第19話Stardust Memory



 さて、婚約破棄の話ばかりが先行したが、学園の方でも大きな動きはあった。


 あの模擬戦の後、あちらこちらから漏れ聞こえてきた噂を繋ぎ合わせると、アリシアに模擬戦で敗れたことが知れ渡ったギルベルトは第二王子の派閥から放り出されてしまったようだ。


「よくも私の面子に泥を塗ってくれたな! 貴様のような不忠者は我がもとには必要ない!」


 そのようなある意味では支配階級らしいセリフをウィリアムは吐いたという。


 自分たちが断罪した相手から意趣返しを受けたことで、ウィリアムの勘気に触れてしまいそのまま……ということだが、アリシアからすればそれはどうしようもない悪手にしか思えなかった。


 少なくとも、学園内という前提こそあれど、ウィリアムの派閥ではもっとも武力に優れる存在がギルベルトであった。

 ギルベルト本人としては、意中のレティシアを守りたいと思っていただけなのだろうが、その守備の適用範囲には自然とウィリアムの派閥全体も含まれていたはずだ。

 そんな学園におけるボディガードのような存在を自分から手放すとは、ウィリアムは何を考えているのだろうか。


 もしかすると、自分が寵愛するレティシアを巡るライバルを減らすことができたくらいにしか考えていないのかもしれない。

 そもそも、王族――――王子が子爵家の人間に負けることなど、天地――――もとい国がひっくり返らなければあり得ないのだ。

 そこは失敗を許すとか上手いこと派閥の団結に利用するなりして、もっと泰然自若に振る舞っていればいいとアリシアは思ったのだが……。


 あのカフェテラスの件でもそうだったが、ウィリアムの判断力が以前に比べてずいぶんと鈍くなっているようにアリシアには感じられた。


 あるいは、彼を諫められる人間が周りにいないのだろうか? ……十分にあり得ることかもしれないわね。


 公爵家の打ち込んだ婚約アリシアという楔がなくなった以上、王族派内で野心を持つ者達が策動するのは目に見えている。

 そうなれば、貴族派に対して配慮するなど弱腰と糾弾され、確実に人事も刷新されていくだろう。

 決して他人事ではないのだが、見事に国が崩壊する序曲オーバーチュアが始まったと思える動きだ。


 いや、もしかすると


「まぁ、そのおかげで“計画”は進んでいると言ってよいのだけれど……」


 自分自身に言い聞かせるように、朝の湯浴みを終えて髪を乾かしたアリシアはつぶやく。


 公爵家別邸の自分の部屋で、アリシアは机に向かっていた。

 アベルがどこからか用意してきた手帳の紙面に、これまたアベルが持って来た不思議なインクを出すペンを走らせながら、メモ代わりにつけている日記を書き上げていく。


 なにやら自分の知らないところで物事が動いてはいるが、アリシアはひそかに相手陣営の失策を一種の天恵だと思っていた。

 こちらからなにかを仕掛けたわけでもなく、偶然起きたトラブルを片付けたら結果的に相手の派閥の重要人物のひとりを脱落させることができたのだ。

 これは幸運というよりほかない。


 あまりよい考え方じゃないかもしれないけれど……と思いつつ、アリシアは頭の中で考えを巡らせる。


 いずれにせよ、あの派閥の人間が正常な判断力を欠いている可能性については、アリシアとしてもかなり気にはなっていた。

 ギルベルトにしても、同じ生徒として学園生活を営む中で知った情報では、以前は真面目に騎士を目指していたと記憶もしている。

 それがあのように女性であるアリシアに突っかかってくるなど、あの一件以降に持ってしまった個人的な感情を抜きにしても、にわかには考えにくいことであった。


 なにがあった――――いや、起きているのか。それはアリシアにはわからない。

 おそらく、その鍵を渦中にいるあの男爵令嬢――――レティシアが握っているのだろう。


 しかし、これらの背景になんらかの“目的”は絡んでいるのだろうか。あるいはその逆であったとしたら――――。


「でも、もし逆になにも考えてないのだとしたら、わたしはあの子を――――」


 ふとなにかを感じたような気がして、部屋の隅に設えたガンラックに立てかけたM-14に視線を送るアリシア。

 視線の先では、黒光りするくろがね銃身バレルが、カーテンの隙間から差し込んでくる陽の光を浴びて妖しく輝きを放っていた。


 この世界にとってはまだ数百年の間はオーパーツと呼ばれるであろうそれは、勝手に持ち出されないよう厳重にワイヤーで壁とラックに固定されているが、まるで「自分を解放しろ」と訴えかけているようにもアリシアには見えた。

 ひとたび咆吼を上げれば、死と破壊を撒き散らす.308キャリバーが“歓喜の叫びソニックブーム”を奏でて飛翔する光景がアリシアの脳裏に浮かび上がってきた。


「まぁ、それは最後の手段にしたいところね……」


 自分の脳裏に浮かんだ物騒な思考を振り払うようにしてアリシアは“兄弟”から視線を外し、大きく息を吐き出してから意識を別の方向へと向ける。


 いずれにせよ今その選択肢はあり得ない。

 ここで第二王子派閥の関係者が不審死でも遂げるようなことがあれば、間違いなく疑いの目はアリシア――――貴族派に向けられる。

 ギルベルトの時もそれを避けるため必要以上に武威は示さなかったが、下手をすれば即座に内戦だ。


「まぁ、そんなことをせずとも――――」


 もし、レティシアの存在だけが彼らをひとつにしているのなら、あの集団の結束は案外脆いものなのかもしれない。

 それどころか、確固たる信念や主義・主張もなく、ただ単にひとりの女性からの愛を得るためだけに動き回っているのだとしたら――――。


 脳内に浮かび上がりかけた言葉を、アリシアは即座に打ち消した。


 貴族としては愚かであろうとも、彼ら個人の行動・感情までを一笑に付すことなどアリシアにはできなかった。

 もし、自分がアベルからあの訓練を受けることもなく、あのままずっと領地に引きこもっていたとしたら、いったいどのような道を選んだかもわからない。


「もしかすると、嫉妬に狂って反乱でも起こしていたかもしれないわね」


 口元に笑みを浮かべながら、今からすればあり得ない“もうひとつの未来”をアリシアは幻視していた。

 同時に、思い描いたそれが現実となってしまうだけのモノを、自分は持っているのだと自覚もしている。


 たとえそう万人から称賛されたとしても本人は否定するだろうが、アリシアは聡明だ。

 だからこそ、それに比肩するだけの“女としてのいかんともしがたい部分”が存在することも理解している。


 ちょっとしたボタンの掛け違えで、は自分を暗い感情の世界に引きずり込んでいく。

 まるで世界のすべてが自分の敵に回ったような錯覚すら信じ込ませてしまうほどの。

 流行り病のように自分の身体を焦がしておきながら、喉元を過ぎ去ればなんということはない残滓となって記憶の海に埋没していく。

 いったいどれだけの愛憎劇が、古来から繰り広げられてきたのだろうか。


 彼らと同じように、自分もかつてはウィリアムの愛情を得ようとしていた。

 でも、その想いも今はまるで輝きを失った星屑のようになって記憶の奥に――――。


 ……いえ、やめましょう。今はもう過ぎたことだわ。


 深みにはまっていきそうな思考を無理矢理中断させて、アリシアは伸びをする。


「でも、みんな案外なのかもしれないわね……。少しずつ孤独……」


 アリシアの口から自嘲するように小さな溜め息が漏れた。


 聞くところによると、ギルベルトも特に弁明することもなく派閥から離れ、その後も戻りたがる様子も見られないという。

 あの模擬戦の後でアベルがなにやらギルベルトと会話をしたようだが、それが影響を及ぼしたのだろうか?


 いい加減気が滅入って来そうになったアリシアは、それまでとは別のことに思考の対象を変える。


 それにしても――――。


 いつの間にか、自分の中でのアベルの存在が大きくなっている。そうアリシアは感じていた。


「あ、そういえば……」


 今日はこれから王都にお忍びで出かける予定だった。

 もちろん、アベルも護衛役なので一緒である。


 ……うーん。考えると、なんだか余計に意識してしまいそうになるわね。


 いや、すでに意識してしまっているのだろう。

 先ほどからアリシアは、日記を書き、諸々に思いを馳せている片手間に街へと着ていく服の組み合わせについても脳内の片隅で考えていた。

 だが、コーディネートに悩むばかりでまるで先に進めていなかったのだ。


「ううん、服装くらいしっかりキメてやるのよ、わたし……。それにしても……」


 言葉を途中で切り、アリシアは先ほどとは違う種類の溜め息をひとつ吐き出す。

 日記帳を閉じて椅子からゆっくり立ち上がると、そのまま意を決したように衣装棚の前まで歩いていく。


「従者だとか“鬼教官殿”というだけの存在なら、まだよかったのだけれどね……」


 そう誰に向けるでもなく静かにつぶやいたアリシアの声は、すっかり秋の色を深めつつある青空へと吸い込まれていった。




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