第2章~お嬢様、チーム立ち上げるってよ!~

第37話 海兵隊の鼓動



 王都から少し北へ向かった地域にひとつの廃村があった。

 一年ほど前、盗賊の襲撃によって壊滅的な被害を受けたため、復興もできず棄てられた村だ。


 このように人がいなくなってしまった村は、少なからず王国各地にあったりする。

 通常、盗賊は奪うことを目的としており、定期的に略奪ができるエモノを壊滅させるような自分の首を絞める真似はまず行わない。

 しかし、物事には何にでも例外があるように、加減を知らなかったり余所から流れて来た盗賊団が荒い仕事をしたりすると、復興ができないような被害を与えてしまうこともある。

 この村はまさに村だった。


 そして、その廃村の中でもひときわ大きな家には、なぜか生活の灯りが存在していた。


 内部からは複数の男たちの騒ぐ声が漏れ聞こえてくる。それは元々の住人のそれではなく、この廃村を根城にしている盗賊たちのものであった。


 人の住まなくなった建物はどんどん荒れていくものだが、この廃村に限ってはまだ荒廃していると形容できるまでは至っていなかった。

 そこに目を付けた小規模な盗賊団が住みついたのだ。

 このひときわ大きな家は元々は村長のものらしく、今は盗賊団の頭目のものとなっている。


「いいなぁ、中は。こんな時に警戒してろなんて無茶苦茶なこと言いやがるぜ……」


 白くなる息とともに吐き出されて虚空に消えていく恨み言にも似たつぶやき。

 寒空の下で見張り役をやらされている少年は盗賊団の新入りである。


 外見を見てもわかる年齢から言えば、彼はまだ十五歳を過ぎたばかりの子どもだ。

 だが、少年は自分の正確な年齢を知らない。

 王都のスラムで親の顔も知らぬ孤児として育ったが、飛び抜けて優秀ではなかった彼は王都の犯罪組織には入れず、わずかなツテを頼りに盗賊団へと身を寄せていた。


 部屋の中では宴が始まろうとしているが、新入りは見張りをしていろと命じられ、参加できるのも次の交代からだ。

 羨ましさが鎌首をもたげ、中を覗き込もうと首を動かした瞬間、腰のあたりに熱いものが走った。


「なっ――――」


 反射的に口を突いて出た呻きが漏れたはずだったが、それよりも早く口元を手で塞がれていたため声は出せない。

 驚愕と混乱で眼球と手足が自分のものではないかのように勝手に動き回る。


 なんだ? なんなんだ!?


 少しだけ冷静になってみると、自分の身体の中に何かが溜まっていく感覚があることに気が付く。

 しかし、それを理解した時には首元で発生したぐじゅりという音を最後に、彼の意識はそこでぷっつりと途切れていった。











 外で異変が起きている中、部屋の中では集まった盗賊たちが今か今かと待ちわびていた。


「冬を前に、ようやっと周辺の村からの略奪も終わった。おめぇらの働きで、今年はそれなりに余裕をもって冬ごもりができそうだ。礼を言うぜ。今夜は盛大に飲んでくれ!」


 頭目を務める男の労いの言葉と木でできた酒杯を掲げる動作を受け、周りにいる部下たちも同じように酒杯を掲げてそれぞれに騒ぎ立てる。


 そうして彼らの宴が始まった。

 略奪したばかりの食糧の中から、さほど日持ちしないものを選んで盛大に飲み食いをしている。

 “ものを作り出す”ということを止め、奪うことで生きることを選んだ人間たちの世界がここにあった。


「……来年だがな、春になったら西に流れようかと思っている。いつまでもここを根城にはできねぇ。軍が来ないことにあぐらをかいて潰された盗賊団てぇのも、ひとつやふたつじゃねぇからな」


 ひと通り団員たちに酒精アルコールが身体に回ったところで、頭目は近くに座っていた側近役の男に身体を寄せて話しかける。


「そうですね……。であれば、アルスメラルダ公爵領あたりが豊かでいいかと思われます。拠点を変えるにしても、最初くらいは景気よくいかねばならないでしょう」


 求められた時に求められる言葉に自分の考えをさりげなく混ぜることで役目を果たす。盗賊の側近として見るならば、彼は十分過ぎるほどに優秀と言えた。


「そうだな、そうするか」


 遊牧民からの侵攻を毎年受けるアルスメラルダ公爵領だが、それを退ける程度には国境の守りは固い。

 とはいえ、内部となればそれも絶対というわけではない。


 だが――――


「いいえ、それは困るわ」


 不意に、この場にはいないはずの凛とした女の声が彼ら二人の耳に届いた。


 思わずぎょっとする頭目と側近。

 それと同時に扉が蹴破られ、五人ほどの黒ずくめの格好に身を包んだ人間が一糸乱れぬ動きで家の中へとなだれ込んでくる。

 彼らの手には黒光りする杖のようなものが握られていた。


「なっ――――」


 それまで酒宴に興じていた盗賊たちが手を止めて一斉にそちらを振り向く。

 一瞬の静寂が場を支配した。


 しかし、それは本当に一瞬のことに過ぎなかった。


撃てファイア


 刹那の静寂を切り裂くように黒ずくめの集団が握るライフルが火を噴き、重なった銃声が凄まじい音となって鳴り響く。


 HK416アサルトライフルから迸る銃火。

 それとともに、目では捉えることのできないほどの速さで飛翔した5.56mm×45NATO弾が、その射線上にある物を破壊しながら直進。

 それと同時に、その先にいる人間の命までを一切の容赦もなく刈り取っていく。


「撃ち方やめ!」


 瞬く間に、事態は決着を見せることとなった。

 家の中にいた盗賊たちは、悲鳴を上げる間さえなく全員が床に倒れ伏して身体の随所から血を流して――――ほぼ即死である。

 こぼれたエールと盗賊たちから流れ出た血などが混ざり合い、不気味な色合いとなって床に広がっている。

 その上に倒れる彼らの浮かべる死に顔には、事態を理解できなかった驚愕が貼り付いたままだ。


 撃ち漏らしはない。

 事前に一人あたり何人を始末すればいいか指示も出されていたため、敵一人に対して撃ち込める弾丸の数もそれぞれの脳内で綿密に計算されていたのだ。


「「「「クリア」」」」


「ク、クリア――――」


 一糸乱れぬ報告と、それにやや遅れて発せられたぎこちない言葉。それらを以て、この場の制圧は完了していた。


「こんな一瞬で――――」


 今回初めて作戦に参加したラウラの口から、緊張を吐き出すための溜め息と言葉が漏れる。

 普段なかなか感情を露わにしない彼女だが、さすがに実際に訓練で使ってきた武器が“真価”を発揮したことで、自分が手に持っているモノの“本当の重さ”を知ることとなったのだろう。


 隣でその様子を静かに眺めるアリシアは、ラウラの姿に数か月前の自分を思い出していた。

 さすがに自分の時とは違うわね、とラウラが自分よりもずっと昔から諜報関係の訓練を受けていたことを加味しても感心せざるを得ない。

 初陣ゆえのぎこちなさこそあるが、それは海兵隊式とでもいうべき戦い方に慣れていないからであるし、なにより訓練期間が十分に設けられていなかったのもある。


「盗賊相手にいちいち名乗りなんて要らないわ。連中にくれてやるものなんて何ひとつないんだから」


 アリシアはつまらなさそうに語る。

 その中で、ラウラに施した一連の訓練について問いかけるような真似はしない。少なくとも、今はそういったものは必要がない。


「金目の物じゃありませんが、鉛弾はプレゼントしてやってますよ。東方かどっかの風習じゃ、あの世に渡るにも小銭が必要になるらしい」


 その辺りの微妙な空気を察したのか、自動小銃を担いだ金髪の男が軽口を叩いてきた。


「鉛じゃ門前払いでしょうね。精々労働の喜びに目覚めるといいわ、あの世でね」


 それにしても――――アリシアは軽口を返しながら内心で思う。

 戦闘要員が三人増えただけで、こんなにも変わるものなのかと。


 以前、アベルと二人だけで行った強襲作戦とは比較にならないほど、作戦自体の難易度が下がっている。制圧力にしても段違いだ。

 しかも、聞くところによれば、これよりもさらにできることの幅が広がっているという。

 まったくもって想像のつかない領域になりつつあった。


「作戦は成功ですね。そして実戦での評価も。これならある程度の作戦とてこなすことは可能でしょう」


 目出し帽バラクラバを脱ぎ、銀髪を夜風になびかせたアベルが静かにそう結論付ける。


「ええ、相手の人数にもよりますが、次回からエイドリアン中尉が中遠距離からのバックアップを担当します。これで指揮系統の攪乱も可能です」


 ライトブラウンに近いほど色素の薄い髪をした細身の女が、周囲を警戒しつつも静かに付け加えた。


 今回の件は、新たに結成されることなった“チーム”としての初実戦と、新たに“チーム”への参加が決まったラウラの“デビュー”が目的とされていた。

 実際にやっていることは、王室派と正規軍の尻拭いのようなものだが、今回だけは


 盗賊の討伐は、基本的には王国正規軍か騎士団の仕事だ。

 ところが、王都周辺――――王国直轄領では、第二王子派の専横により治安維持に割かれる予算が減らされており、しわ寄せが周辺各地へといってしまっていた。

 冒険者にギルドを通じて討伐依頼が出されることもあるのだが、いかんせん人間同士の殺し合いを冒険者が避けたがる傾向が強いため人気がない。

 今回のように盗賊が野放しになっていたのもそうした背景のせいであった。


 しかしながら、本来は強力とされる正規軍や騎士団をもってしても、盗賊集団の退治は簡単なものではない。

 より厳密に言えば、小回りの利かない集団であるがゆえに、盗賊を叩くことが難しいのだ。


 これは盗賊と正規軍の力関係を意味するものではない。単純にどちらが強いかで語れば、それは当然正規軍に軍配が上げられる。


 ただ、弱い方には弱い方なりの動き方があり、正規軍が討伐のためにそれなりの規模の兵を派遣するとして、盗賊側が根城とする場所でわざわざ待ち受けるような真似はしない。

 盗賊が蛇蝎の如く嫌われる所以のひとつでもあるのだが、彼らは危険を察知すれば、早々に身を隠すべく拠点を変えてしまう。

 そして、拠点が変わることで活動範囲を変えた盗賊のとばっちり被害を受けたのがこの廃村だった。


 もっとも、村をこの姿にした盗賊団はもうこの地にはいない。

 村がなくなり代わりに新たな盗賊が住み着いてしまっただけの、治安維持上の“大失敗の痕跡”がここにはあった。


 そして、正規軍が中途半端に終わらせてしまった討伐の後始末を、アリシアたちはたった五人だけでやってのけた。これは冒険者でも不可能な“実績”だった。


 この場にいる“チーム”の面々を見ながらアリシアは考える。


 たとえ国を相手にするとしても、“守るべきもの”のために負けたくはない――――そんな意志さえも貫き通すことができるのではないか、と。


 学園は数日前から冬期休暇に入り、アリシアも明後日には公爵領へと戻る予定となっている。

 今回の帰省が学生としては最後のものとなり、春からは領主代行となるため自らの戦うべき場所は公爵領に移る。

 いつもなら定期の帰省でしかないそれも、今回は春からの下準備が主目的になるだろう。


 不安はある。それこそ嵐の大海へと小舟で漕ぎ出すような気分だ。


 けれども、それはひとりであったならばの話だ。

 このメンバーと一緒なら、きっと乗り越えていける。


 夜風を浴びるアリシアの胸には確信にも似た想いが湧き上がっていた。




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