第38話冬来たりなば



 ここで時を数日ばかり遡る。



 年の瀬をひと月ほど前に控えた王都。

 そこに吹く風は日増しに寒くなっていき、大通りを行き交う人々もこころなしか足早である。

 この世界に“師走”という言葉は存在しないが、季節の変わり目や節目というのはどこであっても同じようなものなのだろう。


 商人街では、何かと入り用になる時期を狙って平民相手に品物を売りつけようと声を張り上げているし、そこに集まる人々も近隣の村から出てきた人間などは値引交渉に躍起になっている。

 実際、冬の間は作物もほとんど取れなくなるため、いわゆる年末価格――――値が上がりきってしまう前にまとめ買いしようとする人間も多く、需要側と供給側でそれぞれ活況を呈していた。


 そして、それはアルスメラルダ公爵家王都別邸でも同様で、屋敷内は新年を迎えるための準備で気持ち慌ただしい空気が漂っていた。

 使用人たちは当然のことながら、貴族の血脈に身を連ねる人間もまた様々なことに追われている。


「抜き手の繰り出し方が甘いぞ! 自分の指が逆方向にひん曲がった姿を見たいのか、一等兵PFC!」


 もっとも、アリシアに関しては、貴族の役割云々というよりも従者にして“訓練教官”であるアベルから“日々訓練”と称してシゴかれる部分がメインであって、そこに冬の寒さも相まってヒーヒー言っている具合であるが。


 一方、当主として様々なことに関わっているクラウスは冗談抜きに忙しく、ここ最近では朝から晩まで机に齧り付くような生活を送っていた。

 さすがに年の瀬までには領地に戻りたいので、今のうちから少しでも片付けておこうと必死に執務をこなしているのだった。


「ん……」


 クラウスが伸びをすると喉から声が漏れる。

 さすがに何年も同様の仕事をこなしているため慣れたものではあるが、いい加減目も疲れるし身体の随所が凝り固まってくる。


 ……さすがに小休止を挟みたくなってきたな。


 ちょうど肩をバキバキと鳴らしたそんなタイミングで、執務室の扉が控めな音でノックされる。

 すかさず姿勢を正して返事をすると、クラウスは向かっていた羊皮紙の山を横へとどける。

 そこから目線を正面へ移動させると、ちょうどアベルが扉を開けて部屋に入ってくるところだった。


「失礼いたします、閣下」


 静かに一礼して言葉を発したアベルを、クラウスは朗らかに招いた。


「珍しいな、アベル。君から相談というのは。学園の冬期休暇はまだだろう?」

 

 世間話も交えつつ、「なにかあったのか?」と間接的に問いかけるクラウス。

 教会との密約を交わして以降、王都に滞在して当主としての執務を含めた諸々をこなしているクラウスだが、アベルとこのように時間をとって話すのも実に数日振りのことであった。

 事前に執事を通して打診があってから、さほど時間を空けずにである。なにかしら判断を仰がねばならぬ事態にでもなったのだろうか。


「ええ、今週いっぱいまではまだ。……それで、ご多忙の中申し訳ございませんが、少々お時間を頂戴いたしたく」


「なんだ、そのようにかしこまって。私と君の仲だろう、細かいことは気にするな。……まぁ、座りたまえ」


 わずかに相好を崩して、若干恐縮した面持ちのアベルを出迎えるクラウス。


「……それで、要件とはなにかね?」


 例のごとく応接ソファへと場所を移し、アベルと向かい合ったクラウスが柔らかな表情を浮かべて口を開く。

 どうもクラウスは人と話す時にこうして同じ目線にするのを好むようだ。


 いい加減慣れてきたのでアベルにはそれを考える余裕もあるが、もしかすると相手を立たせたままで喋るのが性分的に落ち着かないのかもしれない。


 しかし……。


 どうも最近クラウスの態度が柔らかい。そうアベルは感じていた。


 いや、元々従者に向けるものとしてはかなり好意的に接してはもらっていたのだが、どうにも輪をかけて優しくなっているというか丁寧度が増しているというか……。

 少しばかり首の後ろがざわざわするが、考え過ぎだろうとアベルは脳内で結論付けて口を開く。


「はい、私の持つ“固有魔法”を使用する許可を頂きたく」


「……それはつまるところ、私に許可をとる必要があるほどのものというわけか」


 一瞬だけ間を置いたものの、察しの良いクラウスはすぐにアベルの言わんとすることを理解した。


「はい。報告が今になり大変申し訳ありませんが、実は私の固有魔法の内容自体が大きく変わってしまいまして……」


 アベルから続けられたのはやや歯切れの悪い報告だった。それを受けたクラウスはさすがに眉を動かす。


「それは本当かね? アベルの魔法はたしか……“異世界の魔物を召喚するもの”だったな。まぁ、平時では使うこともない魔法だろうが……」


 長らく使用されていないそれを、クラウスは記憶の底から引っ張り出して来た。

 仮初の平和とはいえ、長らく貴族が動員されるような戦いも起こっていない中では、そのように戦いのみに特化した魔法の出番は滅多にない。

 クラウスの記憶がおぼろげとなるのも当然のことであった。


「ええ。召喚の手違いだと思われますが、どうも“異界の魔物”ではなく“異界の人間の魂”を呼び出してしまったようで、それが私の魂と完全に融合してしまいました。そのせいで固有魔法そのものが変質してしまったようで……」


 突然受けたアベルからの報告に、クラウスは思案するような顔を浮かべ、ゆっくりとした動作で背中をソファに預ける。


「それはあまりいい話ではないな……。有事における我々の切り札が失われたとなれば、公爵家として考えねばならないことが出てくるが……」


 しかし……。


 クラウスは疑問を持つ。

 アベルの能力がまったくの役立たずとなったと仮定すると、それでは到底説明のつかないことがいくつか出てくる。

 いや、今の結果から見れば、むしろ以前よりも有用なものとなっていなければおかしいのではないか?

 加えて、ここ最近感じている彼の変化のタイミングを考えると――――。


 クラウスの脳内で、それまで断片ピースでしかなかった情報が凄まじい速度で組み合わさっていく。


「……まさか、それは婚約破棄騒動の時のことか?」


 述べられる指摘とともにクラウスの瞳の奥に、何かの核心に至ったかのような鋭い光が宿る。

 それを見たアベルは、内心でその洞察力に感心する。

 これが公爵位を持ちながらにまつりごとでも負けを知らぬ者の実力なのかと。


「ええ、ご賢察の通りです。正直、どのようにしてこの件についてお話しすればよいかわからず今に至ってしまいました。……まぁ、なにしろあまりにも荒唐無稽な内容でしたので」


「よせ、責めるつもりなんてない」


 クラウスは小さく手を掲げる。


「君がウチの娘にシャレにならない訓練を施した上に、一緒になって人攫い組織を壊滅させて倉庫まで倒壊させてきたことだって、もし話を聞いただけなら荒唐無稽と思っただろうからね。……では、あらためて詳しく聞かせてもらおうか」


 少しでもアベルの緊張を解そうとしての行動なのだろう。

 クラウスは鋭くしていた表情を和らげると、軽く冗談を交えてアベルに発言を促した。


「それでは――――」


 そうしてアベルは語り始める。


 彼がどのような人間カイルの魂と融合し、結果としてどう変わってしまったか。

 次いで、同化した人間が生きていた世界ではどのような文明が築かれていたかと、この世界との関わりについて。

 そして、新たに開放されていく不可思議な“能力”により、いつの間にか昔の部下までべるようになっていたことなどを――――。




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