第40話支援要請! 新たな仲間!


「……ここでその人たちを呼び出すの?」


 屋敷の応接室で、最初に口を開いたのはアベルの隣に立ったアリシアだった。


 クラウスの部屋の次にアリシアの部屋を訪れたアベルは、これからの計画――――かつての仲間を召喚することを説明した。


 すると、意外なことにアリシアは唐突に切り出された瞬間は驚きの表情を浮かべたものの、すぐに表情を引き締めて「やりましょう」と口を開いた。

 そこからはアベルが思った以上の速度で進展を見せて今――――召喚一歩手前の状況へと至っている。


「えぇ。いきなり呼び出したら混乱するでしょうが、あまり時間もありませんので……」


 いざ召喚するとなると、いささか準備が足りていないように思われてくる。

 たしかに、もう少し準備をしてからという選択肢もあった。

 正直なところ、公爵領に戻ってからでも決して遅くはないだろう。

 しかし、少しでも早い方が打てる手立ても変わるという意識が、アベルの足をクラウスの部屋へと運ばせていた。


 ところが、いざ召喚を目の前にするとPDAの画面を叩く指がいつもよりも遅くなっている。

 覚悟を決めたはずなのにまだ迷いがあるのだろうか。


 だが――――今はそのようなことも言ってはいられない。


「まぁ、窓の外には王都の街並み。調度品もしっかりしているこの応接室ならテキサスのカウボーイだって事態を飲み込めるでしょう」


 内心の迷いを振り払うようにローカルな軽口を挟みながら、アベルはPDA内で走っているプログラム『海兵隊支援機能』に触れてタブを開いていく。


「……あとは上官の顔を忘れるような不義理な連中でないことを祈るだけですね」


 続くその言葉には、アベルの“本音”も幾分か含まれていた。


 部下を自分の都合に巻き込んでしまうのではという迷いの意識もあったが、それ以上の懸念点は自分を“カイル・デヴィッドソン”と認めてくれるかである。


 召喚したところで現実として認めないのではないかとも不安に思う部分もあるが、現状では自分の中にある記憶とこの世界を見せる以外の方法では証明のしようがない。


 ……まぁ、最悪の場合、誰かに簡単な魔法でも使ってもらって納得させるしかない。


「それで、わたしはなにをすればよいのかしら?」


 特に異論を挟むこともせず、アリシアは自身の役割についてアベルに訊ねる。

 その表情はなにも知らない傍観者のものではない。

 アベルが内心に抱えた葛藤についても察した上で、あえてそこには触れないでいるのだ。


 はっきりいってしまえば、この召喚自体がアリシアにとっては想像の埒外のことだ。

 だが、ひとつだけ言えるのは、自分のためにアベルが選択した覚悟を今になって鈍らせてはいけない――――ただそれだけだった。


「控えていただけるだけで結構です。私のように魂が融合していればどちらの対応もできますが、住んでいた世界も何もかもが違う中ではどのように接していいかもわからないでしょうし。……では、いきます」


 さらっと言うアベルの声だが、そこに少なからぬ緊張が含まれていたことにアリシアは気が付いていた。

 しかし、それは聞かなかったことにする。


 大きく息を吐き出し、意を決したように息を吐いてアベルが端末を操作すると、PDAの端面から床に向かって青色の光が照射され始める。

 まるで、3Dプリンターが製品を少しずつ固形化していくように、青色の光は消えることなく空間に留まって足から順に人間の形を少しずつ形成していく。

 いや、


「なんだ、これは……」


「人間を召喚する魔法が、これ……」


 前世の科学知識があるアベルも、魔法が存在するファンタジー世界の住人であるアリシアも、このような光景を見るのは当然のことながら初めての経験であった。


 そうして二人が言葉を失いながら見守る中、この世界へと新たにふたりの海兵隊員が召喚――――“実体化”された。


 眩いばかりの青色の光がおさまり、人間としての姿が現れたところでアベルは固まってしまった。

 どちらの人間も、あの時行われた上陸作戦の際に着用していた戦闘服――――細かいドットによって模様を 構成するデジタル都市迷彩を身に纏っているのだが……。


「……どうしたの、アベル? なんだか変な顔をしているけれど……?」


 固まったままのアベルを見て、さすがに気になったアリシアが声をかける。

 しかし、アベルはその身を襲った衝撃により、すぐに答えることができなかった。


 目の前に寝転がっているのは、たしかに自分の知っている部下の顔をしていた。

 だが、


 どうしてふたりとも、年齢が二十歳にも満たないくらいに見えるのだろうか。

 彼らはどちらも中尉。士官で出世頭ではないにしても年齢は三十近かったはずだ。困惑で思考がまともに働いてくれない。


「……いえ、なんというか……。私が知る彼らよりもずっと若く見え――――いや、実際に若いみたいでして……」


 理由など『海兵隊支援機能』を使っただけのアベルにわかるはずもない。

 それこそ、“その時不思議なことが起こって若返った”とでも言うしかない。


「……それ、本人たちが理解していると思う?」


 この状況下で放たれたアリシアの鋭いツッコミにアベルは一瞬固まる。


「……それは、おそらく期待できないでしょうね。私の一部にしてもなんの説明もなしにこの世界に来ているわけですし……」


「じゃあ、このまま目が覚めたらまずいんじゃない? 自分が自分でないような感覚でも持たれたら……」


 続くアリシアの指摘もまた冴えていた。


 たしかに、このままふたりが目を覚ました日にはどんな混乱が待っているかどうかもわからない。

 呼び出したアベル本人も彼らが知る上官の姿をしていない上に、場所は他国を通り越して異世界。

 そして、極めつけに自分たちは若返ってしまっているのだ。


「いえ、そこは“奥の手”があります。ですが、今は混乱を招く要素はなるべく少ない方が……」


 いまいち歯切れが悪いアベルの言葉。なんというか迂遠な感じの喋り方をしているようにアリシアには感じられた。


 ……あぁ、こういうところはやっぱり遠慮しちゃうのね。


 その原因が口に出しにくいことがあるからだと気付いたアリシアは、小さく笑みを浮かべて自分から口を開く。


「それなら、わたしはお邪魔をしないよう外に出ているわね。混乱しているところに知らない人間がいてもいいことはないでしょうし。落ち着いたら呼んでちょうだい」


「ご配慮痛み入ります」


 アベルの一礼を受けたアリシアは「いいのよ」と微笑を浮かべて部屋を後にしていく。


 続く「久しぶりにアベルの困惑した顔も見られたしね」というセリフは内心だけに留めておくのだった。









「さて……」


 ひとりになって気を取り直したアベルは、床からソファに移したふたりの前で意識を取り戻すのを待つ。


 手元にはM-14を置いている。彼らが訓練を行った時に使ったであろう銃を。

 ある意味では海兵隊の証でもあるし、イザという時の備えでもある。


 そうして待つこと五分ほど経った頃だろうか。

 ふたりの口から揃ったように声が漏れる。


「ん……? なんだ……ここは……?」


「……なによ、エイドリアン。うるさいわね……」


 どちらもまるで寝起きのような声を出す。

 ずいぶんと悠長な対応だとアベルは思った。

 恋人でもない相手が起きぬけに自分の近くにいるのにどちらも取り乱す様子がない。少なくとも相当な寝ボケ具合でいるのは間違いなさそうだった。


「ずいぶんのんびりなお目覚めだな、ふたりとも。いつから寝起きが一緒の仲になったんだ? レジーナ、エイドリアン」

 

「……! 誰なのあなた? なぜ、わたしたちの名前を?」


 アベルが声をかけると、がばっと二人が上体を起こす。

 先に言葉を発したのは、色素の薄い茶色の髪をポニーテールにした女だった。

 周囲を観察しつつも、凛々しい顔つきを険しくしてアベルの方を軽く睨むようにしながら鋭い声で訊ねてくる。


 そして、もうひとりも呆けてはいなかった。

 声には出してこそいないが、隣にいる短い金髪の男も一見して軽薄そうに見える線の細い顔をしているが、そんな第一印象に似合わぬ猛禽類のように鋭い視線をアベルへと向けてきている。


 こちらがM-14を持っており、自分たちが非武装状態にあることは把握しているだろうが、もし敵と判断した場合には二人揃って素手でも突っ込んでくるくらいのことはやってのけるだろう。



 そんな剣呑な気配を感じながらアベルは思う。

 ――――こいつら、まさか密室に閉じ込められてデスゲームでもさせられると勘違いしているんだろうか? さすがに映画の見すぎじゃないか?


「……さすがにわからんか。――――傾注! 海兵隊信条唱和!」


 無理もないかと溜め息を吐き出すアベル。

 それから、あらかじめ用意していたM-14ライフルを握り締め直立不動の姿勢をとると、腹の底から絞り出すような大声を出す。


 するとその瞬間、それまで困惑の中にいた二人が即座に目を大きく開き、アベルと同じように直立不動の姿勢をとって口を開いた。



「1. This is my rifle. There are many like it, but this one is mine.

2. My rifle is my best friend. It is my life. I must master it as I must master my life.

3. My rifle, without me, is useless. Without my rifle, I am useless. I must fire my rifle true. I must shoot straighter than my enemy who is trying to kill me. I must shoot him before he shoots me. I will …

4. My rifle and myself know that what counts in this war is not the rounds we fire, the noise of our burst, nor the smoke we make. We know that it is the hits that count. We will hit…

5. My rifle is human, even as I, because it is my life. Thus, I will learn it as a brother. I will learn its weaknesses, its strength, its parts, its accessories, its sights and its barrel. I will ever guard it against the ravages of weather and damage as I will ever guard my legs, my arms, my eyes and my heart against damage. I will keep my rifle clean and ready. We will become part of each other. We will …

6. Before God, I swear this creed. My rifle and myself are the defenders of my country. We are the masters of our enemy. We are the saviors of my life.

7. So be it, until victory is America’s and there is no enemy, but peace!!」


(1. これぞ我がライフル。世に多くの銃はあれど、これは我、ただ唯一のもの。

2. 我がライフルこそ、我が戦友にして我が命。我は己を支配するようにそれを意のままに操る。

3. 我が存在なくしてライフルは意味を為さず、ライフルのない我もまた無意味。我はライフルを正しく撃つ。己を殺そうとする敵よりも勇猛に撃つ。敵が我を撃つ前に、我は敵をたおす。

4 . 我がライフルと我自身は知る。この戦争で重要であるものが、撃つ弾丸、炸裂する爆音、我々が上げる煙の何れでもないことを。我々が数えるのはただ命中弾のみであり、“当てる”のだ。

5. 我がライフルは我と同じく人間である。なぜなら、それは我が命だからである。我は兄弟同然に学ぶ。その弱さ、その強さ、その部品、その付属品、その照準器、そして銃身についてを……。我はあらゆる損壊から、自分の身体への負傷から同じようにライフルを守る。我はライフルを万全の状態に保ち、一心同体となるのだ。

6. 神を前に、我はこの信条を誓う。我がライフルと我自身は、祖国の守護者。我らが敵の征服者。我が命には救世主。

7. それゆえに、勝利がアメリカのものとなり、敵が絶えなければ、平和は訪れない!!)



 それは海兵隊として任官した際、“海兵隊信条”として魂に刻み込まれるほどに繰り返し唱和し覚えた言葉だった。

 そして、これこそが海兵隊員同士を“兄弟の絆”で結びつけるものでもある。


 “奥の手”を使ったことで、二人の目におぼろげながらも理解の色が生まれたのを、アベルは見逃さなかった。




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