前を最後として以後は存在しないこと。

 気がついたら、なぜかこの世界の貴族の魂とくっついていたこと。

 そしてこの世界が、自分たちから見てであるか。


「……とても、信じられません」 


 茫然とした表情で、力が抜けた様子のレジーナがソファに背中を預けた。ぼふっと空気の漏れる音だけが部屋に響く。

 先ほど見たクラウスとほとんど同じ反応だった。


「……だろうな」


 アベルが手に持ったままでいるPDAの画面には、『召喚完了』と表示されると同時に、なぜか二人の経歴までもがしっかりと表示されていた。


 レジーナ・グラスムーン中尉。

 最終経歴では二十九歳。一流大学の理工学部を優秀な成績で卒業し、化学系の知識のエキスパートとして女性士官となって海兵隊に入隊。

 海兵隊特殊作戦軍の戦術支援センターに勤務し活躍を始めるも、早々に退屈になったという理由で異動願を出して特殊部隊課程に進み、そのまま武装偵察部隊フォース・リーコンに配属されることとなった異色の経歴の持ち主だ。

 爆発物などを専門に扱い、火薬関係の知識も豊富。腕はいいが、どちらかというと実戦よりも支援関係で才能を発揮するタイプである。


「いや、夢だっていうならそれでもいいですけど、それにしたってココは……。たしか少佐がプレイしていたゲームの世界でしょう? これならまだエロいゲームとかの世界の方が……」


 なんで夢なら自分がロクに知らない世界にいるのか。

 エイドリアンの言葉は軽口を叩いてこそいたが、やはりレジーナと同じく隠しきれない深い困惑の感情が含まれていた。


「俺が選んだわけじゃないんだ、無茶を言うな」


 エイドリアンを窘めながら、アベルは指を動かして彼の経歴を表示させる。


 エイドリアン・スミス中尉。

 最終経歴では二十八歳。有名大学をそれなりに優秀な成績で卒業し、士官課程を経て海兵隊に入隊。

 そこで本人も知らぬ狙撃手スナイパーとしての才能に目覚め、当時の訓練教官の推薦もあって特殊部隊課程へと転身、レジーナとほぼ同じタイミングで武装偵察部隊フォース・リーコンに配属されることとなった。

 普段は軽口の多い軽薄な印象を与える言動が多いが、狙撃手スナイパーとしての任務につくと同時に、その口は一切の言葉を吐き出すのを止め、無慈悲に遥か彼方から弾丸を送り込む死神へと姿を変える。


 この二人が、現在召喚可能な人員定数の中でアベルがもっとも必要であると判断した人材だった。


「そう腐るな。あくまでも、アレに限りなく近い世界だと推測している。そして、俺はもうここに来てから三ヵ月以上だ。夢ならそろそろ覚めてくれてもいいと思ってはいるんだがな……」


 最後までアベルの言葉を聞いた二人は、少なくとも今はこれを現実として受け入れるしかないと覚悟を決めようとする表情になっていた。

 軽口が癖になっているエイドリアンですら「ナムベトナムに派兵されるなら期間は一年ですし、まだ四分の三残っていますね」と普段のように茶化すこともできなかった。


「それにしたって、ちょっとタチの悪い夢でも見させられている気分ですよ。頬をつねっても痛いから夢じゃなさそうですけど」


 彼なりに言葉を選んだエイドリアンが両手を振っておどけて見せる。これは彼なりに不安を消そうとしての行動なのだろう。


「あら、拳銃で頭撃ち抜いてみたら夢から覚めるかもしれないわよ?」


「おいおい。もしそうだとしても俺にやらせようとするんじゃねぇよ、レジーナ」


 少し落ち着きを取り戻したのか、いつもの調子になりつつあるレジーナとエイドリアン。


「二人とも、ちょっとは落ち着いたようだな」


 そろそろ本題を挟んでも大丈夫だろうとアベルが語りかけると、二人が小さく笑う。


「ええまぁ、おかげさまで。でも、まだ結構困惑はしていますよ? あーあ、これで失業っていうじゃ、なんのために士官課程をクリアしたんだかわからなくなっちゃうわ。でも、死んだって言われるよりはマシかなぁ……」


「……正直、理解が追い付いていないですよ。生きてるってだけでも幸運なんでしょうが……。でもまぁ、少佐の前でいつまでも呆けていたら怒鳴りつけられますしね」


 レジーナとエイドリアンがそれぞれの言葉を放ってから笑みを浮かべる。


 どちらも逆境に強い。


 そもそも現時点で召喚可能なメンバーには二名の制限があった。

 その中でも比較的大丈夫そうな二人を選んだつもりだったが、すでにアベルが思った通りに早くも高い順応性を見せてくれている。


 もっともそれすらも表面的――――無理をしているのかもしれないが、召喚リストの中から選抜した二人の切替が早いのはありがたいことだった。

 呼び出して錯乱でもされていたらそれこそ目も当てられない事態になっていただろう。


 あるいは、『海兵隊支援機能』という得体の知れないプログラムが介在している影響があるのかもしれないが、それについてはアベルとしてはあまり考えたくなかった。


「おいおい、今は見目麗しき貴族をやっているんだぞ? そんなことするわけないだろうが」


 そんな内心の不安を隠すように、アベルも二人に向けて積極的に冗談を返す。


「……海兵のおっさんじゃなくて、美少年の顏で言われるとなんというか違和感が半端ないですね。それでもイイ男になっちゃってなんだか目のやり場に困りますけど」


 少しだけ頬を染めるレジーナ。

 コイツこんなキャラだったか?とアベルはそれを見て少しだけ不安になる。


「なんだよ、レジーナ。……あ、そういえばお前、たしか少佐に――――」


 余計なことを口走ろうとしたエイドリアンに向けてレジーナの鋭い裏拳が飛ぶ。

 エイドリアンはそれを間一髪で回避。


「早々にこの夢から覚めたいのかしらねぇ? 少佐、拳銃あります?」


「わかった、なんでもない! なんでもねぇよ! 俺は何も言ってない!」


 よしてくれと両手を前に出して弁明するエイドリアンを見て、レジーナは引き下がる。

 それなりに空気も温まってきたようだ。


 もういい頃だろうと立ち上がってアベルは口を開く。


「さて、再会を喜んでいるところ悪いが、あるじを待たせていてな。紹介したいから呼んでくるぞ。新しい雇用主へのご挨拶だ、お行儀よくしろよ?」


 そうして、いよいよこの世界へと新たに召喚された二人の海兵隊員と、公爵令嬢アリシアが出会うこととなる。








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