第21話 みんなにはナイショだよ☆



「何者って……。どこにでもいるようなただの平民ですわよ?」


 先ほどまでとは口調を変えて穏やかに笑うアリシアを見て、ドワーフの店主――――スレヴィの本能がより強く警鐘を鳴らしていた。


 この少女とは、あまり深くかかわらない方が良いのではないかと。


「……わかった。それでいい」


 なにやら従者のような存在も控えているからそれなりの身分だと思われる。

 だが、かといって「ウソつけ。お前のような平民がいるか!」などとは間違っても言えるはずがなく、スレヴィはそれ以上追及することを諦めた。


 それにしてもこの従者、少女のボディガードかなにかも兼ねているのだろうか。

 そうとは気づかせないように、比較的ゆったりとした服を着て物腰の柔らかさを浮かび上がらせているが、よく見れば尋常じゃない目つきをしている。


 若かりし頃、市民権を手に入れるため従軍した経験もあるスレヴィには直感的にわかった。

 コイツはと――――。


 スレヴィとてドワーフの血が流れる以上、鍛冶と戦いと酒を愛する性質を持っている。

 肉体だって第一線で戦っている戦闘職のドワーフたちのようにはいかないかもしれないが、それでも種族の例には漏れず身長が低いぶん腕は丸太のように太く、それを使って槌を振るい鉄を鍛えるのだ。

 間違っても先ほどのような連中におくれを取ることはないと思っている。


 そんなスレヴィが「ヤバい」と思ってしまうような人間が目の前にいる。

 


 とはいえ、気にしても仕方がない。

 こうなれば相手の要望通りに仕事を進めるだけだ。


「しかし、こんな形状のナイフ、作るのはいいがいったいなにに使うつもりなんだ?」


 気を取り直すように、スレヴィは鍛冶屋としてアリシアに向かって尋ねる。


「ええ、遠出をするのが趣味でして。こういうナイフが一本あると便


 便

 少しだけスレヴィは気になったが、目の前の少女が浮かべる笑みの向こうになにか別の物が見えた気がして訊くのはやめておいた。


 尋常じゃない従者に尋常じゃないナイフ。ついでに当人まで尋常じゃないときたものだ。

 次に出てくる尋常じゃないモノが、自分になにを及ぼすかわかったものではない。


「遠出って、んなもん魔物だって出――――まぁ、物好きなんだな」


 ……なんだ? ずいぶんと“知りたがり”になっちまってる。普段は客が誰だろうとろくすっぽ興味も湧かないってのによぉ……。


 質問を途中で止めると同時に、スレヴィは内心で反省していた。

 不思議なことに、いつもなら沈黙を選ぶはずの好奇心が鎌首をもたげてくる。

 なんとかそれを抑え込むことには成功したが、職人としての領分を逸脱してしまった。

 あんまり気安く質問をしてくるようであれば、向こうもこちらの人間性を信用しないだろう。


「わかった。なら、やってはみよう。……あぁ、支払いなんだが――――」


 つい先ほども支払いでゴタゴタしていただけに、スレヴィは代金について切り出すのが少し億劫になる。

 いつも通り値引く気は一切なかったが、それでも面倒ごとを避けたい気持ちはあるのだ。


「前金で結構です。これくらいで足りますでしょうか?」


 彼にしては少しばかり遠慮がちなスレヴィの言葉を遮って、アリシアは革袋の中から何枚かの金貨を取り出してカウンターの上に置く。


「……おいおい、お嬢ちゃん。そいつはいくらなんでも多過ぎってもんだぞ!」


 目の前に置かれた金貨を見てスレヴィは目をまんまるくする。


 仮に先ほどのように揉めずに済んだとしても、注文するだけして取りに来ない不届き者とていないわけではない。

 慈善事業をやってるわけではない以上、せめて材料代となる前金くらいはもらっておきたかった。


 しかし、だからといって彼が想定していた代金以上のものをいきなり出してのけるものではない。


「あら、この店にある品々を見た上で、それを作られたあなたにやってもらうのであれば、これくらいが正当な報酬だと思ったのですが?」


 さも支払うのが当然だと言わんばかりのアリシアの言葉に、スレヴィも表情を引き締めると居住まいを正す。


「……そう言われちゃ引き受けねぇわけにもいかねぇな。わかった。その前金に見合うだけのモノを作って見せる。出来上がりが納得いかないなら金は返そう」


「ふふふ、そうならないことを祈っています」


 職人としての矜持から軽く啖呵を切るスレヴィを見ても、アリシアに気にした様子は見られない。

 口調はかなり崩しているようだが、もしかすると貴族の手合いかもしれない。


「……いやはや、ホントお嬢ちゃんだぜ。わかった、やってみようじゃねぇか」


 こうして幾ばくかの威圧に近いものを混ぜても、反応を見せてくれないほどに尋常じゃない肝の据わり方をしているから素性はまるで見えてこないが。

 笑いかけながらもスレヴィは内心でそう分析していた。


 真っ当な商人であればこんな金の払い方はまずしない。


 道楽趣味があろうが、彼らは利に敏い生き物だ。

 それに、こんな豪気なことのできる商人は、王都とはいえ滅多に存在しない。

 もし仮にそうだとしても、そんな人間がいきなりこんな場所にまで足を運んでくるとも思えない。

 もちろん、その可能性とてないわけではないが、目の前のアリシアがそうだとスレヴィには思えなかった。


 しかし、どちらでもいい。

 自分の仕事をこれだけ評価してくれるのであれば、それに応えるまでだ。

 スレヴィは久しぶりに粋な遊び方をする客と出会え、知らずの内に気分が良くなっていた。


「ありがとう。おじさんも面白い人だと思うわ。それで、納期はどれくらいかしら?」


 客からは頑固だ粗暴だなんだと言われる自分を相手にまるで物怖じしないどころか、口調を先程のものに戻した上にこんな返し方までしてくる始末。

 目の前の少女に、スレヴィはいつしか少なからぬ興味が湧いていた。

 基本的に冒険者などが来ても依頼人に興味なんて持たないのだが……と本人にとってもいたく不思議だった。


「まぁ、ずいぶんな支払いをしてもらってるからな。そうだな……。他の仕事もあるが……二週間でなんとかやってみよう」


「あら、結構早いのね。それは楽しみだわ!」


 スレヴィの回答を受けて、アリシアは満面の笑みを浮かべる。久し振りに見た“いい意味で”人間臭い笑みだった。

 だからだろうか、いつもなら商談が終わった客をさっさと帰らせようとするのに、もうひとことふたこと追加してしまったのは。


「喜んでくれるのはいいが、待ちきれなくなっても顔出しに来たりするんじゃねーぞ。この辺りは最近物騒なんだ。ここはスラムも近い。ヒトを狙った誘拐事件が起きてるって話でよ。いくら腕っぷしがあろうが、お嬢ちゃんみたいな別嬪さんなんか、そりゃあいい標的になっちまうぞ」


 口調こそぶっきらぼうではあったが、しっかりと注意をしてくれる。

 言動が頑固なだけで根はいい人なのだろう。


 今までに出会ったことのない人種ということもあって、アリシアはますますスレヴィのことが気に入り始めていた。


「まぁ、人攫いだなんて。おそろしい……」


 平然としていては変装の意味がなくなるので、思い出したように口元に手を持っていきながらわざとらしく演技してみせるアリシア。

 素性を明らかにしていない中で、世辞とは無縁そうなスレヴィに「別嬪さん」と言われて気分が良くなったのだろう。

 いささか今さら感はあるが。


「ぷっ……!」


 懸命に堪えていたものの、ついに耐え切れなくなって噴き出しかけたアベル。

 その足を、アリシアはカウンターの向こう側からは見えないように踏みつける。


「お、ぐぅっ……!!」


 ヒールが足の甲にめり込む感触が踵を通してアリシアに伝わってきた。

 背後から息の詰まるような苦鳴が漏れ聞こえてきたが、アリシアは不安げな表情を浮かべたまま知らないフリをする。


「それにしても人攫いだなんて……。王都にたなを構える以上、その辺りの情報は把握しておかないといけないかもしれないわね。おじさん、詳しく聞かせてもらえるかしら?」


 一瞬怪訝な顔を浮かべたスレヴィの気を逸らすように、アリシアは詳しく聞きたいと少しばかりカウンターに身を乗り出して尋ねる。


「お、おぅ……。俺なんかから話を聞くよりも、警邏の人間あたりに直接訊くべきだろうが……まぁいい」


 若干アリシアの態度に引いてしまいそうになったものの、気を取り直すように前置きを入れてから、スレヴィは神妙な顔をして語り始める。


「このあたり――――まぁ、ほとんどスラムだからな。最近、ヒトがちょこちょこいなくなっているって話だ。狙いは若い子どもが中心だって言うが、ちょっと物騒だってんで教会も炊き出しを控えるようになっちまった」


 話を聞きながら、アリシアはわずかに目を細める。


「幸い俺には細いながらも仕事があるからいいが、仕事にあぶれてるような連中にはかなりの痛手だろうなぁ……」


 スレヴィはドワーフだ。

 彼個人はそれなりに平気なようだが、仮にもし困窮した場合にはドワーフをはじめとする非ヒト種族を『亜人』と呼ぶ教会の炊き出しには並びにくいはずだ。

 そういったを感じているであろうスレヴィが、周りの“ヒトたち”を気遣うような発言をするということは、この地区は人間同士の関係性が良好なのだろう。


 ドワーフのような鍛冶を得意とする種族に、ヒトはずいぶんと助けられている。

 しかし、そんな種族を越えて協力し合えるであろう関係にヒビを入れているのが教会勢力なのだ。


 彼らはヒト族至上主義を掲げ、「異種族はヒトの下でこそ繁栄を享受できるもの」としている。

 聞くところによれば、国によってはその思想を拡大解釈して他の種族の領域にまで侵攻するなどしているらしい。

 王国では比較的穏やかな形となっているのがまだ救いだろう。

 それでも、あのようなバカげたことを言い出す冒険者はいるようだが。


「お布施ばかりにご執心なわりには情けないわねぇ」


「へっ、ちげぇねぇや。まぁ、教会には平民だけじゃなくお貴族様から預かった修道女もたくさんいるっていうからなぁ。こればっかりは仕方ねぇさ。ヘタになにか起きる方が困るってもんだ」


 いつの間にか笑い合うふたり。スレヴィも最初こそかなり警戒をしてもいたが、今ではすっかり不審に思う気持ちはどこかへいってしまっていた。

 もしかするとこのふたり、相性がいいのかもしれない。


 一方でアリシアも内心ではひどく感心していた。

 平民――――それどころか他種族とこんな風に談笑するなんて、ちょっと前までのアリシアには考えられないことであった。


 アベルによって異界の知識を取り入れるようになって以降、アリシアはこうした世界を取り巻く様々なことまでも気になるようになっていた。


 好ましい変化だと自分では思っている。今まで見えなかった“世界”がたくさん見えてくるのだ。

 もちろん、楽しいことばかりではなく辛いこともあるが、それはそれで仕方のないことだと理解もしている。

 それこそ、知らなければ考えることさえもできないのだから。


「ま、お嬢ちゃんみたいなのは狙ってくれと言ってるように見られかねない。お付きの兄ちゃんを含めてずいぶんと強いんだろうが、それにしたってわざわざ危険な場所に来るこたぁないさ」


 やだねぇ近頃は……と最後に付け加えて溜め息を吐くスレヴィ。

 やはり治安が悪くなると商売にも影響が出てくるのだろう。さすがに鍛冶屋だからといっても、戦争があるわけでもないこのご時世では武器ばかりを作っているわけにもいかないだろうし人より少しだけマシくらいなのではないか。


 しかし、素直にこちらの身を案じてくれるなんてホントに奇特なドワーフ……とアリシアはちょっと嬉しくなる。


「なるほど……。心配してくれてありがとうね。ちょっと警邏の方にも訊いてみようかと思います。それでは、また二週間後に」


 そんなスレヴィへと微笑みかけながら、とりあえずは納得したとしてアリシアは店を出るべく動きを見せる。

 これ以上のことはあまり深く訊かないでいいだろう。少なくとも今は。


「あぁ、よろしく頼むよ」


 出逢ったばかりの頃と比べ、すっかり穏やかな表情を浮かべるようになったスレヴィの見送りを受けながらアリシアは店を後にするのだった。





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