第35話友と書いて共犯者と読む


 その後、人を呼びに出て行ったアベルだが、すぐに戻って来ることとなった。

 騒ぎを聞きつけてすっ飛んできた僧兵たちと次席責任者のリベリオ・ガリバルディ司教を連れて。


 彼らによって、マウリツィオは意識を失ったまま連行されていくこととなった。

 王国要人への暴行および殺人未遂と、クラウスたちが持ち込んだ諸々の証拠に対する嫌疑により――――。


「……とりあえず、上手くいったようだな」


 それまでの緊張感をわずかに和らげるように、クラウスが小さく溜め息を漏らす。


「ええ、閣下自らご足労いただいた甲斐があったというものです」


 軽い目礼を交えてアベルが答える。


 ひと騒動あったあの場から別の応接室へと場所を変え、三人は教会の対応を待っていた。


「アベルが拘束されずに済んだだけでも御の字だ」


 ちなみに、武装していたマウリツィオ子飼いの僧兵たちは、全員が死亡したということで

 そうなると、それをやってのけたアベルが拘束されるのではないかとクラウスたちは身構えたが、予想に反してそうした指示が下されることはなかった。

 あくまでも主人を守るための行動として扱われたためだ。


 これには公爵家が絡んでいること、アベル自身も伯爵家に身を連ねる身分を持つこともあるのだろうが、さすがにそれだけではない“別の思惑”を感じずにはいられなかった。


「んー、気を遣われたのか……。それとも、存外計算高い人間がいたのかしら?」


 教会からの回答を待つ中、ソファに腰を下ろし退屈そうにしたアリシアが拍子抜けしたようにぼそっと漏らす。

 出された紅茶を銀の匙でそっとかき回した後に啜るが、使われている茶葉が公爵家でもなかなか使われない高級品であると気付き、なんとも釈然としない表情を浮かべる。


「さて、どうだろうな……。今回の件は一見単純なようでも極めて複雑だ。まぁ、それすらも含めて我々の運が良かったことは事実だろう」


 クラウスの言葉も抽象的な物言いとなってしまう。

 それくらい、教会側の反応ははっきり言って意外なものだったのだ。


 てっきり身内を庇ってくるものとばかりに思っていたクラウスは、アリシアと同じく手持ち無沙汰な様子でソファに背中を預けて返す。

 いつもなら決して見せることはない砕けた姿勢。マウリツィオに一発カマせたことが嬉しいからだろう。


「しかし、理性的な判断をしてくれる人間が一番最初に出て来てくれて幸いでした。、彼らの商売も上がったりになりますからね」


 一方で、アベルはこの部屋にも隠し扉や隠し部屋の類がないか壁際を探っていた。

 そんな彼がさらりと放った冗談がなにげに物騒であったが、アリシアとクラウスはそれを華麗にスルーする。

 本人がわりとなんでもないことのように言うあたり、歴戦のクラウスをしても背筋に寒気を感じるほどのものでありタチが悪い。


「いっそ教会にさえ厄介者扱いされたとかであれば、晩餐の笑い話もできるのだがな」


 単身でそう思わせられないことが悔しいとクラウスは苦い笑いを浮かべた。


「そうですね。ですが、今夜の食事もさぞや美味しく感じられることでしょう」


 完全に闘争の空気を削がれてしまったからか、アリシアも表情を和らげるのみならず冗談を交えて笑う。


 しかし、こうしてクラウスたちが笑っていられるのも、あくまで幸運がもたらしたものでしかない。


 言ってしまえば、ガリバルディ司教の“配慮”があってこそだ。

 わざわざ教会までやって来た貴族が、狂を発していたわけでもなければ自ら大暴れする必要性がないと判断してくれねば、クラウスたちがなんらかの処罰に遭う可能性はあったのだ。

 教会には宗教裁判から異端審問まで、ありとあらゆる暴力装置が存在している。


 教会の内部には、そのように国家の権力とはいえ踏み込めない部分がある。

 そして、これが現在の王国と教会の力関係でもあった。


「しかし、ここまで気遣われるとはな。まぁ、事が事だけに無理もないんだが……」


 クラウスがそう漏らすように、国家の権力にさえ勝る力を持つ教会でさえ、今回の一件に関しては慎重にならざるを得なかった。

 なにしろ国家内への工作活動――――国民の略取・国家要人暗殺(未遂)複数が発覚したのだ。

 教会にとってあまりにナーバスな内容であったことから、極めて異例ともいえる対応を迫られたのは想像に難くない。


「ずいぶん待たされますね……」


「……雲の上の連中がやり合っているんだろうさ。こちらへの配慮もなくはないだろうが、どちらかというと連中の内部抗争のネタにされただけだろう。少なくとも、今はまだ教会は王国を脅威とは認めていないよ。忌々しいことにな」


 さもつまらなさそうに、それでも瞳に幾ばくかの剣呑さを湛えながらクラウスの語る内容がおおよその事実であろう。 

 さらに言えば、当のガリバルディ司教がマウリツィオとは敵対派閥にいたことが最大の要因――――先ほども言ったように幸運であった。


 でなければ、片っ端から向かってくる僧兵連中を、教会を出なければいけなくなっただろう。


「だが、今回の一件で我々にとってはいい方向に風が向いた。あとはどう転ぶかだが、私はそれほど悲観はしていない」


「ええ、我々にとって幸いだったのは、教会とて一枚岩ではないとこの目で見られたことでしょう。今の拝金主義に嫌気のさしている枢機卿もいると聞きます。今すぐとはいかないでしょうが、将来的にはそこを突いて内紛に持っていくべきでしょう」


 アリシアの言葉に、クラウスは静かに頷く。


「そうなるだろうな。今の時点では、我が国が教会そのものを追い出すことなど、どだい無理な話だ。少しずつ進めていくしかあるまい。――――来たか」


 手を掲げて、クラウスは会話の終了を告げる。


 それと同時に控えめなノックの音。扉を開けてガリバルディ司教が静かに部屋の中へと入って来る。


 あらためて見ると上司とはまるで違うのねとアリシアは思う。


 ガリバルディ司教は、マウリツィオとは違って身体は細く、サイズを上手く合わせた司教の僧衣を品よく着こなしている印象だった。

 柔和な笑みを浮かべている細めの顔つきにしても、マウリツィオのものと比べて人好きのする類といえる。

 とはいえ、裏で何を考えているかまではわからないものだし、見た目と有能さが比例するかといえば世の中はそんなに単純ではない。

 こんな権謀術数渦巻く世界にあっては、見た目なんてなんの参考にもならないのだ。


「大変お待たせ致しまして申し訳ございません。今回の件は本国にはかりますが、おそらくはグァルディーニ大司教の更迭に向けた方向で進むでしょう」


 まるで今の時点で結果が決まっているような物言いだ。おそらくは教会でも稀少な高位魔法使いを使っての『魔信』か。

 タネのわかったクラウスは内心で吐き捨てる。


 そうなると交渉を仕掛けてくるだろうが……。

 さて、ここは素直に向こうの思惑に乗ってやるべきだろうか。

 瞬時にクラウスはそこについても考え始める。


「しかし、閣下。このような人倫にもとる行為が、決して我々聖光印教会の総意でないということだけはご承知いただきたく」


 要するに、馬鹿なことを考えた人間が勝手にやったということだ。

 現代風に言いかえるなら「秘書がやったんです」だろうか。

 だからといって、それだけで済む話ではない。


「あぁ、理解している。……理解だけだがな。いずれにせよ、これで王国は平穏に向けて歩むことができるようになる。教会内部のことは俗世にいる我らにはなにもできないことだからな。それでも御高配をいただけたことは感謝の念に堪えない」


 我ながら大仰な物言いだな。これではまるで道化のようだ――――クラウスは自分で言っていてそう思う。


「いえ、閣下。むしろそれはこちらが申し上げるべき言葉です」


 ガリバルディ司教としては淡々と言葉を発したつもりだろうが、その声には隠しきれない歓喜の色が含まれていた。

 もっとも、自分の言葉に含まれていたそれに気が付いたか、すぐにガリバルディ司教は表情を引き締めた。


 それだけではないな。表情の変化からクラウスは察する。

 そろそろこちらへの懐柔でもしてくるのだろう。おおよその筋書きが読め始めているクラウスは相手の出方を待つ。


「ですが、同時にお願い申し上げたきことが――――」

 

「なるほど、ここからは政治の話か」


 小さく笑ったクラウスがガリバルディ司教の言葉を遮って言葉を放つ。


「ええ、大変申し上げにくいことではございますが、今回のグァルディーニ大司教の一件につきましては公表を避けていただきたいのです」


 ガリバルディ司教の言葉を受け、クラウスではなく隣に座るアリシアがにわかに色めき立つ。


「教会の立場があるということか? だが、同じように我が国の立場もある。獅子身中の虫が次期王位までにも手を伸ばそうとしている事態を見過ごせというのか?」


 さすがにアリシアほどではないが、クラウスも敢えて不快感を言葉の端に滲ませる。


「そ、そうではありません」


 そんな父娘おやこふたりからの反応を受け、ガリバルディ司教の顔が引きつる。


「教会が貴国の跡目争いに関わっていた証拠は現在も閣下がお持ちになられています。もしそれを内密のままにしていただけるのであれば、教会は貴国王族派への支援を取り止め、新たに貴族派の支援に切り替える用意があるということです」


 クラウスたちの誤解を解こうとガリバルディ司教は懸命に言葉を並べる。

 だが、司教の立場でこれほどまでの交渉を行う権限は持たされていないはずだ。

 やはり、先ほど待たされている間に本国とのやり取りを済ませていると見ていいのだろう。


「なるほど。私が公にしない限り、教会の立場は守られるということか。同時にここまで内外からいいようにされた王国の面子も保てるということだな。これを公表すれば、人身売買には王国貴族が関わっていたことも内外に知れ渡ると。教会もただでは済まないだろうが、王国の威信にしても丸潰れだな」


 ガリバルディ司教は答えない。

 その様子を見て、クラウスはここらが分水嶺かと判断する。

 

「……わかった。そちらの策に。だが、支援は要らん」


「支援が……不要ですか……?」


 結局、今回の一件も教会内部の権力闘争に利用されることになっただけだ。

 しかし、実際に一部の立場ある人間が、王国内での影響力を増すために第二王子派閥への支援を手段を選ばずに行っていたわけだから、そこを切り崩せるのは大きな意味合いがある。


 しかし、だからといって、こちらが教会からの支援――――借りを作るようでは同じことをしているようなものだ。

 ゆえにクラウスはそれを跳ねのける。


「それで“貸し”ひとつだ。そう伝えておけ」


 決して見栄を張ったわけではない。

 仮に向こうの思惑に一部乗ったとしても、これで教会の特定勢力に対して貸しを作れたことは事実なのだ。

 せっかく得られたカードをその場で切るのは賢いやり方ではない。いずれ機会はやってくるであろう。


「……必ずや本国に」


「よろしく頼む。まぁ、私は貴殿のような理解のある人間が、マウリツィオの代わりになったらと祈らせてもらうよ」


 一切遠慮のないクラウスの言葉にガリバルディ司教は苦笑を浮かべるしかない。

 彼もまたクラウスが聖光印教を毛嫌いしていると知っていたからだ。


 これほどまでに「祈る」という言葉の似合わない人間は、天下にそう何人も存在しないだろう。


「そうなれば、私の心にも信心のひとつくらいは湧いてくるかもしれん。……では、私はこれで失礼するよ」


 ソファから立ち上がると、クラウスは冗談を交えながら上着の乱れを直す。

 その途中で、思い出したようにガリバルディ司教へと言葉を投げかける。


「あぁ……機会があるようならベネディクトゥス枢機卿によろしく言っておいてくれ」


「……!? 失礼ですが、公爵閣下。ベネディクトゥス枢機卿とはどのような……?」


 それまで穏やかな表情を浮かべていた司教の顏が、クラウスの発言を受けて途端に強張る。

 彼からすれば、さらりと名前が出てくるような存在ではないからだ。


 いかに司教位を持っているとはいえ、我こそはと一歩抜きんでようとする同位の司教は数知れず、更にその上にも数十名におよぶ大司教が存在する。

 そして、その大司教の上位に位置する枢機卿とは、頂点に立つ教皇以外では先に上げた数多の競争相手ライバルとの政争に勝ち抜いてきたある種の“出来物タレント”であるのだ。


 そんな雲の上の人間と公爵家当主であるクラウスとの間に、いったいどのような関係があるというのか。

 ガリバルディ司教はそこに強い興味を覚えてしまう。


 その視線を感じたのか、クラウスは小さく笑みを浮かべて口を開く。


「若い頃に少し、な……。彼は私にとって教会関係者の中で唯一“友”と言える存在かもしれん。ガリバルディ司教、覚えておきたまえ。君もそれなりの地位に昇りたいと思うのなら、建前だけでなく実利で語れる“友”を作ることだ」


 クラウスはガリバルディ司教の肩を軽く叩き、アリシアたちを伴って部屋を出ていく。


「“友”か……。もしかすると彼らなら……」


 誰にも聞こえないようつぶやくガリバルディ司教。

 彼は去っていくクラウスたちの背中をしばらくの間立ったまま見つめていた。








『――――反攻作戦カウンター・オペレーション任務達成コンプリート。『海兵隊支援機能』の『援軍機能リーンフォースメント』が一部解除アンロックされました。『派兵機能』が使用可能となります』



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